【号外】 宮沢賢治 永訣の朝
唐突ですが、宮沢賢治の「永訣の朝」について書きたくなったので書いてしまいます。
☆
けふのうちにとほくへいつてしまふわたくしのいもうとよみぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲からみぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜のもやうのついたこれらふたつのかけた陶椀におまへがたべるあめゆきをとらうとしてわたくしはまがつたてつぽうだまのやうにこのくらいみぞれのなかに飛びだした
(あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛いろの暗い雲からみぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子死ぬといふいまごろになつてわたくしをいつしやうあかるくするためにこんなさつぱりした雪のひとわんをおまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよわたくしもまつすぐにすすんでいくから
(あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだからおまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいのそらからおちた雪のさいごのひとわんを………ふたきれのみかげせきざいにみぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもちすきとほるつめたい雫にみちたこのつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとのさいごのたべものをもらつていかうわたしたちがいつしよにそだつてきたあひだみなれたちやわんのこの藍のもやうにももうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あぁあのとざされた病室のくらいびやうぶやかやのなかにやさしくあをじろく燃えてゐるわたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにもあんまりどこもまつしろなのだあんなおそろしいみだれたそらからこのうつくしい雪がきたのだ
(うまれでくるたてこんどはこたにわりやのごとばかりでくるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきにわたくしはいまこころからいのるどうかこれが兜率の天の食になつておまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうにわたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
☆
永訣の朝を取り上げたブログからコピペしたものですが、「今日のうちに遠くへ行ってしまう私の妹よ」という冒頭を読んだだけで涙腺が緩んできます。
これは、宮沢賢治が二つ違いの妹・トシの臨終に際し、トシに呼びかける形で自分の内心――妹に対する思い――を描いた詩ですが、あまりにもストレートな悲しみの表現に言葉の意味はよく分からないながら、心を動かされずにおれないな~といつも涙を流しながら思います。
今回、エッセイに書いておこうと思ったのは「作家のモチベーション」についてです。書かなきゃ――という思いがどこからやってくるのか、それはどういったものかということです。
「永訣の朝」は、宮沢賢治が生前、唯一刊行した詩集『春と修羅』に収められています。結果的に詩集はほとんど売れず、彼は無名のまま夭折するのですが、商業出版していたということは、この詩を大勢の人に読んでもらおうとしていたということなのでしょう。
で、急にわたし(藤光)の視点に話を変えますが、わたしが弟を(いや、妻でも息子でいいです)病気で亡くしたとして、そのときの思いを詩なり小説なりにして、カクヨムにアップするだろうかと考えてみました。
――いや、そんなことしないし、できないよ。
家族を亡くしたことによる精神的ショックは、非常にデリケートかつプライベートなことですから、いくら強い思いがあるとはいえ、普通は不特定多数の人に晒したりしないですよね。作家という人間は業が深い。ふつうの人なら心の奥深く沈めこんで、他人には悟らせない感情を言葉にして人前に提示するんですからね。
創作って奥の深い行為だな。
そうでなければ人の心を動かすことはできないんだ。
涙を流しながらそう考えたことを書きたかったのでした~。
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