第30話 回想2008年 9R
いずれにしても、「匂わせ」レベルで、「高設定台絶対にあるんじゃないの!?ここいらあたりに!!」みたいな気配はかなり薄いところであるにも関わらず、高設定台を確実に掴んでる特定客がいるということは怪しいことでもあるし、2ちゃんでは第三者と思しき投稿者に怪しまれ始めていることでもあるし、それに月間、四半期、通期における利益目標数値が厳然として存在することでもあるし、設定配分を実施する際の店舗役職者間の意思相通の場において、より以上に、辛目の通達を出す山田なのであり、副店長渡邊はいよいよ渋面を隠す度合も減ってきて、2ちゃんの設定師批判投稿もどんどん数が増して内容も下品になり、本社への山田サゲ内部告発の本数も増え始めた。
「設定配分」実施の際の店舗役職者間の意思疎通、通達、という書き方をしたわけだが、これはそう複雑でも大げさでもなく、基本は店舗責任者かそれに準ずる者が、直近の営業結果の推移をみながら、翌営業日の配分を金庫保管の紙ベースの「設定表」に書き込み、打ち換え作業担当役職者がそれを見ながら分担して打ち換え作業を行い、最後に「設定表記入者、現場打ち換え作業担当者」を除くそれ以外の「チェック担当者」が全台の設定が設定表通りになっているのかどうか確認し、その現場での確認作業を終えたのちにホールコンピュータに入力をする、という流れなので、主任以上の店舗役職者全員にほぼ自動的に翌日の設定配分の内容が行き渡る。台数333台ともなると責任者一人で全ての作業を実施するのは不可能だし、高額な現金と同等の意味をもつもの、の管理であるから、相互監視体制構築しておくのが望ましいのは当然なので、こういう手数をかけたやり方になっているわけだ。
なのでこの場合の「意思疎通」の場面はどこにあるのかというと、店長が翌営業日の設定配分を設定表に記入し終えて、「はい、じゃこれで」と副店長以下の役職者に手渡すタイミング、ということになり、それが「通達」であり、設定表をザっと見渡した副店長が「意見具申」の必要アリと感じれば、そこからやりとりが始まることになり、それが「意思疎通」の場である、ということだ。
さらにイベント内容に応じた札の差し方の「表」も別途あり、それと設定表をにらみながら、作業に臨むし、作業に臨む前にご意見ございましたら伺いましょう、というようなことになる。
具体的にどのようなやりとりがあるのか。
渡邊:店長、この「南国育ち」(※「南国育ち」という名の機種がある※)の4分の1イベント(※機種台数のうち4分の1は高設定ですよ!と謳ってるイベント※)ですけど、オール(※全台1のこと※)でいくわけですか!?
山田:うん。進捗、いま96だと(※粗利目標数値に対して96%だと言っている※)あと、土日が残り一回ずつじゃ何あるかわからないし、まあ保険掛けだね。
渡邊:判別(※遊技中の客が台の挙動を観察して設定の高低を「判別」することを指す※)されやすいし、また2ちゃんに書かれますよ。
山田:いや、2ちゃんはそんなに気にしてないし、集客に影響ないし、何か書かれたってどうってことはないよ。
といったような感じか。これはあくまでわかりやすい例であって、
大変こみいった対話になる場合もある。こみいったケースをあれこれ書きだしてみるのも興趣のつきないことであるよなあ、といった側面もあるが紙幅の関係で上記1例のみでパチスロ4号機のもたらした諸問題に話を拡げてみよう。
「南国育ち」はゲーム性に関してはシンプルで、ある意味中高年の友「ジャグラー」に近い部類の機種であるが、渡邊のいう「判別されやすい」というこの語句がキーポイントになる。
爆裂4号機時代からパチスロに馴染み始めた者のほとんどすべて、この「判別」という行為に己の持てる力のほとんどすべてを賭けていると言っても過言でないような状況なのであった。「面倒なので海かジャグラー選ぶ中高年層」とパチスロ4号機からの「軍団」「スロプー」系若年層との思考様式の根本的な隔たりはここにあるわけだ。
そしてその「判別」を何に対して行うのか?なのだが、単に「設定」の高い低いだけの話ではなく、だいぶ前に俎上に載せた「モード(※設定とは別途の「状態」を指す※)」もその対象であり、さらに前夜営業終了後に「設定変更」したのか?「同一設定打ち換え」したのか?「据え置き」で何もせずの放置だったのか?なども「判別」の対象項目であり、そのほかに「ラムクリア」という、設定変更作業とは別系統の、リセットボタン状のものが仕様に含まれる機種もあり、その作業をしたのか否か、とか、それに「天井」だの「ストック」だのといった概念が絡んできたりなんかして、数え上げればきりがないほど、「事前に知るべき攻略ポイント」がほとんどどの機種にもあるわけで、ただなんとなくのんびり打って、おやつや煙草銭の足しになればいいや、なんていう呆けた姿勢で臨んでいる者は鴨宮店スロット333台全部稼働していたとして4分の1以下というかジャグラー系、それに近い風味の機種を好む者のみであっただろう。「遊技場」だっていうのに。
一撃5万枚獲得もあり得る荒波スペックの機種が全国どこの街にもあって、≪さすがに5万枚はなかなかなくても1万枚なら余裕でいくし、ってかこの前おれ3度目の万枚いったし、顔見知りで万枚未経験とかいないし≫、という世情であれば、時間と体力のあり余っている学生層、若年未就業者層が血眼にならないはずはない、というかそうならないほうがおかしい、とすら言える。
パチスロ4号機の若年層顧客ほぼ100%がマニア、セミプロ、プロと見なしうる、ヘビーユーザーばかりなのであって、それに合わせた施策を打つので、店側のイベント内容もどんどん細かくなり、必然的にその準備で労働時間も長くなり、ただでさえ4号機とプライベートで相性の悪い自分なんぞは軍団系と揉めたりなんぞしようものなら、中途で逆ギレしそうになるのを必死にこらえるような日々だったのであり、何一ついいことないなあと鬱々としていたわけだが、山田はそのへん上手く乗り切り、そしてさらに「設定漏洩」なんていう「大ネタ」をつかんでくるわけだから「パチモン」の自分とは真逆のまさに「プロ」業界人の鏡と言えるような働きぶりなのだった。
ということで、いま上に挙げたような渡邊とのやりとり会話は「万枚ニット帽」認知以降、逐次小型ボイスレコーダーで録音し始めた山田であった。
2ちゃんに連日の万枚獲得を怪しむ投稿をされた「万枚ニット帽」だが、その投稿を当人が確認したのか否かをこちらは確認しようもない状況で、該当投稿後しばらく、山田が「調査」開始して以降しばらく、姿を見せず、2度の万枚GETで「卒業」を決め込んだかもしれず、となると「漏洩」捜査の展開もこれ以上のものは望めないので、悪事を働いている輩であるにも関わらず、逆に「来ないと困る」という心境に山田がなりかかっていた1週間後、月跨いで7月1週目の火曜に久々に現れた。
月跨いで、前月もグランドオープンからほぼ4年連続月間予算未達なしを継続し、やや安心感あるタイミング、しかもこの火曜はスロット全体では特に「強い」イベントは開催しておらず、それでいてそこかしこに「高設定台」無きにしもあらず、という目立たずに立ち回るにはうってつけの日であったわけだが、前日山田は休みで設定決めたのは副店長の渡邊であり、「山田&渡邊の会話」を録音する機会のないタイミングということであった。
そう、単純に山田が休みの日は、渡邊が設定を決める。なので、高設定入れるのを渋る山田とそれに抵抗する渡邊の図、というのが記録できないわけで、これはこれでちょっと痛い。痛いが、ここでニット帽の憎き彼奴が高設定台に座っているのであれば、かなり強い「状況証拠」を得ることにはなる。
15時遅番勤務開始時間の30分前、私服でホールを歩いている時に、サラッとスロットコーナーの一角にニット帽を視認した山田、特に立ち止まったりはせず、更衣室で制服に着替えた後に事務所に向かい、さりげなく該当台のデータを、ホールコンピュータ液晶ディスプレイ詳細項目画面呼び出して確認したところ、設定6の「吉宗」ですでに4000枚の放出であった。
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