異世界帰りの俺は道化と共に世界を歩む。※なお道端の小石は蹴散らす模様

海月

第1話 暇死する

 時の流れすら存在しない無重力空間。目一杯に広がっているのは、岩、石、砂と総称される無数の固定物。それらはその空間から動く気配もなく、まるで大気そのものに焦茶色を塗りたくったかの様に在り続けている。


 だがしかしその瞳を閉じた刹那、俺の目前に現れるのは先程まで捉えていた筈の焦茶の大気。目玉を抉らんとばかりの岩の先端は高速回転しながらこちらへと向かってくる。


 俺は、右手を動かして左手で・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・それを遮る。


 飛び散った破片はまたその空間に停止し、再び風景の一部と化した。


 暗くはない。が、しかし光もない空間。


 音はない。が、常に爆音で鼓膜が破れそうな空間。


 寒くはない。が、常に指先は凍結し、無理やりに動かすたびにしゃりしゃりと音を発するような空間。


 歩いているのに、いつのまにか後退している空間。


「あかん……あかんでコレ……」


 そんな多種多様な矛盾を孕む世界に囚われている男。

 長く艶めかしい白髪を弄びながら深刻に呟く俺、蓬莱帷ほうらい とばりのことである。


 手入れなど微塵もしていないくせして、謎に質の良い髪がぶつりと千切れると同時に、俺の堪忍袋の尾が切れた。


「あかん‼︎…………マジで暇すぎるぅッ!このままやと飽きに殺されてまう‼︎」


 ……………

 ………

 …


 続く沈黙。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ァ‼︎なんで俺が!ここにおらんとあかんねん!」


 その沈黙が俺の怒りにさらに油を注ぐ結果となり、激おこプンプン丸と化した俺は、隣に鎮座する岩石を殴る。


 ………少々怒りがおさまった気がする。


「ここ、時間感覚が狂ってるから、どんだけ囚われとるのかすらも分からんのが、また腹立つわぁ」


 ―――ボンッ


 時間差で、殴りつけた背後の岩が塵となって消失するがもはや俺の眼中にはない。今、俺は過去の行動絶賛後悔中なのだ。

 俺は、真っ白くて真っ黒い空間で頭を抱える。


「なんでこんな―――いや、分かってるんや。ワザワザ口に出して言わんでも分かってる事なんや……」


 そう呟く俺の脳裏にはとある光景が浮かんでいた。










 その昔。イーゼルというものがいた。

 ごく普通の一般家庭に生まれた一般男児。現地では珍しく青みがかった黒髪に、割と端正な顔立ちだけが取り柄の少年だった彼は、のちの蓬莱帷である。


 その世界は俗にいう剣と魔法の世界で、勇者を筆頭とした人類と魔王率いる魔族の戦争の他、人類同士でも戦火を散らしており、まさに死屍累々と言っても過言ではない様な、過酷な世界であった。


 そんな世界で生まれた男児が普通に暮らせるはずもなく、イーゼルは7歳で徴兵されることとなり親元を離れて寮生活へと一変した。

 待遇も非常に悪く、寮も人の生活場所というよりも家畜小屋といった方が的確だと思うほどだった。食事もまた、成長期の若者に出す量なのか、と感じるほど少量だった訳だが、それも仕方のないことだった。


 何故なら大した戦果も無い雑兵なのだから。


 端的に言えば、“雑魚に食う飯はねぇ”という事だ。

 地球の徴兵令顔負けの非人道的政策である。


 ではその後、イーゼルは雑兵のままだったのか?



 答えは否である。


 戦果を上げれば、飯にありつける。

 大将首を取れば、綺麗な寮に移転できる。

 階級を上げれば、柔らかいベットで寝られる。

 結論。敵を殺せば、生活が豊かになる。


 ならば、殺せば良い。

 単純明快でわかりやすい事だ。別に心など傷まない。関わりなどない他人の命など実際軽いものだ。それにどうせ俺がやらなくても、誰かが殺す。

 なら、俺が殺した方が“おいしい”。


 そう考えたイーゼルは敵兵を殺しに殺し、それに比例するように階級も上げていった。


 そうして10年後。


 イーゼルは17歳となり、爵位すら手に入れるほど上り詰め、戦場に赴く事も昔と比べて少なくなっていた。


 爵位を手に入れた時点で、各国との小競り合い程度で命を落とすことはほぼ無いに等しい。


 イーゼルは、雑兵の頃に夢見た生活を遂に手に入れたのだ。


 しかし同時に、上位階級に足を踏み入れたことでイーゼルは上層部の闇を目の当たりにする事になる

 イーゼルの目から見れば、爵位持ちの彼ら彼女らはどうしようもなく腐っていた。


 庶民らの困窮した生活と貴族の日常の格差に、そいつらの脂肪の詰まった顎肉が揺れるたびに、平民を『非人間』と蹴飛ばすたびに、どうしようもない失望に駆られていたイーゼルは―――ようやっと理解した。


『ああ、人間やないのはコイツらの方や。コイツらはは王に媚びを売る事しか能がない豚。こいつらこそ雑兵の寮に入らなあかん。』



 そこからは、早かった。

 目につく豚は全て殺した。王は人質にし、困窮していた庶民に革命を促した。待遇に不満を抱えていた多くの庶民は、その革命に賛同し、ストライキを起こし始めた。


 掲げるその手に持つのは剣や杖などではなく、錆びついた農具であったが、イーゼルにはそれがどうしようもなく輝いて見えたのだった。






 竜核の埋め込まれた杖をもつ宮廷魔術師も、オリハルコン製の剣を備えた騎士団長も、鉄剣一本で切り伏せるほどの実力をひた隠すイーゼルだったが、一つ――否、1人と言うべきか――の誤算があった。


 ――――ドォォオオンッ


 爆音と共に王室の天井に大穴が開く。

 人質に取られた王と王妃も、そしてイーゼルすらも予想外の出来事に目を見開く。


 そして、空から降り降りるその誤算。


 イーゼルはその存在を仰ぎ見て―――


「…………忘れとったわ、勇者がおったこと。」


 そう、後悔したかのように呟いた。

 しばらくして、勇者が口を開く。


「ここにくる途中、サンベルト公爵とベールマン宰相の亡骸が捨てられていた。舞踏会に参加していたマジョリーナ夫妻もだ。大臣も、マルコ騎士団長も、シエラ師匠も!!………みんな死んでたよ。」


 そう溢した瞬間、室内にこれ以上ないほどの重圧が降り注ぐ。勇者を中心に白い魔力が立ちのぼるのがはっきりと視える。


 王家夫妻は既に口から泡を垂れ流して失神。イーゼルは、可視化するほどの濃度の魔力と放たれる殺気に冷や汗が止まらなくなっていた。


 そして勇者は射殺さんとばかりに此方を睨みつけ――


「この惨状は―――お前がやったのか?」


 俺は―――







「くひっ」
















「そやで」






 鞘から鉄剣を抜く。


「俺の懐も無限に広い訳とちゃうねん。で、良い加減この傲慢な家畜共にも我慢できへんなってしもてな?そろそろ殺処分しとこか、思て。………ん?なんや、悪いか?」

「ッ!………殺す必要はあったのか」

「自分徹底的にヤらんと気が済まへんタイプやねん。それに、今駆逐しとかんとまた湧いてくるやろ。まあ、確かに俺自身、アイツらに気に入られて良い待遇してもらってた訳やし、悪くは――――いや、思わんな…?同情なんて微塵も湧いてこーへんわ。」


 それを聞いて勇者が鞘から抜くのは白銀に輝く奇形の刃。曰く、『刀』と呼ばれる、勇者の祖国の伝統武器。


「………………そうか、貴様は、殺す!」

「やってみぃ?できるもんならやけど、な!」



 稀代の革命家と国の守護者の刃が重なった。

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