12話 コンコ「逆鱗」

「別れた、ふられた……!? 兄さんが……!?」


 妹さん……タマちゃんが、受けた衝撃を隠し切れず混乱している。

 

 どうやら みぃ君は彼女さんが出来たことを、タマちゃんに教えていなかったみたい……? そしてそれは、今日起きたもろもろの出来事と共に たった今 妹さんの知るところとなった。

 現在、みぃ君は部屋中を踊り回っている……。ずっと涙目で笑いながら、ときおり甲高い奇声を発しつつんだりねたりしている。

 妹さんに何もかも見抜かれていたこと、その上で全て説明させられたこと、それらは未だ傷心の みぃ君にとって、致命的な追い討ちとなってしまったみたいだ。いよいよもって、彼の心の体力はもう……。

 ひとまず今は触れず そっとしておくべきだと判断。ごめんね、なんて声をかけたらいいのかも わからなくて……。


「何故……??私の、兄さんが??意味がわからない………………」


 タマちゃんはタマちゃんで、みぃ君が振られて失恋したという事実を、中々受け止められない様子で。疑問符を浮かべ続けてる……。わかるよその気持ち、すごくわかる。ありえないって思うもん、わたしも。


「誰よりも素敵な……優しくて、頑張り屋で、学歴も申し分ない私の兄さんなのに……?」


 うんうん。そうだよね みぃ君は優しくって、頑張り屋さんで、 がくれきも……………………

 

 


「わからない…………現役の東大生で前途有望、そんな男性として、お相手として、文句のつけようもないはずの兄さんの、一体……何が……」


 げんえき、東大生。


 

「みぃ君……あたま、よかったんだ?」


 

 気づけば思わず口に出してた。すごく、すごく、吃驚した。

「うん?おれの あたま?」

 コンからこぼれた言葉を聞いて、今はブリッジしながらの4足歩行(?)でダカダカと部屋を駆け回っていた みぃ君がピタリ動きを止めた。あたまがやばい人みたいだとは口が裂けても言わない。

 

「とうだい……大学生。わたしでも、知ってる。東京の……」

「あ、あぁー……いやぁーその何ていうか。うん……まあ、一応?」

 わたしの言わんとすることを察した みぃ君は、少し目を逸らして はにかんで。かるく頰を掻く仕草。


 わたしというあやかしは長いあいだ、人間の営みをある程度ながめながら過ごしてきた。交わされる会話を色々と聞いたりもしていた。だから……目まぐるしく変わる人の世の流行り廃りなんかまでは詳しくなくても、昔からずっと言われ続けてる当たり前……一般常識みたいなことなら、多少は知ってたりするんだ。


「いちばん、有名な大学。あたまの良い大学……?」

「1番って、一概にそうと言っていいのか わかんないけど………………んまあ、有名……っすねえ。割とね、へへっ」


 人の子は、学校に行って、勉強をして、受験?とかで、もっと良い学校に行く。そこからまた良い学校めざして、更に勉強を頑張っている。そうやって「学歴」を良いものにしてゆくことで、良いお仕事に就きしっかり稼ぐ、立派な大人となるらしい……そういうものだと聞いている。


「すごい……!!」


 みぃ君が…………あの小さかった、みぃ君が。

 虫を追いかけ、日焼けた肌で、森の中を駆け回る、無邪気でやんちゃな子だったきみが。

 大きくなった今では、日本いち頭のいい学校に通っている?なんて。

 それはつまり、ものすごく頭のいい、ひとにぎりの優秀な、とても立派な人間だって……!

 そういうことって、意味だよね!?

 はああ、すごい!すごいんだ!わたしの恋した、この人は!


「みぃ君、すごいね!?すごかったんだね!!」

「よ、よせやあい…………そんな、大袈裟だって」

「おおげさなんてコトないよ!日本いち!かっこいい!すごいすごい!」

「いやいや、ままま………………うん、多少は、かも、ね? ……すごくないことも、ないだろうけど も? ………………なんちて」

「そうだよね!そうだよ!はああああ、自慢の……自慢の、みぃ君のじゃ……誇らしすぎて、コンは、コンは もう!」

「や〜〜、ドヤるもんでもないと思いもするけどさ? これでなんとか、多少は良いとこ見せれたと思えば……んやあま、へへへ、照れますな。でひっ」


 少し調子に乗り始めた みぃ君と。

 更に調子に乗り出した わたしで。

 

「かっこいい!優秀、えらいっ!みぃ君てんさい!!すっごくスゴイ!! みぃ君はっ、天才〜〜!!!」

「まあまあまあ、はっはっは!!!はっはっはっは、ンわーーーはっはっハァ!!!!! まぁ、ね?? まあ、ね〜〜〜!!!!!!」


 

 ワイワイ、きゃっきゃっ。やいのやいの。

 

 わきわき、あいあい。やんややんや。

 

 アハハ、、、 ウフフ。。。




「────『天才』なんかじゃ、ない…………!!」




 しん、と。

 投げ込まれたその、絞り出された小さな呻きにも似た一言は。わたしたち2人の浮かれた空気を、ぜんぶ丸ごと凍てつかせたみたいだった。


「ゆ、ゆーゆ……?」

「なにも、知らないくせに…………!!」


 少女タマちゃんは震えている。拳はかたく握りしめられている。眉間に皺が刻まれている。奥歯がぎりりと音を立て割れんばかり。はっきりわかる、伝わってくる、彼女は……いかりに震えてる。それの、向かう矛先はというと……、

「ぇ、あ…………わたし……?」

「天才なんかじゃない!!兄さんは……!!兄さんを、兄さんのことを、そんな陳腐な言葉で侮辱しないでっ!!!」

 こんな大きな声も出す子だったんだ。なんて、場違いなことを考えてしまうくらい、呆気に取られてしまった。でも、そのままわたしを射殺してしまうのではないかと思うほどの怒気に満ちた眼差しに正面から貫かれてハッと我に返る。これ、呆けてる場合じゃない……!!

「あの!……えっと? わ、わたしはっ別に……! その、わたし……は…………ただ?、……っ」

 動揺、台詞も尻すぼみ。コンが何かしら彼女の逆鱗に触れたであろうことは間違いない。間違いないのだろうけど、何が悪かったのかがわからない。謝罪をしようにも非を理解できていないため、ただただ言い訳めいた火に油を注ぐような言葉しか浮かばず……どうしようもなかった。


「何も知らないからです……!!天才!?簡単に、簡単にっ、天才だなんて言わないでッッ、馬鹿にしないで、兄さんが、兄さんがどれだけっ…………!!!けほっ、」

 

 『天才』……。皮肉を込めたつもりもない、ただの褒め言葉のはずだった。まっすぐに、みぃ君は すごいなあって、それだけ。それだけだったのに、どうして……?


(なにも……しらない)


 その通りだ。きっとわたし、なにもしらない。まだ、なんにもわかってない。みぃ君のことも、人間のことも、妹さんの……タマちゃんの、ことだって。


「好き勝手言わないでください!!ごほっ……! 、今更あらわれた訳のわからない貴女あなたなんかに、てきとう言って欲しくない!!私はそれを許せない!!」

「っ!!?」

「妖怪だか化け物だか知りませんけど!私は貴女を信用しない……!!兄さんに恋したから?!カフッ、はぁッ……!おかしいそれも、そうですっ!!ゴふ、はっ、は……ッ兄さんが突然振られたのだって、それこそ!!化け物である貴女が何か、何かをしたんじゃ」「 ゆ う ゆ !!!!!!」


 ぴしゃりと。

 するどく遮った みぃくんの一喝に、わたしとタマちゃんの肩がビクリと上がった。

「は…………ぅ、ひゅくっ、わ、私っ……ゲホ!けふっ、ちが、私っ、兄さ───」

 ぽん、と。タマちゃんの頭に手を置いて。

「ごめん、コンねーちゃん。コイツもさ、おれと同じで動揺してんだ、多分。ちょっと色々盛り盛りすぎだもんなあ、キャパオーバーしちゃうよな。さっきの おれも、そうだったし……。ただ、さ? これでもさ、あのさ、いつもはさ…………ホントにすっげー良い子なさ、自慢の妹 なんだよね。今のはさ、ちょっとだけさ……パニックんなっちゃったって。それだけなんだ、きっと。……だから、さ………………その、……」

 優しくゆっくりと撫ぜてあげながら、すごく申し訳なさそうな顔でわたしに目配せする みぃ君。

「そんな全然っ、わたしはぜんぜん大丈夫のじゃ……!気にしてないから、だいじょうぶ!!あやまらないでっ……!?」

 それ以上は言わせまいと、慌てて前のめり食い気味に答える。申し訳ないのはわたしの方だよ。だから そんな顔をしないで!

「…………はっ、はっ、ふう……こほ、ごほっ……」

 タマちゃんは俯きがちに目を伏せたまま、胸をおさえて息を整えていた。みぃ君は、頭を撫でていた手でタマちゃんの背中を いたわるように さすってあげはじめた。

 そのまま何度か咳き込んだタマちゃんは、鞄を開けて中の可愛らしいポーチから何かを取り出した。無知な わたしの目からは小さいオモチャの様にも見えた その何かは、はぷっと口に咥えられ、カシュッと小気味の良い音を立てた。そして深くゆっくりと息を吸い込む、タマちゃん。あれは……一体なんなんだろう?

 

「…………大丈夫、です、兄さん。ありがとう………………ごめん、なさい。」

「ん。それを言うのは兄ちゃんの方にじゃないな」

「…………はい。」

 笑顔で返しつつ再び頭をぽんぽんと軽く触れ、良い子良い子ってナデナデしてあげてる みぃ君と、少し困ったような顔をしながらも みぃ君の腕に軽くもたれて体をあずけるように寄り添うタマちゃん。

 そんなふたりの様子を見て。この兄妹はきっと、すごく素敵な関係なんだなって思った。仲が良いってだけじゃない、お互いがお互いのこと、とっても大切にし合ってるんだなって……そんなふうに、感じたんだ。

 

(家族、かあ…………)

 

 うらやましいな、そう思う。

 わたしも…………コンも、いつか…………、


 

 ぐううううっ。



「は」

「あ」


 みぃ君とわたし、2人まぬけな声をあげ まぬけな顔を見合わせた。続いて更に、ごごごごごごっ、きゅるるるる。空気が変わるほど気の抜ける、まぬけな音が大きく鳴った。

 

 それは わたしの、おなかの中から……。

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