【書籍11/29発売】転生特典で日本刀と最強戦闘センスを貰ったと思ったら、カミサマに「え、戦闘センスとかあげてないよ……こわ……」といずれ言われる男の異世界冒険譚
第146話「《セリナ視点》ゼウスの元へ」
第146話「《セリナ視点》ゼウスの元へ」
エンリ、ポイアス、アナスタシア達が冥界へ向かってから数日後、アテナイに一人の老人が訪れた。老人はオリンポス十二神の一人、空席となっていたゼウスと名乗った。復興に明け暮れる住民は彼のことを疑った、当然のことだ。誰も見たことのないような老人が自分は神だとのたまっているのだから。
老人がアテナイに姿を現すのと同時に反乱の種族が再びアテナイへと攻め入ってきた。アテナイの留守をエンリから任せられていたセリナは背負った物干し竿の柄に手をかけ、迫ってくる反乱の種族に立ち向かおうとした。だが、その瞬間、老人はアテナイの民の前でまさしく奇跡を起こした。
老人、ゼウスが手を振ると数十、数百の全身を鎧で固めた煌びやかな戦士たちが現れ、次々と反乱の種族の構成員を蹴散らしていった。民は歓喜し、たった二人になったオリンポス十二神は彼を受け入れることを余儀なくされ、セリナは彼の老獪な笑みへ懐疑の視線を向けていた。
ゼウスは次々と神の名にふさわしい奇跡を起こし続けた。反乱の種族とヘカトンケイルの襲撃によって破壊されたアテナイの街並みを一瞬にして元通りにし、アレスの加護を失ってしまった黄金兵に加護を与え、天上の神殿をより豪奢に作り変えた。
ヘスティアもデメテルも彼をゼウスと認めるより他はなかった。今や目の前の老人は竈の女神と豊穣の女神を合わせたとしても叶わないほどの力と信仰を持ち合わせてしまっている。セリナはなんとなくこの老人からきな臭い以上の何かを嗅ぎ取っていた。師匠であるエンリがいなくなった途端に現れた老人、まるで家主の居ぬ間に盗みに入った泥棒のようだとセリナは彼を捉えていた。
アテナイの人々は一瞬にして街を元通りにしたゼウスの名を誇らしげに口に出し、正市民も準市民も関係なく彼へ感謝と信仰を送った。いつの間にか街の作りそのものが変わり、街を取り囲む壁がなくなり、天上の神殿を中心として放射線状に大きな通りが伸びる円形の街となっていても市民は大して気にしなかった。
ゼウスは天上の神殿から街へ向かい、祝福の言葉を投げかけた。
「我は戻った。我こそはゼウス、全知全能なる者。オギノイアの人々よ、貴方達の父が帰ってきた。今まで甘えられなかった分、存分に甘えるがいい。我は娘を、息子を、限りなく愛そう」
豊かな白い髭を撫で、須らく神々が統治するべき大地に戻ったゼウスは慈愛の笑みを浮かべ、人間への愛を謳った。この言葉を皮切りにアテナイの人々はまるで今までゼウスによって導かれていたかのように彼の存在を受け入れ、日々の生活へと戻っていった。信仰がゼウスへ集まり、オリンポス十二神の末端へ追いやられたヘスティアとデメテルはただゼウスのことを見守るしかなかった。
セリナは思い至った。エンリが帰ってくるまではこの老人を監視することが自分が今成すべきことなのだと。幸いなことに反乱の種族はゼウスが片付けており、その首謀者と生き残った構成員はアテナイの外れになる地下房に監禁されているため街を見張る理由はもうない。
付かず離れず、相手のことは監視できるが相手からはこちらを認識させないように最大限の注意を払いながらセリナは彼を監視した。そうして北方諸国生まれの元忍者がいきなり現れた白ひげの老人の身辺を嗅ぎ回っているとついにセリナは決定的な場面を目撃した。
それは天上の神殿に新しく作られた一つの玉座のみが置かれたひどく大きな部屋へゼウスが入った時だった。
「(急にこんな玉座だけポツンと置かれた場所を作るなんて、中身のない人だからプライドにこだわっているのでしょうか)」
セリナがそんなことを考えながら張り付いていた天井から飛び降り、音もなく着地して両開きの真っ白なドアの間から中を覗き込むとそこには二つの人影があった。一つはゼウス、もう一つはポイアスに酷似しているが髪の毛の色や瞳の色が異なっている大男だった。
「我が倅、誇らしきヘラクレスよ。そろそろ頃合いだろう。岬へ行ってあの人斬りを足止めしてこい。な~に、お前が負けてもその時には既にオギノイアはワシの手の中じゃ、心配するな」
「はい…………」
「ワシの未来視では奴が出てくるのは夜だ。だが、一応、朝方から待機だけはしておけ。お前はいつも重要な場面で下手を打つからな。分かったら、さっさと行ってこい」
セリナはもう一度天井へと張り付き、呼吸を止め、気配を遮断した。静かに両開きのドアが開くと大男がセリナが居る廊下へと出る。大男は何度か左右へ視線を向けた後にそのまま無言でこの場を去って行った。
ゼウスは確かに『あの人斬りを足止めしてこい』と言った。人斬り、この場所でその呼称が最も似合うのはセリナの師匠であるエンリをおいて他にはいない。ゆっくりと呼吸を再開し、床へ着地したセリナがドアの隙間から部屋の中を覗き込むとゼウスが誰かを玉座に座らせているところだった。そして、その誰かはセリナにとって見覚えのある人物だった。
「(アナスタシア様……!?)」
宝石の散りばめられたティアラ、白と金の生地で作られた豪奢なロングドレス、純白という言葉が相応しい真っ白のグローブ、オリーブの実が付けられた暗い色合いの革のサンダル。アテナイを出た時とは衣服が変わっているがそれは間違いなくアナスタシアだった。
「おぉ、我が妻よ。ヘラとなる者よ。お前のような美しい者に生まれ変わりの権能が生えて本当によかった。醜い者がヘラになるなど、ワシにとっては耐え難い屈辱だったからなぁ。明日の真昼、太陽のその下で、盲目となった群衆の中でワシを生み直すのだよ……完全なる主神としてな、その後は数え切れぬほどの神をワシと作り出そう」
アナスタシアに意識はないようだ。ただ、ゆっくりとだが確実にその胸は上下しており呼吸はしているようだ。ゼウスはアナスタシアの頭をゆっくりと撫でると太く短い舌を動かし、じゅるりと舌なめずりをした。それから、ドアの方を振り返った。
「『前に出てこい、人の子よ』」
雷鳴のように荘厳な声が響く、セリナの身体が意思に反して前へと出ようとするが全身に力を込め、唇を噛み千切って痛みで意識をはっきりさせる。すると身体の主導権はセリナの意思へと戻り、身体の自由を取り戻したその瞬間にセリナはその場から飛び退いて距離を取り、全力で部屋から離れた。
「ふむ、ワシの声に反発するとは……なるほど、混ざり者か。しくったのぉ~、逃がしてしもうたか。……まぁ、よい。もはや大局に影響もないだろう、あの獣もどき一匹めが」
リテイン王国を巡る旅の中でセリナは様々なことをエンリから教わった。物干し竿を扱う方法、敵勢を切り崩す時にどこから狙うのか、そして戦況の見極め方についてなど。
セリナは震える体を気合で制しつつ、情報を整理する。ゼウスはアナスタシアを使った生まれ直しを行い、主神の座を奪い取ろうとしている。敵の手中に落ちたアナスタシアをセリナ一人の手で奪い返すのは難しい、部屋を出て行った大男もかなりの使い手に見えた。彼が戻ってきてしまえば数的不利になってしまう。
「(セリナはお師匠様ほど強くはありませんが、身のこなしと速さには自信があります。今はお師匠様が帰って来るのを待つためにも、相手を遅延させるべきですね)」
セリナは
「ぶわっはぁ!?せ、セリナさん!?ど、どうしたんですかこんな夜分遅くに」
「ちょ、ちょっと何事!?私、今あの爺さんに呼ばれてこれから部屋に行くところだったんだけど……」
「お二人とも!!今は何も聞かずにセリナを信じてください!!ここから逃げますよ!!」
二人からの承諾の言葉も拒否の言葉も待たずに部屋着姿の二人の女神を肩に担ぐ。ぶへ!剣の持つ所が私の美しい顔に!と騒ぎ立てるデメテルの言葉を無視し、近くにあった窓を蹴破ったセリナはそのまま眼下に広がるアテナイの街へと飛び出した。
臓器が持ち上がるような浮遊感を覚えつつ、セリナは北方諸国で身に着けた常人離れした身のこなしで切り立った崖を足場にし、何度か足場を飛び移った末に街へ降り立った。
「このまま、とりあえずは白霧の森の方へ……」
セリナが肩に担いだ二人の神を背負い直したその瞬間、四方八方から嫌な視線を感じた。視線を上げる、そうして周りの人間を見渡してみると―――顔がなかった。本来そこにあるべき鼻も、口も、目も、何もかもがそこになかった。セリナはぎょっとして一歩後ろに引き下がる。
「これは……どういう……」
「っ!?セリナさん、足を動かして!街の外へ出ましょう!!」
ヘスティアの声が聞こえ、セリナは思考するよりも前に足を動かし、近くにあった建物の屋上へと跳躍した。振り返ってさっきまで自分が居た場所を見てみると顔のないオギノイアの人々がうめき声を上げながらこちらを見上げている。目はないはずなのに視線を感じ、セリナは背筋に冷たいものが駆け上がってくるのを感じた。
「感じます、これは……あの老人、ゼウスの力によるものです。ですが、これは一体……」
「狐娘!前!前!あんたからすると後ろだけど前!!」
デメテルの声ではっと我に返り、急いで振り返ってみると顔をなくした市民たちが口がないはずなのにうめき声を出し、次々と屋上へと這い上がってきている。きっとここにエンリがいたのならば、ゾンビ映画みたいだなと評したはずだ。
セリナは二人を担いで再び走り出し、建物の屋上から屋上へと飛び移って街の外を目指す。そんな彼女の背に天上の神殿に居座るゼウスの声が浴びせられる。
「逃げるが良い。人斬りの弟子よ。もはや大勢は決した。この世界はワシのことを受け入れ、この世界の人間はワシを受け入れた。であれば、信仰するのに自由に使える目も口も何もいらないだろう。……おぉ、憤らないでおくれよ、これも全てはこの世界の人間の選択だからのぉ」
セリナは奥歯を噛みしめ、逃走に専念する。そうして白霧の森へ逃げ延び、追手を撒くためにアテナイの周辺を彷徨っていたセリナが自身の敬愛する師匠と大百足の背中の上で再会するのは数時間後のことだった。
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