第25話 カウントダウン

 ダリルと【救世の子供達】の四号機と呼ばれる少年が、向かい合う形でステージに立っていた。


 四号機の爆発範囲は半径十メートル。サンゴや、黒服の男達、ダリルの背後に銃口を突きつけている泣きぼくろの男も、その範囲外に居る。


「なんの真似だ?」

 後頭部にしっかり銃口を向けられているらしい。ダリルは生きた心地がしなかった。


「君が時間ぎりぎりで逃げたら撃ち殺さないと」


 冷淡な口調で泣きぼくろの男が笑う。不気味な笑いに背筋が凍る。

 もし爆発すれば、目の前の少年と、ダリルだけがこの世を去るわけである。


 耳を疑うような話だ。少し前まで普通の毎日を送っていた人間が、いつの間にか生死を賭けたギャンブルに挑むのだ。


「四号の胸は開くようにしてある。見かけじゃ分からないと思うが、表面は人口皮膚だ。内部の配線を乱暴に切ったりしても爆発するようになっている。だから丁寧に作業をすることを進めるよ」


 サンゴの親に会いにきて、話次第では一発ぶん殴ってやろうとダリルは思っていたが、飛んだ話になってしまった。自分がぶっ飛ぶことになるかもしれないのだ。


 後ろから銃口が向いていることを思い出しながら、男の言葉を聞く。

 いきなり撃たれでもしたら、どうにもならない。


 目の前のサンゴより少し小さな少年は虚ろな瞳でダリルを見つめていた。ダリルはサンゴと出会ったときのことを思い出した。


 ステージ外からこちらに身を乗り出そうとしているサンゴに親指を立てた。


「大丈夫だ、そんな顔すんな」

「ダリル……て、丁寧にやらないとだめだよっ」

「んなっ……俺がいつもテキトーにやってるみたいじゃねえか」

「だ、だって物の扱いが乱暴なんだもん、これじゃあダリルが死んじゃう~……」


 こんな状況で乱暴に扱えるか、と心でサンゴに返事をした。心配で涙ぐむ彼女を見ると、ダリルは緊張した心が少しだけ解れた。


 それにしても……本当に良く泣くようになった。小さな子供みたいだ。

 ダリルはそんなサンゴを見て笑うと、自分の顔を両手で思い切り叩いた。


「準備はいいかな。では、始める」


 男の持つリモコンからタイマーが開始される。秒刻みで電子音が鳴っている。

 ダリルは少年の前に胡坐を掻いた。


「よお」

「はい」


 初対面の人間兵器に一言挨拶すると、少年が着ている白い絹の服を捲りあげた。


 一般男児の柔らかそうな胸板がそこにはあった。これが人工皮膚と言うのだから、信じられない。


「失礼すんぞ」


 肌に触れてみるが、人間のそれで間違いない。少し爪を立てて、皮を捲る。


 すると、見事にぺりぺりと捲れ、中からは人間のものではないことが明らかな白い板に正方形の線が見えた。四箇所ねじ止めされている。恐らく、此処が扉になっているのだろう。ダリルはこの少年が、ドナー提供された人間兵器であるということを改めて実感した。


「……なあ、お前、名前は?」

「よんごうき」

「歳は幾つだ」

「はちさい」

「好きな食い物は?」

「わからない」


 少年と雑談をしながら、胸のねじを腰ベルトから取り出したドライバーで手際よく回す。いつもなら、癖でねじを何処かに放り投げてしまうのをサンゴが頬を膨らませながら取りに行ってくれる、そんな光景を思い出した。


 扉を両手でしっかり押さえながら、慎重に取り外す。


「…………」


 中には、人間の心臓がポンプのように一定の鼓動を刻んでいた。


 間違いなく、人間の心臓そのものだ。この鼓動がそれを証明している。肉眼では初めて見るが、間違いようが無い。これはきっと作れない。


 心臓には無数の端子が痛々しく刺さっている。その端子達からは蜘蛛の巣のようにケーブルが張り巡らされている。


 恐らく、この一本一本が何らかの起爆動作の命令を流す役割を持っていて、全てが揃って初めて、この少年は【救世の子供達】として機能しているのだろう。


 きっと、サンゴもそれは同じだろう。信じたくはなかった。まだ、あの泣きぼくろの男が言っていたことは、何処か嘘なんじゃないかと疑っている自分が居たが、これは認める他無い。


ダリルの手は、慎重に作業を進めていった。

 ――しばらくしてダリルが口を開いた。


「なあ、お前したいことってあるか?」

「したいこと?」


 少年は目の焦点を合わせずに空返事をした。


「そうだ。生きているうちにやりたいこととか、何かないのか」

「……いきているっていうのがわからない」

「そうか、ならそれを探すっていうのはどうだ」

「さがすの?」

「そうだ小僧、飛行船って知ってるか?」

「ひこうせん、しらない」

「空を飛ぶための乗り物だ。鳥みたいにな、青い空の上までずっと飛んでいけるんだ」

「とり……あおい、そら」


 少年は少しずつダリルを意識し始めた。


「おら、そこにお前とおんなじ位のがきんちょがいるだろ。今まで見たこともなかった蒸気機関車や飛行船に乗って楽しそうにしていたぞ」


 作業をしながら、ダリルはサンゴに顔を向ける。少年も同じ動作をした。

 サンゴは相変わらず心配そうな顔で、胸の前で両手を握っている。


「じょーききかんしゃってなに」

「はは、何だか懐かしいな、この感じ」


 ダリルは思い出しながら 優しく微笑むと、少年が次々聞いてくる疑問に全て答えた。

 飛行船、蒸気機関車、生き物、此処までサンゴと共に旅をしたこと。


 少年にとって、一人の人間とここまで会話を弾ませたことは過去にはなかった。

 次第に会話にも感情が乗っているように感じる。心なしか笑っているようにも見えた。


 泣きぼくろの男は、背後でずっと二人の会話を傾聴していた。


「坊主、お前が知らないことが、この世界にはまだまだいっぱいあるんだ。俺が今教えてやったことなんて、世界のほんの少しだけだ。俺が知らないようなことも、この世界にはごろごろ転がってる。知らないことをいろいろ見て回るんだ。


 そうすれば、きっとお前が生きているうちにやりたいことなんて、やりきれない位に見つかって大変だぞ。どうだ、そんなことしてみたいだろ?」


 ダリルはにやりとした。


「うん」

「今のその気持ち。それがきっと生きてるってことだと思うぜ」

「いきてる……ぼくはいきている」

「あたりめーだ、飛行船乗りてーんだろ?」

「うん!」


 自分の意思を表情と言葉でしっかりと相手に伝える。人間として必要不可欠なこの要素を少年はちゃんと持っていた。嬉々とした表情は見ていて気持ちの良いものだ。


「良い返事だ。すぐに行けるさ」


 ダリルは目の前の、生きる糧を得た少年に笑った。


 その後も少年と他愛ない話をしながら作業を進めた。自分達の住んでいる町や、普段どういう仕事をしているのか、とてもくだらない身内話にも花を咲かせた。



「――後一分だ」



 後ろで銃口を向けながら、リモコンのタイマーを確認する声が聞こえた。

 ダリルは何となく気付いていた。これを解除するなんてことは殆ど不可能に近い。


 自分の手には負えない。専門的な知識が無さ過ぎるのだ。


 どういったからくりなのか、見当もつかないが、ジャンク技術がどうこうという話ではないのだ。これは全く違った技術。まんまと乗せられたという訳だ。


「ダリルぅ……」


 心配そうにゴーグルを握り締めるサンゴの泣き顔が見えた。


「…………」


 都合良く眠っていた才能が急に開花して、爆弾解除を三十秒くらいで出来ると、とてもありがたいのだが、そうもいかないだろう。


 人生というものはきっと、儚くて脆い。だが、それだからこそ人間は限られた期間の中で様々な経験を積み、やっと生きることを実感出来る。


 それに気付けただけでもきっと、これまでの人生は悪くなかった。

 ダリルの全身から止め処なく流れて出る汗。


 本当に、もう駄目なのかもしれない。

 少年に、生きる意味について語っておきながら共に死んでしまうなんて、冗談でも笑えない。


 サンゴを残して死ぬのも嫌だった。


 彼女がまた独りになってしまったら、沢山泣くだろうか。自分は彼女に生きている意味をしっかり教えることが出来たのだろうか。


 これから二人でやりたいことがまだまだいっぱいある。

 約束も、まだ一つ守っていない。


「くっそ……っ」


 がむしゃらに手を動かす。

 ……もうすぐ、死ぬかもしれない。


 走馬灯のように昔の出来事が頭を巡る。


 二十数年経って、こんな男に育った訳だが、ダヴィットに拾ってもらったことは、この上なく感謝している。そのおかげで今ここに居る。そして、サンゴと出会うことが出来たのだ。


 きっと自分は、生きている意味を欲している人間にその意味を与えてあげたかったのだ。この数ヶ月間、サンゴと共に生活をして、ダリルは自分の生きている意味を見出すことが出来た。だから、サンゴと一緒に二人で生きていたい。生きた先にある、見たことも無いものを二人で笑いながら見てみたいのだ。


 自分が作った車で色んなところを二人で旅したい。

 辺境といわれた地も、地図に載っていない場所も、美しい絶景も。


 サンゴの成長を見届けたい。本当の親もいつか探してあげたい。


「したいことが……いっぱいあるんだっ」


 ダリルはサンゴに手を差し伸べたはずだった。でも、手を取った彼女に、ダリル自身が救われていたのだ。


「嫌だよダリル……そんな」


 サンゴは胸のブラウスをぎゅっと握ると、綺麗な瞳を潤ませた。



「あと五秒」



 カウントダウンが容赦なく告げてくる。


 もうこのまま勢いで、ケーブル全てを切断してしまおうか。



「あと四秒」



 いや、切ったところで爆発してしまったら仕方がない。



「あと三秒」



 しかし、ではどうするのか。もう既に自分の手は動いていない。



「あと二秒」



 もう時間がない。頭など働かない。




「あと一秒」



「ダリルっ!」



 ダリルは少年の身体を抱きしめると――届いた声に微笑んだ。



「終了だ」

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