第37話 回想2008年 16R
川島が急遽「ジョーカー」的な存在として浮上してきたことにより、「設定漏洩疑惑」を探る道が一気に開けた。開けはしたがむろん今日明日にでも全部、というわけにもいかず、地道な積み重ねの日々が始まった、と、山田は認識した。
「万枚ニット帽」と川島が「元同級生」の間柄、というのはこりゃ捨て置けない事実だし、阪東の「セクハラ」解明に一役買っている篠崎、人物鑑定の目利き能力あるってことだろうし、ここはひとつ、二人を自陣営に巻き込んで「チーム」結成するのが後々に向けて効果的であろう、と即断即決し、その夜には山田、川島、篠崎3名で密かな会合が小田原のチェーン居酒屋で催された。周囲に気づかれぬように。
山田は「万枚ニット帽」が来店の度に100%高設定台に座っているという情報を二人に告げて、まず初手のカードを晒した。
川島とニット帽の繋がりは、嘘偽りなく「高校時代の同級生」で、もともと顔見知りではあるものの、この日ホールで偶然出くわすまで特に親しかったわけでもなく、食事休憩対応の時、互いに顔みてすぐ「あ!」と相手が分かり、そのあとはごく普通に「時候の挨拶」をしただけ、とのこと。彼奴の名は奥田。以降はこの表記でいく。
川島の記憶だと、奥田は高校卒業後、就職の為上京したというところまでは大雑把にたどれるくらいで、何故また地元に戻ってパチスロをそんなに頻繁に打っているのか、とかそういう事情は全く知らない。で、いままでホール内で同じ日同じ空間に居合わせたこともあっただろうけど、今日まで互いに気づかなかったのは、川島の普段からの心得として、客に絡まれないよう、あえて、顔見たり、視線合わせたり、等のコンタクト場面を極力避けていたからだという。このあたりはホール業界の「客と仲良くしてはいけない」原則が活きている。実際、阪東のような身内のみならず、客からの「アタック」もウザい頻度であったようだ。というかまあ、あるだろうなあ、という推測は十分に成り立つので、その言葉に嘘偽りはない、と山田は判断した。実際、ひとところにジッとせず、マメに掃除や整理整頓に精を出してたし。
さて、いまこの状況で、奥田に関しては「高設定台を必ず掴む怪しい客」というわかりやすい共通の敵としてこの夜の秘密会合列席3名の間で意思相通し共通認識をすぐに得たのだが、偶然にも「阪東」もそこに含んで不自然ではないことでもあるし、山田はこれを利用し、「設定漏洩疑惑」のところで、現状自分が疑わしく感じているのは阪東である旨、川島、篠崎に次の手持ちカードを晒して反応をうかがった。川島はきょとんとした表情になり、篠崎は多分もともと阪東の軽いノリをあまり好んでないようで、興味津々、目を輝かせる、というアグレッシブな反応。
きょとんとしている川島に対し、「あ、いま昨日今日のあれこれざっくり整理して考えて、川島さんが奥田と知り合いだったからって、設定漏れてる件で疑ってるとか一切ないし、というかむしろ捜査に協力して欲しいってことなんだよね」と即座に説明し、川島もそれですぐに、≪あ、はいはい、そういうことね≫という表情になって、「わかりました。やりますやります。なんか面白そうだし」と阪東を「可愛い」呼ばわりした時と同じような若者らしいいたずらっぽい笑顔を見せた。
3名ともに車だったので、その夜は酒酌み交わして腹割って朝まで大騒ぎというようなこともなく、ソフトドリンクと食べ物中心のまさにちゃんとした「会合」という雰囲気のまま、今後の作戦方針について、きちんと冴えた頭で詰めて散会した。無論払いは山田持ちであった。
互いの「人となり」についてはその後の「チーム行動」の過程で、徐々に知っていく、という流れになった。
山田は結局その夜、渡邊、梶山、この、あと2名残っていた「漏洩」疑惑の関連人物たちの名を挙げることはしなかった。実際まだ「疑惑」の段階のことでもあるし、あえてそのまま「先入観」持たない女性従業員2名の「視点」を得る事も捜査に有利な展開をもたらすかもしれない、と考えたのだ。
そうなってくると、アルバイトなのでシフトに入る時間もそう長いわけではない川島に比して、グランドオープンから在籍する「正社員」篠崎の方がいろいろと情報を探る、得る、という機会は多く、その都度、周囲に知られないよう工夫しつつ山田にあげてきたわけだが、やはりその過程で渡邊、梶山の名があがってきたのだ。
阪東の動向を探っていたら、業務時間外3名でつるんでいることが多いっていうのがまずわかりやすいところであがってきて、山田も薄々そうだろうと感じていたのをこうして「第三者」視点で確認できたのは心強いものがあった。
そして、そういう目で見てるからかもしれないが、奥田来店遊技中の阪東、渡邊、梶山の動きは明らかに奥田との接触を避けているように思えるし、不自然といえば不自然だ、と。
それから川島方面でいえば、まずもって奥田は久々「邂逅」の翌日来店せず、川島とバッタリ出くわしたのを悪い方向で考えて警戒したかもしれず、もしかして手を引くかも、と「捜査」の観点で考えると先が危ぶまれるところであったが、翌々日からまた高設定を掴んで打ってるし、妖精川島が居る時でも特に声かけてくる風はなく、むしろ避けてる印象すらあって、これもまた「怪しい」と思える要素が増えたことになる。
「設定漏洩」捜査を優先に考えたので、阪東のセクハラの件は、何しろ阪東の名前も初手から出さず「セクハラの存在を確認」の文面でしか報告していないので、鋭意捜査中の続報だけ事業部長に定期的に送信し、延々と先送り状態にし、そしてむしろ川島への誘いメールは逆に利用してやろうと「チーム」で身構えていたところ、「レイヴ」(以降はこの「ヴ」表記で統一)への誘い来ました、と川島から報告あって、その文面も3人で見た。
阪東が常日頃吹聴していた「芸能界に人脈あってモデルの恋人がいて」のIT社長が催すレイヴが大磯の元財閥大立者が所有していた別荘跡地で開かれる、という。
川島としては「東京」の方がよかったのになあ、っていう不満があるようだったが、とりあえず乗っかって探るにはいい機会だ、となり、興味あるし近いし時間あるし、とこちらも相手のノリに合わせた文面でOKを出す。日付としては1か月半先だったので、月間シフトはまだこれから作るのもあり、篠崎も、万一に備えて周囲で張り込めるよう休みを合わせるようにした。で、当然のように阪東は車で一緒に行こうよっていうアプローチで来てたわけだが、いままでさんざん誘いを断ってきた雰囲気というのを自然に継続するかたちで、いえいえいえ大磯とか散歩しがいありそうだしマイペースで電車で行きます、と返し、適当な時間に帰ります、とも返し、それもいままでの経緯があるので、抵抗なく受け入れられた。
そしてその後数日で、阪東が「メール攻撃」の対象にしているのは川島だけ、ということが篠崎の聞き取りで判明したのだが、本社報告は変わらず放置の先送りにしておいた。
奥田は、川島の存在のこともあるのか、あるいはまた山田が「高設定」投入台数を渡邊が嫌な顔するレベルで削っているのもある為か、来店頻度が週4レベルから週2~3レベルに減り、変わらず高設定掴みはするものの、勝率は落ちていた。
盆明けの8月最終週の金曜19時から、大磯での「レイヴ」は始まった。
山田はこの月のシフト作成の段階から様子をうかがっていた。社員、アルバイトの月間シフト作成は主任の梶山が、役職者のシフトは副店長の渡邊が作成していて、この分野も山田は「下に任せきり」だったので、「様子見」して何一つ介入せずなのは不自然なことではなく、身を伏せて気配消して相手の動向うかがう局面においてはかえってそれが好都合であったとも言える。そしてレイヴ当日の役職者シフトは渡邊、梶山は早番、阪東は休み、となっていて、これは大磯に3名集合可能ということであって、山田はこのシフト表完成、確認印捺印の際は「きたきたきた」と小躍りしたものである。
とにかく、川島、篠崎からの連絡待ちで当日は気もそぞろに通常の遅番勤務をこなしていた。そして今日この時にスロットコーナーのどこにも奥田の姿はない。ああ、偶然にも!?とか、とにかくなんでもいいので、渡邊、阪東、梶山、奥田、4人が一堂に会していた!っていう事実があるといいなあ、とワクワクドキドキ感覚で過ごしていたのだった。
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