第14話「決闘」

 左手で日本刀の鞘を握り、鼻っ面を蹴り飛ばされたアーサーの元へ近付くと既に街を行く人々がわらわらと寄り集まって野次馬が出来上がっていた。アーサーは鼻を詰まんで器用に鼻血を噴き出し、何度か頭を振るとすぐに構えを取り直した。


 アーサーの構えはなんとも独特なものに見える。両手に短剣を逆手で持ち、クラウチングスタートのように頭を下げて腰を突き上げ、威嚇する猫のような姿勢で構えとしている。


「(今まで斬った盗賊なんかとはまったく雰囲気が違う……)」


 一歩、また一歩と構えを取るアーサーに近付く度に静電気のようなバチバチとした感覚を感じる。おそらくこれが強者の殺気というものなのだろう。彼に近付くほどこの静電気を帯びるような感覚は強くなり、彼の表情も強張っていく。


「おい、アレって……冒険者クラン『オーダーズ』のアーサーだろ、なんでこんな所で戦ってるんだ?」

「いや、分かんねぇ。分かんねぇけど、すっげぇ殺気だよ、マジで殺し合う気だよ」

「アーサーが戦ってる相手って誰だ?見た事ない奴だよな、アイツ」


 体が自然と構えを取る。体は半身、右肩を前に出して左腰を引き気味に、左手は鞘に掛けて右手は柄を触れるか触れないかの位置で留めておく。刀の間合いまではあと三歩、ぐずりぐずりとすり足でまるで重病人が足を引きずって病床へ向かうような遅さで少しずつ距離を詰めていく。


 見つめるのはアーサーの首、おそらくこちらの間合いに入って斬りかかれば目の前の華奢な童も交差するように俺の首を狙ってくるだろう。刀の間合いまではあと一歩と半分、そこまで近づくととある事に気が付いた。風がこちらへ向かって吹いている。


「『全ての風よ、我の後を押せフルアシスト・ウインド』!!」


 アーサーが何かを叫ぶ。するとまるでこの場所すべてにある風がアーサーの元へ集うかのように、轟々と唸るような音を上げてアーサーがまさしく風を纏う。おいおい、これはどうなってんだ。火の玉を出すとかそういう事だけじゃなくて、風を纏うなんて素敵なコトまで出来るのか、この世界の魔法って概念……!


「きゃぁぁー!!?す、すごい風!!」

「おいおいおいおい、街中で上級魔法まで使ってやがるぞ!こりゃ早く逃げねぇとオレらも巻き添え食うぞ!」


 アーサーを中心に渦巻く暴力的な風によってすぐ近くの建物の窓が割れ、扉は金具ごと破壊されて宙を舞い、さっきまでアップルパイを楽しんでいた喫茶店のテラス席まで跡形もなく吹き飛ばされる。


 ぐぐっとひときわ体勢を低く沈み込んだかと思うと、一瞬にして目の前からアーサーの姿が消えた。目では追えていない、だが身体は見事に反応した。


 刹那、鞘から抜刀して下から上へと斬り上げた刀身は目にも止まらない速さで突っ込んできたアーサーの短剣の一撃をしっかりと受け止めた。目では追いきれないまさしく神速と表現できる一撃だったが、どこを狙ってくるのか俺にはハッキリと分かった。


「小刀で致命傷を与えるのであれば、喉笛を狙うのが一番だからなぁ……わっぱぁ!!」


 するすると意識せずに口が動く。まるで自分ではないようだ。


 頸動脈を狙ったアーサーの一撃を防ぐとアーサーは慌てて、空中で無理矢理に身体を捻って顎先へ向かって蹴りをくり出した。アーサーの蹴りがヒットする一瞬前に頭を蹴られる方向へ勢いよく振って蹴りを受け流す。そのまま順手の持ち手を逆手に持ち替えて刀を殺し切るつもりで力任せに振り抜くと確かな手ごたえがあった。


「っつぅ……!!…………ボクの風魔法込みの初撃を見極めるなんて……!!」


 刀を振り抜くと同時にアーサーは強風を俺へと押し当てた。その反動を使ったのかまさしく跳ぶようにして彼は距離を取った。見てみれば彼の右肩がぱっくりと斬られている。殺す気で振り抜いたのに致命傷になっていないのは、少し自信を無くしてしまいそうだ。


「アーサー。これ以上はもう止めろ。次に近付いて来たら外さない、次はその素っ首を叩き落とす」


 刀身に付いたアーサーの血を振り払い、刀身を鞘へと納める。彼の攻撃は一度見た。どう扱っているのか分からないが、全身に風を集めて風の力で身体を押し出して目にも止まらない加速を成し遂げているようだ。なれば、その攻撃は直線的であり、短剣で効率的に攻撃しようとすれば狙う箇所は限られる。頭、首筋、脇の下、肋骨からの心臓、太もも、足の腱、いずれかだ。


「その早さは驚異的だが、殺気をまとった攻撃は読みやすい。しかも、その早さも直線という制約付きだ、その早さにも慣れた」


 アーサーが息を飲むのが分かる。彼は一瞬、思案するかのように少し動きを止めると。


「北国の戦士は大熊にも恐れを覚えない!ボクは死ぬことなんて怖くはない、ただ負けることだけは死んでもイヤだ!!」


 アーサーの元へ風が集約し、一瞬の静寂の後に暴力的と言える強さの風が吹き荒れる。


「直線的と罵られるのであれば、戦いの中でその罵りを超えてみせる!!ボクは……強くなるために、ここに居るッ!!」


 アーサーが跳ぶ。次の瞬間、真後ろへと現れたアーサーは加速の途中で無理やり別方向へ風によって加速し、無理やり直線の軌道を『曲げて』みせた。姿は少年のものだったとしても、彼はずっとこうして戦って生きてきたのだろう。これまでも今もこれからも戦い続けたいからこそ、絶対に勝ちたいという意地があるのだろう。


 身体に絶大な負荷が掛かるだろうが彼は見事に突風の加速中に別方向に加速を加えるという方法で直線的だった攻撃を見事に曲線的なモノに仕上げてみせた。


 あっぱれだ、だが。


 『空気の流れが変わったその瞬間、空中に居るアーサーを叩き斬ればいい』。


 俺の斜め後ろから脊髄へ短剣を突き刺すためにアーサーは別方向に加速を加え、カーブするような軌道を描いて短剣を振るう。しかし、別方向の加速を加えるというのは彼の持ち味である神速と表現出来る速さを殺す事と同意義だった。一度の加速で済む直線の剣先と二度の加速が必要な曲線の剣先、どちらがより早く肌を斬り裂くかと言われればそれは―――前者だ。


 鞘から抜刀し、空中で今まさに短剣を振り下ろそうとしていたアーサーの柔らかな首へ刃を振り下ろす。しかし、あと少しのところでアーサーは首筋に短剣を構え、居合の一撃を逸らすことに成功した。


 見事。だが、同時に残念だ。日本刀の重さを持った一太刀は短剣ごときでは逸らすことはできても、勢いを殺すことはできない。首から逸れた剣先はそのまま胸板から左腰にかけて振り下ろされ、アーサーの腹部はまるでおでんの餅巾着の中身がこぼれ出したようにパックリと斬れて漏れ出してしまった。


「あぁぁ……あぁぁぁ……う、うぅ、ぐはぁぁ…………」


 暴れ狂う突風を制御できなくなるとアーサーは近くに建っていた建物の外壁へと叩きつけられ、肩で荒く呼吸をしながら必死に腹を抑えている。


「どうやら決着はついたみたいだな、アーサーくん」

「ふぅ、ふぅ……うぅぅぅ……え、エンリさん……」

「一体何が君をここまで駆り立てたのか分からないが、君の首を斬って一件落着だ」


 芋虫のように縮こまり臓物を抑えている少年に近付き、日本刀を頭上よりも高く振りかぶる。そして、何の躊躇いもなく振り下ろす―――否、振り下ろそうとした瞬間。


「エンリ、良い勝負だったわね。けれど、ノースリッジさんを殺すのは待ってくれるかしら」


 建物の影から先にレディンバラへ到着し、商人の仕事をしているはずのライラさんが現れた。美しい栗毛色の長髪ははらりと腰まで伸びており、宝石があしらわれた大きなイヤリングや金の留め具が付けられた純白のワンピースがよく似合っている。正直、今この場所に彼女が出てくるとは思わなかった。


「ライラさん……どうして、こんな所に」

「本当はロイジーホテルでエンリの到着を待っていたのだけれど、ウツホと……それから彼が血相を変えて部屋に飛び込んできたから、ここへやって来たという訳」


 ライラさんが芝居かかった仕草で後ろに手を向けるとそこには真っ黒の鎧を身に付けた壮年の男性が立っていた。その顔には焦燥と後悔の念が見える。


「アーサー……!くっ、アーサー……すまない、オレが迂闊な事を言ってしまったばかりに……」


 鎧を着た壮年の男性は地面に倒れるアーサーくんへ駆け寄ると首を断とうとする俺と彼の間に割り込むように座り込んだ。


「さて、エンリ。なし崩しとはいえアーサー・ノースリッジから受けた決闘は貴方の勝ちよ。判定者はこの私、そしてこの私に免じてノースリッジさんを生かしてあげてくれないかしら」

「それは……それは……俺の雇い主であるライラさんからの命令、ということですか」


 ライラさんは静かにただ笑みを浮かべている。一言も言葉は発さない。


「ライラさん、アーサーくんは何の敵意もないウツホさんを傷付けようとして無理矢理決闘を仕掛けてきたんですよ、それを首も取らずに離すっていうのは無理な話ですよ」

「あら、エンリ、貴方のご主人である私がお願いしているのに。そのお願いを断るつもりなのかしら?」

「俺の前に敵として立ったのであれば、その首は叩き落とします。ライラさんを救うために盗賊達を斬ったように、何一つとして例外はありません」


 臓物をひり出して意識朦朧となっているアーサーくん、その彼を見つめて歯を食いしばっている鎧を着た壮年の男性。その二人を遠巻きから見つめているライラさんはもう一度、こう言った。


「エンリ。今、ノースリッジさんをかばっているのは彼の所属するクランのオーナーであるユリアン・ブラックさんなの。彼から自分の愛弟子の命を救って欲しいと依頼があって、私はそれに応じたのよ」

「これはいわば一種の商談なの。ブラックさんは私へ報酬を約束した。私はその報酬を受け取るためにエンリを止めに来た。あとは貴方が武器を降ろしてくれれば全て丸く収まるの」

「……収めなさい、エンリ。ライラ・グローヴナーの命令よ」


 少しだけ、ほんの少しだけ。ライラさんへ刃を向けそうになった。血管の中を駆け巡っていた興奮を司る脳内物質がどんどんと減少していき、燃えかけの最後の薪が音を立てて灰となって崩れるように俺の闘争心はここで打ち止めになった。


 刃に付いた血を振り払い、一度手元でくるりと刀を回した後に静かに鞘へと刀身を収めた。言いたいことは多々あるが、ここで無理矢理アーサーくんの首を断ったとしてもライラさんを困らせるのは目に見えている。心の中で渦巻くもやもやした気持ちはどうしようもないがここは雇い主様の顔を立てるとしよう。


「お見事よ、エンリ」

「それはどうもです、ライラさん」


 少年を見る。無理矢理に決闘を仕掛けてきて、生き残ってしまった少年を。


 彼はブラックさん以外にも傍に控えていたのか何人かの大人に囲まれ、手厚い治療を受けている様子だった。


 ライラさんに手を引かれ、俺はこの場所を後にするしかなかった。

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