夏休みの作文なんて大嫌いだ!

崔 梨遙(再)

1話完結:1600字

 僕の家は、まあ、どちらかというと裕福ではなかった。なので、あまり旅行に連れて行ってもらったことも無い。夏休みもそうだった。僕は、本を読んでいられればご機嫌だったので、あまり“どこかに連れて行ってくれ!”と駄々をこねたことも無い。基本的に、どこかに連れて行ってもらえなくても良かったのだ。プールには級友と行く。別に、海に行きたいとも思わない。たまにどこかに連れて行ってもらえるなら、喜んでついて行ったけれど。


 そんな夏休みで困るのは、作文だ。今は、もう無いのだろうか? 僕等が小学生の時は、必ず、“夏休みの思い出”というテーマで作文を提出しなければならなかった。あんなのは差別だ。どこにも連れて行ってもらえない家庭の子は、何を書いたらいいんだ? あんな文化は無くなった方がいいと思う。


 だが、何か書かないといけない。本当は、“夏休みの思い出は特にありません”と、1行で終わらせてしまいたかった。しかし、そういうわけにもいかない。それをやったら、先生よりも母が怒る。


 しかし、母は考える。母は、インテリぶるのが好きな女性だった。なので、安くてインテリな感じのする所へ父と僕を行かせる。連れて行ってくれるのは、いつも父。身体が弱かった母は家で寝ていた。


 例えば、科学館だ。全然おもしろくなかった。これなら、映画を見せてほしかった。映画を見たと作文に書いた子がいたという記憶がある。しかし、“映画を見たい”と言ったら、母から或る映画をオススメされた。それは、僕が全く興味の無い映画だった。だから、映画は断ったのだ。僕は“僕が見たい映画”を見せてほしかったのに。その方が、作文は書きやすかっただろう。それで、科学館になった。


 結局、全く感動しない科学館での思い出を書かなければならなくなった。しかし、僕も馬鹿ではない。ちゃんと科学館のパンフレットは持ち帰っていた。パンフレットを見ながら、なんとか作文を書くことが出来た。感動してもいない、楽しくもない、嬉しくもない、興味も無い、そんな作文を書くのがいかに苦痛か? ご理解いただけるだろうか? ご理解いただける方がいらっしゃれば嬉しい。


 しかし、鬱陶しいことに、この“夏休みの思い出”という作文は、全員が朗読しなければならなかった。僕は低いテンションで自分の作文を朗読してみせた。クラスのみんなは無反応。そりゃあそうだ、これなら野球観戦の方がまだ同級生が食いついてくれるだろう。母のインテリぶりは、同級生の胸には全く刺さらなかった。


 僕の次に朗読した男の子はスゴかった。


「僕の夏休みの思い出は、1週間、ハワイに行ったことです……」


「「「「「うおー! スゴイ! うおー! カッコイイ-!」」」」」



 お袋よ、科学館ではハワイには勝てないぞ!



 翌年、連れて行ってもらえたのは、大阪城だった。僕は城が好きな方だ。だが、夏休みの思い出として作文を書くのに、大阪城というのはいかがなものか? 全くおもしろくなかった。やっぱり映画の方が良かった。見たい映画があって、母に見たいと言ったのだが、


「その映画は幼稚やからアカン、見るならこれや!」


母がすすめたのは、また小学生が見て楽しめる映画ではなかった。それで大阪城になったのだ。


 僕が持っていた“日本のお城、名鑑”を読みながら作文を書いた記憶がある。そして、また朗読させられる。こんなの、先生だけが読めばいいのに。勿論、僕が作文を朗読しても、


「……ということで、大阪城の、そういうところがおもしろかったです」


同級生は無反応。お袋、あなたのインテリぶりは、この小学校では通用しないぜ!


 僕の後に朗読した男子。


「僕の夏休みの思い出は、1週間、グァムに行ったことです」


みんなは、


「「「「「うおー! スゴイ! カッコイイ!」」」」」



 だから、お袋! 大阪城じゃグァムに勝てないよ!



 こんなことを何年繰り返しただろうか? 小学校だったから6年間だったのだろうか? 夏休みの作文なんか、大嫌いだった。







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夏休みの作文なんて大嫌いだ! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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