雇われ聖女となったシーフ娘はやがて世界を救う?

八神 凪

第1話

――緑豊かな大地が広がる世界『ハーキュライト』


どこかにあるその世界は剣と魔法によって発展を繰り返してきた。


ある者は凶悪な魔物を駆逐し、ある者は戦争で武勲を上げ、ある者は未知のダンジョンで宝物を探す。


生き様はそれぞれ違うものの、みな逞しく生きている。


これはそんな世界に住む、口は悪いが心根は優しい一人の女の子の物語――




◆ ◇ ◆




「ここでお別れだな、毎度あり!」


「また頼むぜ、腕利きのシーフは探索にゃ欠かせねぇからな!」


「へへ、その時はまた、このリア様に任せときなって」




 あたしことリアは今日の報酬をギルドで山分けしていた。男ばかり三人のパーティがシーフを募集していたので臨時メンバーとして仕事をさせてもらったのだ。




「おう、そんときゃ頼むぜ! さて、それじゃ今日は酒場へ繰り出すかぁ!」


「たまにゃ、娼館もいいかもなあ」




 この後はお楽しみタイムだと、あたしに手を振りながら年配の冒険者パーティは雑踏の中へと消えていった。


 今回のパーティはまあまあ羽振りが良かったなと、少し色をつけてもらった報酬を懐にしまいながらあたしは微笑む。




「さて、と……幸先は良かったな。パッと見た感じ、依頼の量もそれなりにあったのは確認したし」




 周囲を確認しながらあたしはそんなことを呟く。


 どうしてそんなことを口にするのか?


 それはシーフクランの親方である親父に『隣国のギルドへ赴き、昨今の依頼事情を調べてこい』と言われたからだ。


 それで三日ほど前にこの『ヨグライト神聖国』という国へ足を踏み入れた。


 


 なぜわざわざ隣の国に来て調査をしろと言ってきたのかというと、あたしの故郷である『ナーフキット王国』はここ最近、冒険者が妙に増えているため依頼を受けるのが難しくなってきたからだ。


 その理由の調査と依頼状況を調べ、シーフが活躍できる状況なら出稼ぎもアリかもしれないと親父は言っていた。


 クランの維持には金が必要だし、背に腹は代えられないから仕方がない……




 で、初めて立ち寄ったこの町から手始めに調査をスタートした。


路銀稼ぎも兼ねてギルドで仕事を探しに行ったところ、先程の男たちが受付に掛け合っていたのでちょうど居合わせていたあたしが引き受けたって訳。




 ダンジョン探索は時間がかかるから、三日で報酬が入ったのは早い方だ。


まあ、それはそれとして――




「腕きき……へへ、いい響きだぜ」




 先ほど言われたことを思い出し、にやけた顔になるのを抑えきれない。


 自分の仕事に自信を持ってやるのは当然だし、それを他人に認めてもらうのは素直に嬉しい。


 あたしはシーフだけど、追剥ぎや強盗をするようなやつらとは違い、きちんとシーフクランに所属する冒険者としてギルドに登録されていて信用も確保されている。


 ……ま、腕利きだと言われてもまだまだ実力不足だと痛感することは多々あるけどな。


 いつかは『マスターシーフのリア』みたいな肩書で呼ばれたいもんだぜ。




 とりあえずそう遠くない未来の話は置いといて、ひと仕事終えたあたしは今から自由。この後のプランを口にする。




「今日はフカフカのベッドに、うまい飯と酒。これに決まり!」




 今回の報酬である金貨三枚は、贅沢をしなければ一か月程度なら何もしなくても暮らしていける。一日くらい贅沢してもいいかと、まずは宿を探しに足を進める。




「……ふうん、いい雰囲気だね。ここにしようかな」




 いくつか宿を物色し、茶色いレンガでできた三階建ての建物を選んだ。


 あたしはホテルのような大きな建物より、実家のクランと同じような木造の建物が落ち着くんだよな。


 軽い足取りで宿へ入ると、受付の兄ちゃんがあたしに気づき、読んでいた本を閉じてから声をかけてきた。




「いらっしゃい。この町は初めてかな?」


「ああ、冒険者だよ。観光する間もなくダンジョンさ。ていうかどうして初めてだってわかるんだ?」


「君みたいに可愛い子を忘れるはずは無いからさ。あのダンジョンは実入りがいいらしいからうらやましいね。一人?」




 あたしの顔を見ながら宿の兄ちゃんが指で帳簿を軽く弾く。名前を書けということらしい。


 さっさと書き終えると、兄ちゃんはあたしの顔を見てにやりと笑みを浮かべた。




 こういうした顔の奴はだいたい次のセリフは決まっていて――




「それにしても君、本当に可愛いね、どう? 今晩一杯付き合わない?」




 ――こういうことを言うのだ。




「悪ぃな、あたしはもっと強そうな男が好みなんだよ」


「ちぇ、つれないね。三階の二号室だ、ごゆっくり」




 兄ちゃんはそう言ってウインクをしながら鍵を渡してくれた。


 しつこく迫ってこないのは好感がもてるけど、次に来た二人組の女性客にも同じようなことを言っているのが聞こえてきたので、彼にとっては日常茶飯事かと嘆息する。




「可愛いって言われるのは悪くねぇんだがなあ」




 階段を上りながらポツリと呟く。


 ひとりで町を歩いていると必ず一回は男に声をかけられるんだけど、自分じゃそれほど顔がいいとは思ってない。


 それに今は誰かと付き合うつもりもねぇから適当にあしらようにしている。


 ただ、まあ、どこへ行っても声をかけられるあたり、少しは上等な顔立ちらしいや。




「……よくわかんねぇけど、母さんが美人だったのかな?」




 あたしが物心ついた時にはすでに母親は居なかった……というか、捨て子だったらしい。


 他人から見て容姿はいいみたいだから、本当の親が美男・美女だったのかなとたまに考えることがある。だけどその件に回答が得られることはないだろう。


 シーフクランの頭領が拾って育ててくれた。だから親父は養父ってことになる。


 その親父が詳しいことは何も言わないし、あたしも興味がないから聞いたことがない。


 なんで捨てられたのかわからないけど、今、こうやって過ごせているのは親父……頭領のおかげなのだ。




「今さら、本当の両親に会いたいとも思わねえしなあ。……っと、ここだな」




 とりあえず部屋に入り、小さな机に置かれた鏡をのぞき込む。


 そこに映るのは紫色のショートボブで、切れ長の目をした自分の顔だ。まじまじと見ながら、頬を引っ張ったり、にっこり微笑んでみるけど、よくわからなかった。


 可愛いと言われるよりも、シーフとしての腕がいいって言われた方が数倍嬉しいから、顔 どうでもいい。男にもてたいわけじゃねぇし。


 ……でもよ、まさかこの顔のせいでこの後とんでもないことになるなんて、この時は思わなかったんだ……


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