第10話「グルーヴの向こう側」

涼音は夜の静けさに包まれた自宅のスタジオで、一人ギターを抱えていた。

黒いヴィンテージギターの弦に指を滑らせながら、彼女は自分の音楽について深く考えていた。

これまで音楽は、吸血衝動を抑えるためのものであり、自分自身を保つための手段だった。

だが、最近はその音楽が他者と共鳴し、繋がりを生み出す力を持つことを感じていた。


数日前のジャズバー「ノクターン」でのセッションの記憶が鮮明に蘇る。

観客や仲間たちが音楽を通じて一つになり、自分の音がその中心にあった瞬間――それは涼音にとって、これまでとは違う充実感をもたらした。

それと同時に、彼女は自分の音楽の本質を見つめ直さずにはいられなかった。


「私は、ただ衝動を抑えるために音を奏でているわけじゃない。」


涼音は自分にそう言い聞かせた。

音楽が自分を救うだけでなく、他者と繋がり、新たな意味を生み出していることを確信した。


その夜、涼音はある決意を胸にギターを抱え、再び「ノクターン」へと向かった。

店内は静かだったが、彼女が姿を現すと、常連の客やマスターが笑顔で迎えた。


「今日は演奏の予定じゃないけど、少し音を出してもいい?」


マスターが軽く頷き、ステージライトが静かに灯る。

その光の中に涼音が立つと、場の空気が自然と引き締まった。


涼音はギターを手に取り、最初の音を弾いた。

その音は、これまでの彼女の演奏とは違っていた。


柔らかくありながら

どこか力強さを秘めていた

その音には

彼女の

これまでの葛藤や成長

そして

これからへの

希望が込められていた


次第に音楽は流れを変え、激しくも美しいメロディを紡ぎ出す。

観客の中には、涙を流しながら聴き入る者もいた。

彼女の音楽は、ただ耳に響くだけでなく、人々の心を直接揺さぶる力を持っていた。


涼音はギターを弾きながら、心の中で一つの答えを見つけた。

「私の音楽は、私自身のためでもあるけど、それ以上に、他者と繋がるためのもの。」


その答えが彼女の音にさらに深みを与え、空間全体を包み込むような演奏を生み出した。


最後の音が消えた瞬間、店内は静寂に包まれた。

拍手や歓声が上がることなく、誰もがその余韻に浸っていた。

その静けさが、音楽のすべてを語っていた。


涼音はギターを置き、深く一礼をした。

そして観客一人一人に目を向けると、彼女は微笑みを浮かべた。


「ありがとう。」


その一言には、これまで彼女が音楽を通じて感じたすべての感謝が込められていた。


夜の街を歩きながら、涼音は空を見上げた。

月明かりが静かに降り注ぎ、その光の中で彼女の瞳は輝いていた。

吸血鬼のクォーターとしての自分を受け入れながらも、音楽を通じて新たな自分を見つけた涼音。


「私は、これからも音を紡いでいく。自分のために、そして誰かのために。」


その決意を胸に、涼音は歩き続けた。


その先には、無限のグルーヴが待っている。

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吸血衝動を抑えるのは音楽、天才ギタリスト♀の旋律 魔石収集家 @kaku-kaku7

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