第2話 黄道十二宮のサジタリウス
「これが学校かい、実に大きいな。ここにニンゲンがたくさん収容されているというわけか……ふむふむ」
「……しゅ、収容って……そんな大袈裟なものじゃないよ。みんな勉強しに来てるだけだよ」
「おぉ、ベンキョー! それだけなのかい? 学校で行うことっていうのは」
「あ、あとは…………と、友達と……お話したり、給食を食べたりするところだよ」
「トモダチ! ということは、ユウナのトモダチも来るんだね。これは楽しみだ。……ところで、キューショクというのはボクにも配給されるのだろうか……」
わたしはランドセルの隙間から顔を出すリーヴとたわいない話をしながら正門を通り、下駄箱で靴を履き替えた。
「……あと、あんまり学校で喋ったらダメだよ、みんなビックリしちゃう」
「ハハハ、わかっているとも。任せてくれたまえよ、ユウナのトモダチを驚かすような失態はしないさ」
リーヴはケタケタと笑った。人形なのにどこから声が出ているのか不思議だったけど、別にそんなことはどうでもよかった。
――昨日の夜、リーヴを家に持って帰ってから二人で夜遅くまで話をしたのを思い出す。
* * *
「ボクはこの地球を守る“
改めて差し出された小さな手を、わたしは呆然とした表情で上下に振った。
「サジタリウス……リーヴじゃないの?」
「ああ、この人形の名前かい。じゃあそれで構わないよ。とにかくボクはこのリーヴの体を媒体に魂を入れたってわけなんだ」
「どうして?」
「ボクら“
「アレ?」
リーヴが誇らしげな表情で、テレビにくいっと親指を向ける。
「もしかして、テレビのこと……?」
「そう、テレビ! アレにはこの地球の様々な情報が流れるだろう。地球に何か危険が迫ってきたら、アレで報道するだろう」
「うーん…………あんまり、しない気が……するけどなぁ」
「な、なんだって!? そうなのかい? ……まあでもそれだけボクらが頑張ってきたってことかな。うん、そういうことにしておこうじゃないか。……オホン、ええとだね、君たちが思っているより地球にやってくる『厄災』っていうのはたくさんあるんだ」
「厄災……」
と、突然言われてもあまりパッとは思い浮かばなかった。
「他の惑星との衝突だとか、小さな石ころの接近だとかね。そんな“厄災”からボクらは君たちを守ってきたんだけれど、もうそれも限界が近くてね、年々増加傾向にあるんだ、この星への厄災がね」
「ええ!? わたしたちいつか死んじゃうってこと?」
「オホン、案ずることはないさ。そのためにボクらがやってきたのだからね!」
リーヴは得意げな笑みを浮かべながら、星空色に変色したマントを大袈裟にバサリと靡かせて両手を広げた。
「…………え?」
「……どうだい? これカッコイイかい? ヒーローってこんな感じなんだろう?」
「――ん、ちょっと……キザかなぁ、嫌いじゃないけど」
リーヴは何食わぬ顔で会話を戻す。
「……というわけで、ボクたち“星々の人”は力を二分して地球を外と中から守る体制へと変更することにしたんだよ。でも、この地球で実態を持たない僕らは、何かを媒体にしないといけないんだ」
「それがわたしのリーヴだったっていうこと?」
「ご名答。媒体を決めかねていたボクはヒーローというのものにかねてから個人的な興味があってね。このたび君のヒーローに媒体を決めさせてもらったというわけさ」
そう言われて、わたしは顔を次第に赤くした。“私のヒーロー”。
そういえば、そんなことを言いながら助けを求めていた気がする。
「……? なんで顔を赤くするんだい? ボク、ヒーローのやり方間違ってた?」
「う、ううん……平気。合ってる。大丈夫だよ。ちょ、ちょっと恥ずかしいだけです」
「なんでそんな変なしゃべり方なんだい?」
「き、気にしないでよっ」
「まあいいや、とにかく僕ら“星々の人”はこうして“
「……スターパワー!」
少し古くさくて恥ずかしい言葉な気もするけど、カッコイイとわたしは思った。
「ボクらの力の源さ。星の下で自らチャージすることも可能だけど、媒体を手に入れて間もないボクらがそれをしたところで全然足らないんだ」
「じゃあ……どうするの?」
「“
「……わ、わたしに?」
「とても強い力がね。平気さ、君らニンゲンは“星命力”がすっからかんになろうが、体に支障を起こすことはないからね。だから……ユウナ、ボクの“
* * *
――こうしてわたしはリーヴの“星の守りびと”となった。
だからといって、何が変わったというわけでもない。いつも通り学校に通い、誰に話しかけられることもなく席に着く。
朝の会が始まるまでの時間はいつも退屈。友達でもいれば、楽しくもあるんだろうけど、あいにくわたしにはそう呼べる仲間が一人もいなかった。
「ユウナ、ユウナ……トモダチがいっぱいいるじゃないか。お話しはしないのかい?」
リーヴはビー玉の瞳をキラキラと輝かせながら、わたしの袖を引っ張った。
「友達なんかじゃ……ないよ。リーヴは大人しくしてて」
「で、でもさ……トモダチが……」
わたしはリーヴを黙らせて、ランドセルを机の横にかけてクラスのみんなから隠れるように突っ伏した。
――こうしているのが、一番ラクだ。
誰からも話かけられもしないのに、ただ机に座って一体どの辺を見ていればいいんだろう。黒板? 窓?
……そんなこと考えるくらいなら、いっそ寝てるふりでもしてるほうがラクなんだ。わたしも、みんなも。
それに……今朝は少しだけいつもと違う。
昨日の夜、リーヴと出会ってから……わたしの胸は少なからずドキドキしていた。
まるでテレビの中のヒーローみたい。
クラスメイトに秘密を隠す正義のヒーローみたいで、わたしは腕の中でにやにやと笑った。
「――ユウナ!」
そんなわたしの小さな幸せを真っ二つにするみたいに、教室にマナミちゃんの怒声が響き渡った。
反射的にわたしはびくりと身を固めてしまう。
「……ひっ」
昔、わたしが教室でオリジナルのヒーローが活躍するマンガを書いていたら、マナミちゃんにそれをからかわれたことがあった。
マナミちゃんはわたしにはイジワルだけど、クラスの人気者だった。わたしがオタクだっていうことは学校中にすぐに広まった。
それ以来、わたしはマナミちゃんのことが苦手で、顔を合わせれば馬鹿にされたりからかわれたりする気がして、何も言えなくなってしまうのだ。
「……マナミちゃん……な、なあに」
昨日のことかな。何を言われるんだろう。なんて謝ればいいんだろう。どうすれば許してくれるかな。
わたしはマナミちゃんの表情を伺いながら、緊張した表情で顔を上げた。
机の前で仁王立ちをするマナミちゃんの口が開く前に、担任の先生が廊下からわたしを呼んだ。
「…………先生が呼んでるからっ」
わたしはマナミちゃんから逃げるようにして、教室を抜け出た。
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