生活水準が下がったら自動で死ね

ちびまるフォイ

自分の幸せのためのほかの大勢

「命の価値は一定ではありません。

 毎日頑張っている人と、ホームレスの価値は異なります。

 これからは生活水準が一定以下の人は自動的に死にます」


全員に"QOLワクチン"が接種された。

それは自分の人生の品質が一定以下になると心臓を止めるという。


それ以降、街でホームレスや貧乏な人が一気に消えた。

街はぐっときれいになった。


「QOLワクチンのおかげで街はずいぶんきれいになったなあ」


人が減ったことにより街はますますキレイに保たれた。

普通に暮らしてればQOLが下がることはない。


パチンコ店も減った。

ギャンブルのお店も減った。

それを資金源としていたヤクザも消えた。


QOLが下がると問答無用で死が待っている。

ギャンブルは命に直結するから誰もやらなくなった。


待ち合わせのカフェで待っていると、

中学校以来の同級生が遅れてやってきた。


「いやぁ、おまたせ。悪かったね」


「どうしたんだよ。久しぶりじゃないか」


「実は……金を貸してほしくて」


「げ」


「うちの工場がピンチなんだ。今月だけでいい。必ず返すから!!」


「うーーん……」


「工場が今月つぶれたら、俺は生活水準が下がって死んじまう!!」


「……」


同じ状況だったら、と思うとやるせない。

工場がどうとかというより、命がかかっているのだろう。


「……わかった。貸すよ。でも必ず返せよ」


「もちろん! ほら! 誓約書も書く!!」



数カ月後、そんな工場がないことと、そいつが逃げたことを知った。



お金を貸したことがバレるや、妻からは離婚を切り出される。


「どうしてこんな大金渡したのよ!?」


「命が救えればと思って……」


「そのおかげで私たちは死ぬかもしれないのよ!?」


「こんなことになるとは……」


「あなたといたら生活水準が下がって死んじゃう! 離婚しましょう!!」


家にはひとりきりとなった。

ますます生活水準の低下を感じる。


食事も切り詰め、ぜいたくはできず、毎日絶望感にさいなまれる。


郵便ポストには赤い紙が届いた。



『生活水準:危険水域のお知らせ』



赤い紙には自分がこのままの生活を続けていれば、

QOLワクチンにより死んでしまうということだった。


「だからって……どうすりゃいいんだよ……」


生活を劇的に替えることなんてすぐできるわけない。

このまませめて安らかな死を待つしか無いのか。


誰かに金を貸してもらおうかと悩んでいると、

繁華街の向こうで上機嫌なおじさんが歩いてきた。


横にギラギラした女性をかかえて羽振りもよさそうだ。


「わっはっは! それじゃもう一軒いくかぁ!」


「シャッチョさん、飲み過ぎヨ」


「金はありあまるほどあるからなぁ。

 貧乏人どもが駆逐されて最高だよ、この街は!!」


酒瓶を回しているそのおじさんが憎たらしくなった。


今自分はこんなにも追い詰められて死の淵なのに、

あいつと来たら、良い生活水準をキープしているのだろう。


自分が何をした。

人のために尽くしただけじゃないか。


どうして死ななくちゃならない。


人間的な価値はあのおじさんより、自分のほうが高い。


どうしてあのおじさんが生きて、自分が死ぬんだ。


納得できない。



おじさんが街灯もない路地裏に入ったときだった。

気がつけばそいつの持っていた酒瓶で殴っていた。


「ぐうぅ……だ、誰だ……」


おじさんはまだ息がある。

顔を見られる前に財布を盗んで逃げた。


「はぁっ……はぁっ……どうせ死ぬんだ……なにやったっていい……」


呪文のように繰り返して家についた。


おじさんお財布にはクレジットカードと、

忘れないようにと手書きで書かれたパスワードがいくつも入っていた。


わずか一夜にしておじさんの全財産を手に入れてしまった。

赤紙の死刑宣告の立場から一転、自分は勝ち組へと返り咲く。


「はは、ははは。なんて金額だ」


迷いなく全額を自分のものにした。

きっとあのおじさんは途方に暮れているだろう。


わずか一夜でなにもかもを失って生活水準のどん底へ。

あとは勝手にQOLワクチンで死んでしまえば足もつかない。


一気にSSSランクの生活水準を手に入れたが、

それを全部私利私欲のために使うつもりもなかった。


「この国には俺のように生活水準が低くて困っている人がいる。

 この金は自分のためじゃなく、そんな人を救えるように使おう」


金はぜいたくのためではなく、新しい起業のために使った。

新しい保険の会社だった。


QOLワクチンで死にそうな人たちを救うための保険は、

またたくまに大人気となり、会社は世界でもトップの大企業となった。



これにより、これまでほそぼそとやっていた他の会社は全て倒産。

街にはバカ高いビルが1つだけ立って、それ以外はただの空き地に成り果てる。



高層ビルからは、仕事を失い生活水準ギリギリの人たちが見下ろせた。



「社長。またこの街の失業率が10%上昇しました」


「そうか。うちの会社も大きくなったから、他の会社は何もできなくなるものな」


「市民の生活水準平均値も下がっています。社長はなんとも思わないのですか?」


秘書はつらそうに聞いたので、教えてあげた。





「良いことじゃないか。うちの保険の客が増えるってことだろう?」

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