第3話「初めての人斬り」
背中に背負っていた日本刀を降ろし、鞘に巻き付けていた葉っぱで作ったロープを切り離す。左手に納刀された状態の日本刀を持ち、自分の姿を隠してくれていた木々の間から盗賊達が居るあぜ道へとゆっくりと這い出て行く。
盗賊達と素敵な命のやり取りをする前にまず、確認しておきたいのは俺が発する言葉がこっちの世界の人間にきちんと伝わるかどうかだ。正常に意思の疎通が取れなければ、商人に恩を売るとか世界のこと教えてもらうとか全てがご破算になってしまう。
「どーも!みなさん、こんにちは!いい天気ですね!」
木々の間から這い出た俺は燦燦と降り注ぐ午後の陽気と共に朗らかに馬車を止めているガラの悪い男達に話しかけた。一斉に男たちの視線が俺の方へと向けられる。その数は全部で九つ。
「なんだぁ、ガキが、てめぇ……そのきたねぇナリ…………は、まぁどっかの難民か奴隷キャンプから逃げ出したってところか」
「おー!すごい、すごい、ちゃんと言葉通じてる!いやー、やっぱりすごいですね、転生特典!」
「はぁ!?テンセイトクテン?な、なに言ってるんだこのガキ、頭イカれてんのか」
ぞろぞろと馬車の周りに居たガラの悪い男たちがガラの悪そうな表情でやって来た俺を取り囲んで行く。
「お、このガキ、珍しい武器持ってるな……おい、コイツどうする?」
「武器奪って適当に痛めつけて森の中に放り込めばいいだろ、どっか別の盗賊団の奴隷だったら殺すと後が面倒だからな」
「あいよ、んじゃ、ガキ、とっととその珍しい剣寄こせや」
一人の男が俺の目の前へと近付いて来る。その顔には嗜虐的な笑みが浮かんでおり、これからどうやって俺を痛めつけてやろうかとまるで食後のデザートを選んでいるレストランの客のような雰囲気だ。
「ダメだなぁ、お兄さんたち。訳の分からないやつに近付いたら危ないよ」
瞬間、左手に持っていた日本刀の柄をしっかりと握りこみ、身体全体を使って抜刀する。鞘から放たれた刀身は静かに近付いてきた男の腹部を横に真っすぐに斬り裂いた。手に伝わってくるのは柔らかな肌を斬る感覚と硬い肉を斬り裂く感覚。そして、男の悲鳴が聞こえたのはそのすぐ後だった。
「あがぁぁぁぁ!!??き、切ってきやがった!切ってきやがった!このクソガキ!!?」
「だから言ったでしょ、訳の分からないやつに近付いたら危ないって」
「っ!!ガイル!切られたフレッゾの腹を回復魔法で直してやれ!ウリン、ラーク、パッゾ!このクソガキを囲んで殺せ!」
この場に居る盗賊のリーダーと思われる男が的確に指示を飛ばす。おお、この世界だと魔法とかが一般的な技術として普及してるんだ、やっぱり異世界転生といえば剣と魔法がメインテーマだよね。うん、うん。
「死ね、クソガキ!!」
額に脂汗をにじませた巨漢の盗賊が真っすぐにメイスを振り下ろしてくる。メイスという明確な形を持った死が迫って来るが、身体は少しも縮こまったり動かくなったりはしない。緊張すらしていない。転生特典さまさまだ。
振り下ろされたメイスを刀身の刃で受け止める。膝を使って衝撃を地面へ逃がし、そのまま飛び上がるようにして日本刀でメイスを上へ叩き上げる。
がら空きになった巨漢の盗賊の脇を切り上げると、ゴリという軟骨を切った時のような音が手から鼓膜へ響いて来る。巨漢の盗賊の腕が飛び、その場に倒れ伏す。
そのまま男たちの間を縫うように動き、一人また一人と流れ作業のように切り伏せて行く。秒数にして約二十秒で腹を切られて倒れた盗賊とその手当てにあたっていた盗賊以外の全員が絶命してしまった。
「ひぃぃ!?なんだよ、なんだよ、このガキ!?グロッゾ盗賊団の精鋭メンバーだったんだぞ、あいつらは!!」
「た、頼む!お前!もう降参だよ、何もしないから、せめてオレとコイツだけは見逃してくれよ!」
丁度、同じ高さに二つの首が並んでいたので、横なぎに日本刀を振るう。俺が日本刀を止め、刀身に付着した血を振り払うと辺りは静寂で包まれた。
日本刀を握った時からいつかはこうなると予想していたが。奪った。俺は自分の意思とエゴで他人の命を初めて奪った。今日この日この時を迎えるまではこうやって自分の手で殺しをしてしまったら、後悔の念とか殺した人間の顔が脳裏に焼き付くとかいわゆる殺した事への後悔が色濃く魂に染み込むのかなぁと思っていたが、そういう気配はまったくない。
これも転生特典の効果とかなのだろうか、精神を安定させるとか罪悪感を抱かせないとか。
……だが、なんとなくそういう罪悪感がないっていう部分以外にも少し気になる点もある。日本刀を使うとき、やけに滑らかというか自然体で使えているというか。まるでこれが当たり前って感じで刀の構え方とか力の入れ方とか刃の入れ方とかが分かってしまう。
「まぁ、考えても仕方ないことか」
血を払い落して鞘へと納刀した後に馬車へ視線を向けると今の戦闘で騒いでしまったせいなのか、馬車を引いていた馬が手綱を引きちぎって逃げ出してしまっている。仕方ない、馬車で悠々自適に道を進むというプランは諦めよう。
馬車の荷車部分へと視線を向ける。荷車は屋根が付いているタイプのもので、屋根から側面にかけては白い布が貼られており、中の様子は確認できない。荷車の出入り口部分からちらりと中を覗き込むとカラの鉄製の檻がいくつも積み込まれており、一つだけ中に人が入っていた。
「んんんー!!んん、んんんんー!!!!」
荷車に入って鉄製の檻の中を近付くと、猿ぐつわをかませられてうめき声しか上げられない女性がバタバタとなんとか拘束具を外そうともがいているのが分かる。
女性は二十代前半くらいで見るからに高級そうなフリル付きのワンピースを着ている。髪の毛は茶髪で腰まで伸びているが、檻の中で動いていたせいか髪は乱れてぐちゃぐちゃになっている。
「あー、どうも、こんにちはお姉さん。そんな檻の中で何やってるんですか?」
「んんん!むごご!んー!んんんー!!」
「なるほど、なるほど、よく分かりませんがとりあえず檻から出すので、動かないでくださいね。足取れますよ」
抜刀し、そのまま檻に向かって垂直に振り下ろす。まるでバターを切るような感覚で女性を閉じ込めていた鉄製の檻は真っ二つに斬れてその役目を終えた。檻の中に居た女性は正気かコイツという視線で訝しそうに俺と今切れた檻を何度も見比べている。
こうして俺の初めての人斬りは終わり、裕福そうな女性を救い出す事に成功した。
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