第八話 カオスバラエティ・ラグケットボール
――試合時間となった。ジャンプボールはウチのチームが涼介。相手チームは空である。
「女なんか入れやがって……勝てるとでも思ってんのか?」
坊主頭の悪がきAが背を向ける涼介に言った。相手のディフェンス配置はゼロだった。
「おい、やめろ。そういうことは言うな」と空が悪がきAを叱る。
「ふ……なんだよ、坊主頭、女子と遊べなくてひがんでんのかよ」
「はいはい、二人ともそういうのは試合でぶつけよう!」
俺はなんとか二人をなだめて体育館の中央に立つ。ボールを投げるジャンパー役は俺だった。ちゃんと公平に投げますよ、俺は。
――試合スタート!
ジャンプボールを制したのはやはり空だった。高い身長を生かして掴み取ったボールを襟足だけ金に染めた悪がきBに投げつける。悪がきBはボールを受け取るとキュッ、と心地いい音でゴールに向かいドリブルを開始。いまさらだが相手はみんなバッシュを履いていた。対する俺たちはあろうことか靴下である。踏まれないことだけを祈ろう。
金の襟足を靡かせながらBはそのまま華麗にドリブルシュートを決める。うまいもんだな。これで0ー2である。早くも目標は達成不可となった。
「ちょっと! なんで二点なのよ! 反則よ!」
予想は的中した。やはりルールを知らなかったらしい。美羽が予想通り敵チームに異を唱える。さっきまで不良男子たちに怯えていたくせに、今はなんともないらしい。
美羽の言葉に男子は敵味方関係なく困惑の表情を浮かべる。涼介が美羽の元に駆け寄り耳元でなにか呟くと、彼女は頬を染めて持ち場に戻った。一体どっちの意味で赤くなったんだろう。
相手チームのゴールが決まったので、攻撃権はこちらに移り、涼介のスローインとなった。
予感はしていたが、パスは俺に回ってきた。ドリブルをしながら進むが、悪がきA・Bコンビが俺のボールを奪いにディフェンスの壁を作った。
「……くっ」
これ以上は進めないと判断した俺は涼介に目をやるが、予想通り空にマークされていてパスは通せない。そこに美羽が走りこんできた。完全なるフリー。不安しかないが俺は彼女にパス。
「任せなさい! 得点王のあたしが決めてやるわ!」
美羽はラグビー選手の如くボールを抱き抱えたままゴールへと突っ走っていく。彼女の辞書にドリブルという文字はない。ゴール下まで到着した美羽はそのままポーンと垂直にボールを放り投げると――落下してきたボールを顔面でキャッチした。
「ふぎゃっ!」
「「あっはははははは」」
案の定敵チームの大爆笑が体育館を覆った。俺と涼介も失笑するしかない。
「……お前たちはなんでもありで構わない……それでも勝つから」
空は俺にそう告げると転がったボールを拾って、そのまま流星のようなスリーポイントシュートを決めた。これで0ー5、もう笑うしかない試合である。
「美羽ちゃんだいじょうぶ!?」
「いたたた……惜しかったわ」
全然惜しくねえ。誰か突っ込んでやってくれ。十一の俺でもいいから。
うちのスローインは椎名。緊張した顔で辺りを見渡している。過ぎること十秒……本来は五秒以内に手からボールを離さなくちゃいけなかった気がしたが、相手も大目に見てくれてるのだろう。……だが、なにを思ったのか椎名は悪がきBに優しいパス。Bはきょとんとした顔で受け取ると、そのままゴール下からのシュートを決められて得点は0ー7となった。
「もう椎名! 敵にパスしてどーすんの! 試合なのよ、そいつらは敵! わかってんの!?」
「ひええ……ごめんね。なんだかずっと持ってるの……こ、こわくって」
俺と涼介から美羽へも言ってやりたいね「試合してんだよ、わかってんの!?」って。
続いてのスローイン、俺。ここはもう涼介に任せる他ないだろう。と思ったが、もちろんマークされている。……ということで近場の椎名にパス。
「赤城さん!」
「きゃあ!」
可愛らしい悲鳴を上げ、俺から優しいパスを受け取った椎名は夏祭りで手に入れたヨーヨーのようにボールをべしべし叩いてドリブルをする。ちなみに一歩も進まない。
「赤城さん! ボール持って歩いていいからおれに渡して!」
一体これはなんのスポーツなんだ。そう思いながら椎名からボールを直接譲り受け、俺はドリブルで悪がきA・Bを捌き涼介にパスを通した。
「よくやった海斗、あとはおれに任せとけ!」
涼介は空のマークを難なく避けて――そのままゴール下でシュート。
これが初得点となり2ー7になった。残り時間は二分ほど。もう絶望的だ。
相手チームのスローイン。空が行い、悪がきAがキャッチ。Aには俺、Bには涼介がそれぞれマークについた。椎名は真ん中辺りで立っていて、美羽は猫のようにボールを追っている。
Aはドリブルしつつ空にパス。空はピボットを踏み、猛スピードで椎名へ速攻。彼女は空に怯えているようで、ふるふるとその場で震えている。
「椎名! 避けろ!」
止めろ! の間違いじゃないかと俺は幼き自分の耳を疑ったが、彼女が怪我をするほうがずっと問題だ。そして咄嗟に下の名で呼んでしまったのだ。
椎名は顔を俯けたかと思いきや――突発的な行動に出た。
「んう~……ぼかーんっ!」
椎名はドリブルをする空に思いっきり突撃した。それにしても「ぼかーん」は可愛すぎやしないだろうか。彼女なりのやる気を出すときの掛け声だったのかもしれない。……しかしいつからラグビーに変わってしまったんだろうか、この試合は。いや、その特殊ルールが適用されているのはウチのチームだけだ。相手は真っ当なバスケットボールに勤しんでいる。
「なっ……」
流石にこれには空も驚いたらしく、二人はそのままボールと共に転がった。
「やったわ! これであたしたちの勝ちよ!」
先手を切って走り出したのは美羽。既にサイドラインを越えたボールを拾い上げて当然のように胸に抱きかかえてゴールへ突き進んでいく。本来ならスローインから始まるべきである。
ゴール下まで向かうと、悪がき二人がディフェンスに入った。美羽はボールを武器のように振り回し、距離を離させる。なんだこいつ……と、哀れみの表情を浮かべるAとBだった。
そしてフリーとなった彼女はゴールの真下からボールを放り投げ、バスケットリングに垂れ下がるネットを押し上げてリングを通過――ボールはパスっという音と共に落下してきた。
「いえーい! これで4ー7よ」
いまさら訂正するのもめんどくさいのか、悪がきたちは笑いながらバウンドするボールを拾って試合を続行した。彼らもこの滅茶苦茶なバラエティバスケを楽しんでいるように見えた。
白熱した試合は続き――やがて試合終了となった。結果は6ー15。即席男女混合チームとしてはかなり検討したほうだ。それに思いのほか楽しかった。しかし、椎名は涙を流した。
「うぅ……ごめんね、負けちゃったのわたしのせいだよね。みんなの足を引っ張っちゃった」
「なに言ってんのよ、椎名きっとあいつらはズルをしてるのよズルを」
……むしろ堂々とズルをしたのは俺たちなわけだが。
「椎名のせいじゃないから泣き止んで? ほら、あっち行こ」
「うん……ぐすん、ごめんね美羽ちゃん」
こういうときはやはり女子である。美羽は椎名の肩を抱えて荷物がある隅まで歩いていった。
そこで俺は荷物置き場を二度見。熱中しててまったく気がつかなかったが、ナチュが普通にバッグから飛び出て、俺のナップサックで遊んでいる。俺は急いで駆け寄るとナチュに「メ!」と叱ってからナップサックに押し込んでもうちょっと我慢しててね、と言った。きっと相手の連中には見られなかったんだろう。見られてたら試合中断してでも駆けて来そうだ。
試合に負けた俺たちは片付けをしつつ、退散する準備をした。
しかし――相手チームの三人が座っている俺たちに近づいてきた。
「なに……?」
俺は見下ろしてくる空の目を見て次の言葉を待った。
「いや……フェアじゃなかったと思って……」
空の髪は汗で額に張り付いていた。あまりまじまじと顔を見たことはなかったが、とても活き活きしたその表情からは、爽やかな微笑が見れた。
「次は……卓球で勝負しよう」
そう言って空は椎名に視線を向けてもう一言。「卓球なら……女子でもできるんじゃない」
俺はまさかと思ったが、深く考えるのはやめた。
「おお、いいぜやってやる! 言っとくけど卓球でおれに勝てると思うなよ、藍染」
どうやら俺の目論見はうまくいったらしい。涼介の空を見る瞳は敵から友達になっていた。俺は一安心して、女子陣を確認する。
「卓球だって。二人ともできる?」
「卓球なら……わたしやったことある」
「バスケだろうと卓球だろうとあたしは負けない!」
女子陣もやる気十分のようで、俺たちの地区センでの遊びはまだ続くようだ。
熱気篭った体育館。汗で張り付く服と湿った髪の毛。ときに響く笑い声と床を裸足で駆けていく足音。ありふれた小学生たちのそんな夏。
俺たちは一体なんのために争っていたのか忘れてしまっていた。卓球に、バトミントン、体育館を出たらみんなでトーナメント形式のオセロ大会をした。
こんな光景をなんと言えばいいのだろう。――そうか、まさに青春の一ページというやつだ。
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