第二十八話 青岬海斗復活計画
「――海斗くんの霊魂は必ず存在する。なぜなら「霊魂」は私たちの宇宙を形作る根本的なものだと考えられるから。世の中の物質を構成している素粒子は大きくわけて二つ、力を与える“波動”と、物質を形作る“粒子”が存在していて、「霊魂」は類推として「霊」を“ボース粒子”「魂」を“フェルミ粒子”と言えるの。それぞれ「霊」は波動的霊力、「魂」は粒子的霊力を持っていて、陽子と電子が合わさることで原子ができるのと同じように「霊」には産霊(むすび)という働きがあるの。それは陰と陽すべての二項対立を統合するもので、これらの超次元エネルギーを発動させると、電子と陽電子の統合によって光が生まれる。つまり「霊」は「光」と同じ次元の階層を持っていて、膜宇宙論に基づくと光は五次元に到達することができない。つまりそれは四次元空間に閉じ込められてるってことで、結果として私たちが存在している宇宙からは脱出することができないっていうことなの。……一方で「魂」のほうはエネルギーを物質化させる器みたいなもので、特殊相対性理論に基づき対生成と対消滅を繰り返してエネルギーと物質の間で揺らいだその階層に「魂」は存在する。きっと三次元空間と四次元時空の境界面を――」
椎名の熱弁虚しく、俺は彼女の話をさっぱり理解できなかった。
「――これが海斗くんの「霊魂」がこの宇宙に存在すると思う私の持論」
「……おお、マジ全然わかんねえな」
首を傾げたまま涼介は先を促した。
「要約しちゃうと、四次元時空に閉じ込められてる海斗くんの「霊」と、その境界面に存在する「魂」の二つを、原子を作るイメージでナチュに創ってもらうのね。出来上がった「霊魂」を五次元以降に存在する『宇宙樹』の「葉」の中の海斗くんの身体に混入し、なおかつ私たちの宇宙に誕生させる。私の考えはそういうことなの……ど、どうかな、わかった?」
さっぱりである。ダイジェストのように脳裏に流れ込んでくる情報に俺は悩む。
「「霊」は『宇宙樹』と「魂」を繋ぐ産霊のような役割を持っていて、四次元時空にいたことで、“過去現在未来”のすべてを見通すことができるはず。四次元以降の存在はすべての理でもある『宇宙樹』と繋がるから。……今も海斗くんの「霊」は私たちの常識を越えた四次元時空から私たちのことを見ているかもしれない。この世にもう一度繋ぎ止めるとき、きっと海斗くんは生前の記憶を保持したまま生まれてくる」
せっかくなので、俺は簡単に要約してみることにした。
どっかの宇宙空間を彷徨っている俺の「霊」と「魂」をナチュの能力で合体させて「霊魂」を創り上げ、その完成品を今度は他宇宙に存在するらしい俺の身体に入れ、その身体を俺の生まれ育った地球に召喚するということだろう。一度でも『宇宙樹』と関わりを持った俺は、生前の記憶を保持したままもう一度生を受けるということだ。
俺には無茶苦茶なオカルト理論にしか聞こえないが、今こうしてダイジェストを見ているのも、そのおかげなのだから文句は言えない。
俺の死後から十年の月日が経っていた。集まったナチュの陣はすっかり大人の階段を上り終えたらしく、凜々しい成長を遂げていた。
大火事と大穴の被害を受けた恭一郎宅も無事リフォームを終えている。
「なんだよそのトンデモファンタジーSFは! 椎名」
様々な雑誌に取り上げられるほどの人気モデルとなった涼介が、椎名に異議を唱える。
「そーよ……大体“あのとき”だって…………うまくいかなかったじゃない」
涼介の母親が亡くなったときのことだろう。落ち着いた大人の女性になった美羽が言った。
「……そ、そうだね。でも、あのときは、その……色々あったし」
「はあ、もーいいよ、気にしてない。逆に気疲れするわ、こっちがな」
涼介が顔を顰めた。
「失った肉体の構造を0から創りあげるのは、宇宙隕石にくっついてきたアミノ酸とか海底で熱水を噴く穴で作られた化学物質のスープとか、そんな生命誕生の起源でもないと無理だろうけど、今回は実在する多次元の肉体に宇宙空間の魂を入れるだけだから、きっと難解なことじゃないよ」
椎名がさも当然のように言う。
「自分がなに言ってるかわかってる? とんでもないこと言ってるよ椎名は。想像力だけでなんとかなるなんてボクには思えない。そもそも宇宙に別の海斗が実在するって決めつけてるのはなんで?」
人気バンドのボーカルを務める空は、椎名の意見に噛みついた。
「宇宙ってとっても広いもん。私は五次元以降の宇宙にも必ず同じ個体を持った海斗くんが存在すると思ってるよ。……逆になんでいないって決めつけちゃうの?」
椎名は単純な好奇心で空を見つめる。愛くるしい童顔には以前感じなかった知性を見た。
「はあ? 普通に考えているわけないでしょ、ただ一人なんだから……海斗は」
空が呆れた顔でそう返す。口調も声も、昔と変わっていない。膨よかな胸を強調するノースリーブからは艶かしい白い肩が見えた。どう見ても肉体は女性のものだった。
「私たちの世界は『宇宙樹』を母体にしたオムニバースをベースにできていて、私たちがいるこの宇宙だって異なる宇宙同士と干渉し合って世界を成り立たせているんだよ。もしかしたら私たちの見てきた海斗くんだって、他の宇宙と干渉した結果存在していたのかもしれないし。私たちでは確かめようがないけれど、唯香お姉ちゃんは少しも可能性のないことは絶対言わない。だから……きっとどこかの宇宙にも同じような海斗くんはいるって私は思うの」
「そんなのむちゃくちゃだよ……本当に大丈夫なの、これ」
空が拗ねたように唇を尖らせる。
「そんなことない、私たちの宇宙以外の多元宇宙には一分後の私も、十年前の私も、それぞれ秒刻みでたくさんの宇宙に散らばっていると思う。私たちが今ここに存在していること自体、凉介くんの言うトンデモファンタジーなんだと思うよ。だって考えてもみて? 私たちがビッグバンによって生まれたと思い込んでいた宇宙が実は『宇宙樹』を母体に生っていた「葉」でしかなくて、私たちは「葉」の上の小さな細胞に過ぎないんだよ? 『宇宙樹』から見たら0に近い存在の私たちがこうして宇宙の歴史について考えたり、地球の成り立ちや文化を築いたりしてる事実がもうフィクションみたいなものじゃない? きっとできる! 私たちなら宇宙を変えられる! 宇宙を超えたトンデモファンタジーを起こすのっ!」
「おいおい学者さんよー、バカにもわかるように説明してくれよ~、わかりにくいぞ~!」
「これ、あんま椎名を煽んないの」
美羽がぽこんと涼介の頭を叩くと、涼介はへらへらした表情で笑った。
「ナチュの能力は私たちの思考を覗いてそれを具現化してくれること。成功率は極端に下がるけど、例え海斗くんの身体や魂が宇宙的に実在しなかったとしても……それでも……妄想で……わ、私の頭にはもう海斗くんを生き返らせる公式ができあがってるし!」
顔を真っ赤にさせてやけくそに椎名が言い張る。
「惜しいよなあ椎名。こんな変人っぽくなっちまってさ、おーい、てめえのせいだぞー海斗」
涼介がわざとらしく声を張り上げた。
「なっ……へ、変人!? ち、違うよっ、私そんなんじゃ……!」
「まあ難しいことは全部椎名に任せる。しかし、マジで俺らが地球救うことになるなんてな」
「救うどころかまだなにもしてないでしょ。……それにどうなるかなんてわからない。常に最悪の事態を想定しておかないと……でもボクは海斗にもう一度会えるなら……なんだってする」
空は強い瞳でそう語った。
「……へへ、お前までなーに言ってんだよ、胸揉むぞ」
「……ふっ、ふざけんな、殴るよ」
身体のラインから突き出た胸を恥じらいながら隠し、セクハラをかます涼介を睨み付ける。
「まったく、手間かかるぜ、ナチュの陣のリーダー様は。オマケに男にも女にもモテやがる」
涼介は唇の端を上げて空の肩に手を置いた。
「メンバーの失態はリーダーの責任。リーダーの責任はメンバーで負担してやるんだ。椎名のトンデモファンタジーが叶った暁には、俺たち五人で地球を救うぞ」
「……空想科学に答えなんてない。でも、それは同時に不可能なこともないってこと。大丈夫、可能性は無限大。わたしたちならきっとできるよ」
椎名が微笑むと、涼介は伸びをしてリビングから出て行った。
「なによ、満足そうにしちゃって。あのバカの中学時代思い出すと顔引っぱたきたくなるわ。ほんと。……そんで椎名、もし海斗が生き返ったとして、その先はどーなるの?」
そんなことを言いながらも、美羽にも笑顔が広がった。
「ええとね、残り一回になったお願いで――……」
――そして今に至る。結果として、別の宇宙で夢に見た会社勤めの俺の身体に、真っ暗闇の空間で滞っていた俺の霊魂を取り込み、この世に新たな俺が誕生したというわけである。
前に唯香さんは宇宙は干渉し合っていると言っていた。つまり今回の願いも、ナチュの陣が存在する宇宙から、能動的に別の宇宙と干渉し、この宇宙で事を起こしたというわけだ。
夢で見た社会人生活の映像が、他宇宙との干渉によるものなのか不明だが、妙なフィーリングを感じた。どうも俺の中に複数の記憶が混じっているらしい。別の宇宙で暮らしていた俺の身体に残っていた“記憶”を感じているせいかもしれない。
……まあ、なにはともあれ。細かいプロセスはいつだって考えられる。物事が解決してから、ゆっくりと時間をかけて考えていけばいい。……で、今俺がすべきことは。
まず、俺は全裸だ。トンデモの理論の成功例として俺はここに立っているわけだが、みんなに素直に礼は言えないかもしれない。
俺は生身の身体を懐かしく感じる暇もなく股間を手で押さえて周囲の人間を蹴散らした。階段を猛ダッシュ。よりにもよって三〇階のビルだった。ふざけんな。
公然わいせつ罪で捕まって世間に晒されることが、死から舞い戻った俺のすべきことではないはずだ。ああ、世界よ。地球の未来のために今だけは俺の全裸に付き合ってほしい。
途中でたくさんの悲鳴をあげられ、そのたび追われたり通報されたが、なんとか逃げ切った。
露出狂もいいところだ。地球を救う前に俺が救われてない。この最悪の記憶だけすべてが終わったあと、抹消してくれないだろうか。
「まずは……服……か?」
人目に付きにくい建物の陰に隠れながら考えていると――俺の手首が強く引っ張られた。それが人の手だと認識するまで時間がかかった。肌の温もりがとても懐かしかったからだろう。
「来て」女性は小さく呟くと、股間を必死に押さえる俺の手をぐいっと引き離して駆け出す。
「ちょ、ちょっと!」
俺のイチモツが遊び始める。マジでやばい。まさかこの人も変態なのか?
「いいから、早く……! これを着てください!」
女性はロングコートを羽織っており、それを無理矢理俺に着せてきた。そして俺の顔を見上げ、ぎゅっと包み込んできた。
「……お帰りなさい。海斗くん」
「…………唯香さん」
その優しい声と温かい身体に包まれながら、俺は背中を抱いた。
「あの……これ、一体どういう……」
「説明してる時間はないです、私に付いてきてください!」
唯香さんは俺を急かし駆けだした。
差し掛かった交差点で唯香さんは信号待ちをする車の窓を叩き始めた。いつからこんな破天荒な人になってしまったのだろう。俺は焦りながら彼女の肩に手を置いた。
「ちょっと唯香さんなにしてっ……」
「……あの! この車貸してください!」
唯香さんはポケットから取り出した黒いカードを運転席に突き付けると、顔を高揚とさせて「どうぞ使ってください!」と気前よく車を譲ってくれた。後ろのドアを開け、そこに俺を押し込めると、紙袋も一緒に投げ込んできた。
「着替えですよ、涼介くんが用意してくれました。着替えてください」
「涼介? へ、あの……ちょっと……一体なにがなんだか」
唯香さんは運転席に乗り込むと、早速アクセルを踏んで急発車させた。後方に。
「あっ、ごめんなさい、失敗失敗っ」
唯香さんはぺろっと舌を出してこつんと頭を叩いた。俺が最後に見たときより少し歳をとっているようだが、二十代中盤くらいにしか見えない。
「唯香さん! 一体どこに行こうって言うんですか! というか訊きたいことがいっぱい」
「場所は着いてからのお楽しみですよ~」
唯香さんは悪戯な表情で笑いながら、バックミラーで俺と目を合わせ、急に表情を変えた。
「海斗くん、地球を……救ってください。あなたたちナチュの陣は特別な存在です……出会うことのなかった五人と一匹。だから、ナチュと一緒に……この地球を救ってください」
「出会うことのなかった? それはどういう……」
「すいません、急ぐので話はあとで」
速度制限を余裕で突破しながらハンドルを切る唯香さん。まるでレースゲームだ。荒い運転の中でなんとか着替えを終えたそのとき――大きな爆発音。
街のほうから絶叫が鳴り響く。ビルよりも大きな黒い“なにか”が暴れているのだ。俺はすぐ窓を開けると、逆風に目を細めながら、もう一度確認した。
「――ナチュ!?」
黒いナチュだった。躰の大きさは一〇〇メートルを優に超えている。なにがあってあそこまで大きく成長したのか。「俺」がここにいることと密接な関係があるはずだ。
ナチュは高層ビルに長い首を叩きつけ町を破壊していく。あんな攻撃を喰らっていては、数時間としないうちに町が壊滅してしまう。俺が死ぬ間際に見た町並み――あれとは比較にならないほど今回の被害は大きい。ナチュは大きなビルをドミノ倒しするようになぎ倒していく。
「……きっと眠らせ過ぎていたんです。お尻叩かれちゃったんですね、『宇宙樹』に」
「唯香さん……?」
「この地球上に、今ナチュは二匹います。正確には、二匹になったんです」
車内のカーナビに映るニュース速報が目に入る。突如出現した巨大生物が町を破壊、特殊機関“ETCA”が巨大生物へ兵器による攻撃、また人民救助にあたっているとのことだった。
「大丈夫です。ある程度予測してました。“ETCA”が持ちこたえてくれるはずです」
画面の中でいくつもの戦闘機がナチュの上空を飛び交う。ヘリコプターからの中継映像らしいが――やがて砂嵐のノイズになる。まるで怪獣映画を見ているようだった。
唯香さんは黒い端末をコードと接続させ、電話をかけた。
『紫波山だ。唯香くん……どうだ』
「先生、大成功です。海斗くんは無事です。精神になんの異常もありません。椎名ちゃんにすぐ伝えてください」
「恭一郎先生!?」
『久しぶりだね海斗くん。本当によかったよ……っと落ち着いている暇もない。二人とも急いでくれ、もう確認したかもしれないが分裂したナチュの片割れが街で暴れ回っている。現状“ETCA”が交戦中だ。こちらのナチュに関しては問題ない。コスモスの状態になっている』
「はあ……よかったあ」
唯香さんは大きな安堵を含めた溜息をついた。
『……ふふ、君が来るのをみんな今か今かとそわそわしているよ』
「みんな……?」
『……おいおい、ナチュの陣以外に誰がいるって言うんだい。……早く来てくれたまえよ、みんな君を待っている』
「…………はいっ!」
通話は途切れ、俺と唯香さんを乗せた車は速度制限を完全に無視して加速し続けていく。
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