第34話 回想2008年 13R
部長らから自身の「悪評」を聞かされた翌日、その同じ部屋で今度は、一旦もちかけられながらうっかり放置していた「セクハラ相談」を女性従業員2名から聞くことになった山田。話を始める前は、特に鬱々とすることもなく冷静に対応しようとしていたのだが、バイトの川島を見て、ちょっと動揺した。というのも、なんだこれは妖精か?という見た目の強烈な印象があったからだ。
さてここで、自分の店の従業員の容姿に今更おどろくとは何事か!?と思われる方も数多くいらっしゃることと思われるが、大型店ゆえアルバイトだけでも50名弱レベルの人数かかえていて、この規模になってくると「バイト面接」を店舗責任者一人でまかないきれず、サブまで担当にふくめてようやく回せる状況ということもあって、自分が面接に関わってないバイトの数もそこそこ多い、というか当時の鴨宮店だと副店長渡邊が面接担当した数の方が間違いなく多い。そして、履歴書とともに渡邊から「採用でいいと思います」の一言が添えられてくると、ほぼその場で自分もOK出す、というようなある種の流れ作業になっている面があったのだ。ま、これも「任せきり」の一面が色濃くあわれた分野だったということだ。
川島の場合、記憶を掘り起こすと、履歴書の写真の段階で、確かに「おっ!?」というインパクト感じるものがあったのだ。それだけのインパクトもいつのまにやら頭のなかから消し飛ぶほどに大型繁盛店の店長というものはハードスケジュールなのである。まして、既婚一男一女アリの山田ゆえ、容姿端麗の新たな女性従業員を身構えて待つ、というような動機のあろうはずもなく、一旦完全に忘却の彼方に消え去ってしまっていたとしても、同じような立場を経験したことのある自分にしてみると、「あるある」の範疇の出来事だ。だいぶ前に書いた「ニンフォマニア店長宮内」のような者は、珍しさゆえに小説に仕立て上げたのであり、この業界「肉食系」が多いとはいっても、四六時中あからさまに発情し続けている者たちの集まりというわけではないし、あと「飲む打つ買うの三拍子」というのも怪しい気がしていて、打つやつはとことん打つだけのタイプの方が多い気がする。特にパチンコ、パチスロは性欲どこかに置いてきたんじゃないの?みたいなのがヘビーユーザーになってるんじゃないか、と個人的には思う。
さて、繁忙時に相談もちかけられて、「あとで」と口にしていたあの時、はて?二人いたはずだが?となった原因だが、何しろ川島が「小顔」「小柄」なことにあった。
面談室で、川島見た瞬間、ああ、これならあの時視界に入らないはずだ、と変に得心したくらいだし。
そうそう、昔「経堂店」にいたころ、土地柄ゆえに「女性芸能人」を街でみかける機会何度かあったが、TVで見るのと違って「小さい」んだよなあ、と思い出す山田。小さくて妖精みたいな感じでこの世のものと思えないんだよなあ、と。山田が見たのは何かのロケで来てた浅香唯だったらしいが、確かにそうなんだろうなあ、と自分もなんとなくわかるような気がする。
ということで川島は「小顔」「小柄」で妖精のようで、つまりはアイドルとかタレントなのか?とドギマギさせられるような存在なのだ、ということを面談室で間近に見て「初めて」知る山田なのであり、ああ、これはなかなかやっかいな問題が起きてそうだなあ、と、「魅せられていた」ゆえの悦楽感が、急激に冷え、鬱な方面へと向かい始めた。
セクハラ起こしているのは販促担当の主任阪東であった。山田が「渡邊グループ」の一人と見なしている者であるが、とにかくここは、その件は切り離して話を聞く。
副店長渡邊「コミュニケーション強者」であるという専らの世評であるが、阪東もまた「とにかくあかるい」系統であり、よくしゃべり、そしてよく飲み食いする、というパーティー・ピープルであり、そしてどうやらラテン系ナンパなノリの持ち主というか、女性には「あかるい」感じで一声二声多めに何か言う、タイプの者である、と。迂闊にも山田は篠崎から話を聞いて「え?そうなんだ!?」と内心驚いたくらいなので、考えてみれば日々の役職ミーティングでは「女好き」かどうか、なぞ、わかりようもなく、また忘年会やら、誰かの送別会やら、の宴席に関しても、酒はたしなむ程度で、特に好む方ではない山田は、パリピの者どもに薦められて自分の限界量超えて摂取すると、フッと寝てしまうパターンであり、いつも最後に「帰りますよー」と身体のどこかを叩かれて起こされ、宴席の出来事などほとんど何も知らないのがデフォなのだった。一匹狼なので、自分の知らないあいだに楽しいことがあった、ということに何も悔恨の念は感じない、と。それはそれとして本人はいいとしても、下から見ればある意味「ちょろい」存在とみなされても仕方ない状況だ、ということでもあるわけだ。
パリピ阪東生来の「ノリ」の印象が強いのもあり、当初は特に「悪気」はなくあれこれいろいろ声かけてくるんだろう、と解釈していた川島だが、≪一応みんなに聞いて回ってるし≫と、アドレスがズラッと並んだ阪東の携帯画面を見せられ、そういうものなのだろう、と携帯メアドを教えたところから事情が一変した。とにかくメール攻撃が凄い、というのである。
1対1でどこかへ、の誘い出しが始まり、断る、誘う、断る、誘う、断る、誘うを延々二桁台以上の回数続けてるうちに、川島もそれが時候の挨拶みたいなものなのか、という気分になってきた、というか異常なことを異常に思えなくなってきた、つまり麻痺してきたのは、阪東は店で接してる分には常に変わらぬペースで、誘いを断り続けていることに対してのリアクションは何もないので、ああ、多分これ誰彼かまわず女子従業員皆にやってるんだろう、くらいに考えてるうちに、女性社員のなかで一番打ち解けていて話もしやすい篠崎に、軽い調子で、阪東主任ほんと筆まめっていうのかおかしいですよね、と篠崎も同じ目に遭ってるものであろう、という前提で、ふっとそのことを何の気なしに漏らしたところ、篠崎はそのような目には遭っておらず、え?なにそれ?おかしんじゃないの?となって、いろいろ問い質したり、メールの現物を確認したりなんかしているうちに、これは異常事態だと、二人で互いに認識しあったのであった。
篠崎は特に川島とだけ親しいわけではない、鴨宮店現地採用のグランドオープンからの社員で、姉御肌の女性まとめ役的存在であった。以前に書いた1989年の西川口と違い、特にまだあからさまな「派閥」みたいなものはない鴨宮において、そして歴史の浅い鴨宮において、その大体の「通史」を把握している篠崎にしてみると、どう考えてもこれは「異常」なのであって、そもそも1年ちょっと前、年度末で一旦役職者のメンバー半数切り替わった時にちょっと違和感あったものが、ああ、やはりそういう悪い形であらわれたか、と判断し、これは即店長に相談した方がいい、と行動に出たのが、山田の相談もちかけ失念のあれだったのである。山田どうやら忙しさで忘れてるっぽいし、話しかけづらいのはずっと変わらずだし、というので篠崎がホットラインを利用したのだった。
篠崎自身は特に山田に対し好悪の感情があるわけでもなく、ホットラインは仕方なしに使ったという側面が大きく、昨日、山田から謝罪の言葉と面談即実施の旨を伝えられた時に、全然恨みがましい気配もなかったので、そこは信じてよかった、とホッと胸をなでおろしたのであった。というか先述した「インカムの余計な会話」に関してあまり好ましく思っていない風である山田に加担したい派でもあったのだ。篠崎は。
篠崎の容姿であるが、小柄な川島とは対照的に160超えの長身で、二人並ぶと親子なのではないかと思うくらいなのだが、といって篠崎もどちらかといえば秀麗な美顔といえるタイプで「親子かも」というのはあくまで身長差でいうと大人と子供のようだ、ということであり、篠崎が老いて見えるわけではまったくない。保科長老で例えに出した「カラマーゾフの兄弟」でいうと、カテリーナ=篠崎、グルーシェニカ=川島、という対比になろう。年齢は篠崎26、川島20である。
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