第3話 戦勝
「亡くなった?」
「はい……残念ながら……」
私の前に跪いているのはガイル王子の護衛だった騎士の一人。
彼も左腕を失っている。
そう。ガイル王子は亡くなった。
あのあと全騎士団を率いて出陣されたガイル王子は砦を失って後退していた軍と合流した。
彼は合流して増強した軍で敵国軍と戦うつもりだったようだ。
実際、こちらの領地に入り込んだ敵の兵站は伸びているから、負けなければいいという戦いだった。
守って敵の消耗を待てばいい。
敵国側も、こちらに攻め入って暴れ回るほどの準備はできていなかったはずだ。
決して練度が高い軍ではなかったと、報告もあがっている。
しかしガイル王子は撃って出た。出てしまった。
彼を諫めるものはいなかったそうだ。
ほぼ同数となった状態であえて平地に出て戦った。
騎士団の精強さがあれば充分と、そう考えたらしい。
しかし、敗れた。
あっけなく。
何のことはない。敵は魔導士を多く抱えていたそうだ。
開戦と同時に盾を構えて突き進む騎士団に対して火の玉が無数に浴びせられた。
対するこちら側に魔導士はごく少数。
それも傷付いた騎士団を回復させるためのものたちで、攻撃魔法が使えるものは少なかった。
そうしてあっさりと敗れ去り、逃げのびる道中でガイル王子も魔法攻撃を受け、亡くなったらしい。
しかし悲しんでいる場合ではない。
そこまであっさりと敗れ去ったせいで、周囲の領地が敵国軍の攻撃に晒され、略奪にあっている。
さらに攻め入ってくる可能性がある。
この国は長らく戦争をしてこなかった。
大陸の外れの半島の先にある立地もあって、あえて攻めてくる勢力は今の戦争相手のみだった。
その相手と、先代国王陛下までは交流をあえて持ち、交渉のための下地を作って維持していた。
その様相が変わったのは、敵国で新しい王が即位してからだ。
円滑な承継ではなく、簒奪だった。
そして周囲に戦火を振りまく国になった。
こちらにも攻めて来た。この1,2年の間、小康状態だったのは、敵国が他の国との戦争に本腰を入れていたからだと言われている。
それにしても戦力として運用するほどの数を揃えてくるとは予想外だった。
恐らく他の国との戦争に投入していた部隊なのだろう。
強力だが、使えるものが少なく、安定もしない魔法と言う武器は、この国ではあまり運用されてこなかった。
それは平和だったということもある。
平和だった名残りは王族が騎士団を率いると言うような伝統にも表れている。
確かに士気高揚のためにはいいが、実際こうして次期国王となるはずの王族を失った。
これは痛すぎるだろう。
「エーデリンネ様。私にあのお守りを頂けませんか?」
私がガイル王子の葬儀の間、いろいろと考えを巡らせていると、隣にいたリュート王子がそんなことを言いだした。
あのお守りというのはガイル王子につき返されたあのお守りだろうか?
「これですか?」
「はい。構いませんか?」
「もちろんです。お役に立てる機会などない方が良いのですが」
彼は何をするつもりなのだろう。
なにか思い詰めたような表情をしているが、私がお守りを差し出すと柔らかな笑顔に変わった。
「ありがとうございます」
そう言って彼は行ってしまった。
そこからのことは思い出すだけで驚きの連続だった。
まずリュート王子が母親の実家であるエルゼディア公爵家およびその寄り子である貴族たちの軍をまとめ、敵国軍を打倒することを宣言した。
あの病弱で、気の弱い……失礼しました、優しい王子がです。
さらに王立学院から魔法関連を教える教員を軍に加えた。
私にお守りを作ってくれたオルガ教授もそこに混ざっていた。
次いで、王都の商会に声をかけ、多くの魔道具を集めた。
どうするつもりなのかと人々は訝しみつつ、送り出すしかなかったので、皆でリュート王子を送り出した。
それにしても、この戦争が終わったら出陣する軍や騎士団の長に王族をあてる伝統はやめるべきだわ。
今回はリュート王子が志願して行ったけど、それがなかったら誰が行っていたの?
それにリュート王子がまた病気になって軍を率いれなくなったらどうするの?
まぁ、そんな心配をよそに、リュート王子は軍と魔道具を上手く使って敵国軍の侵略を止めたわ。
さらに敵の兵站線にある砦や拠点を焼いて行った。
この行動はなんと敵国の中でも実行したらしい。
しばらくして食料が尽きかけた敵国軍は退いて行った。
王都ではみな、リュート王子の優秀さを讃えていた。
ガイル王子が戦死したときには王都全体でお通夜のような雰囲気だったのに、今はリュート王子の凱旋を祝っている。
もちろん、国王陛下はリュート王子を褒め称えるとともに、ガイル王子の喪に服すことを改めて宣言された。
それでも戦勝は戦勝だ。
リュート王子はなんとそのまま敵国に今度は外交大使として乗り込んで行った。
交渉で戦争の蹴りをつけるそうだ。
そしてしっかりと賠償金を得て帰って来た。
彼はやはり頭がいい。
どんな交渉をしたのか、また今度聞いてみたい。
今度があればだが……。
ガイル王子が亡くなった今、私の肩書はただの公爵令嬢だ。
ガイル王子が次期国王とされていたために受けていた王妃教育も突然終わりを迎えた。
もう王城に赴く必要もなくなった。
今さらながら自由になってしまった。
お父様が言うには、婚約の申し込みは来ているらしい。
しかしガイル王子の喪中に返事を書くわけにはいかない。
喪があけるまで、あと1か月。
もうしばらくのんびりしていられそうね。
そう思っていたの。
実際、1か月の間のんびりしていた。
しかし……。
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