青春と恋のワルツ4
十月に入り、夏服から冬服に変わったが、いまだ残暑はしつこく、制服の分厚くなった分汗がにじむ。
昼休みに一人静かに弁当を食べているところに山岸がやって来る。俺の向かいに勝手に座り、購買で買ってきたかつサンドロールにかじりつく。
「ところで折田。お前、いつも中西とはどんなデートをしているんだ?」
余計なお世話だ。俺と茉莉は実際つきあってなどいないし、デートをしたことなんて一度もない。こいつ、まだ茉莉のことあきらめていなかったのかよとほとほと呆れる。
「いや、別に……たいしたことはしてないよ。ただ何となく話をしたり、一緒に映画を見たりするくらいだ」
「それは、要するに家デートをするということか?」
「まあ、そんなところ……かな」
――正確に言えば私生活を送っているだけだ。デートと言えるようなものではない。
「あと、茉莉はああ見えて料理がうまいから、家で料理を作ってくれる。それを食べながら音楽を聴いたりなんかする」
「ふーん、それで、飯食った後は中西を食うって話だな」
頭の中がちんこでできている人間の想像力の儚い事か。
「いや、デートって言っても、何をしていいのかわからないしな」
それは本音だ。茉莉にはいつも家事を押し付けてしまってばかりで、バイト代もたまってきたことだし、何かしてあげたいという気持ちがあるのも確かだ。
「カラオケとか、行かないのか?」
「カラオケか……行かないな……」
「じゃあさ、今度一緒にカラオケに行こうぜ」
「一緒に行こう……っていうのは、山岸と行くっていう話か?」
「……鈍いな。中西は何でこんな男が良かったのか。あのな、そういう話ではなくて、俺とおまえでカラオケにでも行こうっていう話を中西に持ち掛けろって言っているんだ。そうなると男二人に女ひとり。これじゃあバランスが悪いだろう? 中西は友達を呼ぶことになる。呼ぶ友達は誰だ?」
「そりゃあ、茉莉が呼ぶ友達と言えば……もしかして山岸、斎藤さんのことが?」
「斎藤美和……いいよなあ。顔もそれなりだし、乳もでかい。いうことなしだろ」
「いや、そりゃあ悪くはないけど」
「おっと、折田。中西と比べたらっていうのはナシだぜ。言っておくけど俺はまだ納得してないんだ。まさか中西がお前を選ぶなんてな。さすがにオレもNTR趣味はないから身を引いてやってるんだ。その代わり、斎藤くらいは仲介してくれても罰は当たらんだろ」
「そうやってまた勝手に」
「まあともかく頼んだぞ」
そう言って山岸は俺の弁当からシュウマイを勝手に摘まみ上げる。茉莉の手作りのシュウマイだ。以前に餃子のニンニクが匂うから弁当には向かないと話をしたら、今度はニンニクを控えめにしたシュウマイを作った。わざと余るくらいに作って翌日の今日、弁当に入れてくれたというのにそれを無断で盗み食いする山岸のことは好きになれない。
だが、皆でカラオケに行くという話だけは提案してみることにする。
「え、なに? カラオケ? 行ってみたい!」
茉莉は乗る気だった。
「行ってみたい? もしかして茉莉はカラオケに行ったことがない?」
「え、ないよ。みんなあるの? アオも?」
「まあ、それくらいなら……」
「え、もしかしていったことないのってわたしだけ?」
「どうだろう? 山岸は当然あるだろうし、斎藤さんも、聞いたことはないけどたぶんあると思う」
「ど、どうしよう。当日わたしだけ使い方とかわからなかったら恥ずかしいよね」
「あ、それなら……」
言いかけて、怖気づく。厚かましいというか、人の弱みに付け込んでいるというか。とにかくフェアではないように感じたのだ。
「そうだアオ。事前にさ、わたしをカラオケに連れて行ってよ。二人だけで!」
願ってもない展開だ。
「でも、いいのかな?」
「わたしが頼んでいるんだけど? あ、もしかして誰かに見られたらとか思ってる?
それなら大丈夫よ。わたしたち、付き合ってるってことになっているんだから、普段からよく二人で行くんだって言えばいいだけのことじゃない」
俺は茉莉と事前に一度、ふたりだけでカラオケに行くことになった。当日何も知らないと恥をかかないために予行演習という名目がある。
おそらく当日もそこになるであろう値段も手ごろな学校近くのカラオケ店に向かう。
茉莉の私服はノースリーブブラウスにミニスカートという軽装のいでたちだった。
「もう十月だぞ。寒くないのか?」という質問にも「暑いくらいよ」と返す。茉莉は基本いつでも薄着のようだ。
「あ、カップルシートっていうのがある。ふたりだしここでいいじゃん!」
部屋は茉莉が決めた。俺はカラオケ自体は何度か来たことはあるが、カップルシートというものがよく知らない。入ったことがないのだ。
案内された部屋のドアを開けて、緊張が高まる。
カラオケルームは今まで自分が使っていたものよりもかなり狭い。正面にモニターがあり、目の前に小さなテーブル。そして二人掛けにしてもやや小さく感じるほどのソファーがひとつだけだ。
――いや、さすがにこれは……
そう思ったのだが、茉莉は躊躇することもなくソファーの片側に座った。
「ほら、アオもこっちに!」
いわれるがままにその隣に座る。ソファーは狭く。並んで座っただけで密着するほどだ。ミニスカートからむき出しになった茉莉の生の太腿がチノパン越しに触れる。
茉莉は座ったまま卓上のリモコンを物珍しそうに眺める。その横顔はあまりにも近く。教室の隣の席とはまるでわけが違う。首筋に二つ並んだほくろがまるで吸血鬼が噛みつくための目印みたいに見える。茉莉の髪のにおいが鼻をくすぐる。しかしそれは帰って緊張が和らいだ。俺と、同じシャンプーの匂いだ。今まで特に気にしていなかったのだが、新生活を共にするようになった我が家の風呂場にはいまだ一種類のシャンプーしかない。見慣れないクレンジングオイルなどが増えたせいでわかりにくくなっているが、俺と親父が共通して使っていたものを、茉莉はそのまま使っていたってことらしい。おそらく芹香さんもそうなのだろう。
「ねえ、とりあえずアオが何か曲を入れてみて」
リモコンを手に持ち、こちらに振り向く茉莉。その視線は、あまりにも近い。
さすがにどぎまぎしながらリモコンを受け取り、手のひらの大量の汗を膝で拭う。
無難な流行りの曲を入れてどうにかやり過ごし、今度は要領を得た茉莉が曲を入れる。少し古い選曲だ。普段から見ていてあまり流行には敏感ではないらしいのだが、かえってそのほうが好感が持てた。少しのなつかしさと、安心感がある。
それに茉莉は歌がうまかった。もうこれで十分恥をかく心配はないだろう。
「ねえ、じゃあこれ一緒に歌おうよ」
デュエット曲、と言えば古い言い方かもしれないが、それは俺でも知っている最近の曲だった。恋愛のアニメの主題歌となっていた曲をカップルシートで歌う。茉莉はアニメのオープニングのヒロインたちがやっている振り付けと同じものを俺に強要した。
二人の手で大きなハートを作り、彼女は俺のその手を握った。
歌詞にある通りの『語り』を茉莉が読み上げる。その言葉が今の俺の心とリンクして、気持ちが高まってしまう。俺は握られた手を強く握り返し……こんなことをするのは俺らしくなかった。まるで、僕が僕らしくなくなっていくようだった。
たしかに確信する自分の気持ち。
俺は、このまま演技なんかではなく、茉莉と本当の恋人同士になりたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます