第11話 剣
模擬戦の日ということもあって、楽しみ半分。この王都で強い剣士という嬉しさ半分の喜びでギルドに向かえば。受付嬢がこちらに手を振ってくる。
「アカネさん、もう望んでた方が来てらっしゃいますよ。良かったですね」
ここまで手配してくれたことに感謝を込めてお辞儀をして、頷いておく。
さすがに失礼のないように木刀ではなくちゃんとした刀を腰に携えているので問題なく戦えるはずだ。
鍛錬場の方まで受付嬢と一緒に歩いていくと、素振りをする音が聞こえる。
剣は直剣、ただ長さは身の丈にあっている上に相当な業物なのか剣がかなりの硬度を誇っていることが分かる。
筋肉の連動。血流の動き。体格。すごく期待していた分、残念だが。明らかにこの人も速度よりも叩き斬る鍛え方をしている。ただ受付嬢がここまで手配してくれたのだから実力者なのだと思う。
予想外の技を持ってるかもしれない。
「アドさん!連れてきました。アカネさん、こちらが例の剣を扱う強い人ですよ」
その言葉に頷いて返事をして、ちゃんと音を聞く。恐らくあの剣とまともに打ち合えば刀が折れてしまう。以前戦ったとげの人と同じように避けて斬るのがいいだろう。
「俺の名はアドウェール!魔剣士アドウェールだ!その無礼な態度を叩きなおしてやるよ」
そういえば公式試合みたいなものでは名乗り合うのが作法だと聞いたことがある。実際はどうなのかは知らないが向こうが名乗ってきてるのだからこちらも名乗らないと行けないのだろう。
それに私が挑戦者なのに先に名乗らかったのは確かに無礼だ。お辞儀をしてちゃんと名乗る。
「示現流…アカネです。よろしくお願いします」
父の教えを名乗ると少し元気になる。これで勝てば父も少しは喜んでくれるだろう。
礼は尽くしたので、刀をいつでも抜刀できるように構えて試合開始を待つ。
「アドさんは準備大丈夫ですか?」
「ん?こいつはまだ構えてないぞ」
「いえ。それがアカネさんの構えらしいので…気を付けてくださいね」
以前もこのやりとりがあったなと思い。そんなに抜刀術が珍しいのかあまり構えてるように見られないらしい。
確かに父も私に対して対峙するときはいつも抜刀したうえで中段に構えてから相手をしていた、それを考えると父からまだ教わってないことばかりだ。残念ながら私は居合と上段しか構えを知らないし居合の方が剣速があるので本気で挑ませてもらう。
一撃必殺。一斬必殺。避けられても一秒の間に百の剣戟を。父の言葉を噛みしめて名のある剣士と対峙する。
――チリン――音が鳴った瞬間一足飛びに剣士の首を刎ねるために動くが、まさか見えているのか剣を横薙ぎで抵抗するように振ってくるが雑に振っているからそのまま避けて刀を首筋に添えるように止めようとした瞬間。
まるで今までの筋肉の動きや血流が嘘のような強靭な動きでバックステップして避けられる。
明らかに無理な動きをしたはずだ。それなのに筋肉は健在というか慣れているのか、とてもじゃないが人間の動きじゃない。
人知を超える肉体でもしているのか本来なら速さも私より劣っているはずなのに瞬間的爆発力で私と同等の速度に変わった。
呼吸も乱れてないどころかこちらの様子を伺ってるようにも見える。あえて私に初撃をくれるというスタンスなのかもしれない。父に挑んでた頃が懐かしい。いつも私から突っ込んで負けていた。
相手があくまで私に初撃をくれると言うのなら再度納刀して、相手の動きよりも速く強くやるだけだ。
ただそこで濁った泥水を混ぜるような音が相手の体内から聞こえる。手品の類だとしても体内から聞こえるものだろうか?
音は剣士の筋肉を補強するような形で血流と共に流れている。
何か珍妙な技を使ったと言うことは先ほどが本気ということではないのだろう。それを踏まえても私にできるのは最速の一閃と思い再び相手に近づき首を刎ねようとすれば腕の動きが先ほどよりも力強く人間技じゃない速度で私の剣筋に合わせて振られる。
打ち合った時点で私は負ける。相手の剣を逸らすように弾こうとして途中までは上手くいっていたのに瞬間。相手の剣が弾かれること拒むように私の刀が溶けていくかのように切断された。
そんな馬鹿なと思うも、私が弾くのではなく相手の力が勝っていたようで、現実を突きつけるように刀の剣先が回転して地面に突き刺さる。
音を聞く限り間違いなく相手の力量を測れていたはずなのに私の聴覚が判断を間違えたということに驚き相手を見る。
魔剣士アドウェール。たしかに魔剣と呼べる業物だとしても私が弾けない力でねじ伏せられるなんて。
受付嬢の言う通り間違いなく実力者の剣士だった。まだ私は未熟で相手の力量を測ることもできなかったことを悔いてしまう。
「…参りました」
折れた刀を納刀してからお辞儀をして礼を尽くす。
「言ったろ。無礼な態度を叩きなおすって…」
アドウェールが息を吐いて落ち着くような姿勢を取ってから濁った水音も消えて、動きが急に遅くなってしまったがあえてそういう肉体作りをしてるのかもしれない。
この人なら、元の私以上に。父の求めていた速度と力を兼ね備えた剣技に近づけてくれるかもしれない。父よりも若く年齢はまだ二十かそのあたりであろうに短髪の白髪は鍛錬のしすぎなのかという姿と力強い青い瞳を目に焼き付ける。
「私と…私を強くしてくれませんか?」
「は?」
「ようやく…出会えました。私と同じ速く、私より力の強い人…強くしてください」
これ以上見るのも失礼かと思い目を細くして、頭を下げる。
しばらくしても返事もなにも無いまま困惑してるようなので、もしかしたら礼儀を重んじてる人だから頭を下げるだけでは足りないかと思い、土下座の姿勢で頼み込む。
「私を…今以上に強くしてください」
「分かった!分かったから頭を上げてくれ!無礼とか言って悪かったって、というかお前強いだろ、自信持てって!」
「私は…父より弱いので」
「お前の父ちゃんなんなんだよ、とりあえず頭上げて?な?」
「…はい」
指導してもらえるのがかなり久しぶりで、この人は一体どんな鍛錬をしてくれるのかを期待してしまう。
再度お辞儀をして。
「これからよろしくお願いします」
早速打ち稽古の続きをするのかなと思いバッグから刀を交換して元の位置に戻ってから構えるがアドウェールは呆けた様子でいる。
「いや、もうやらないからな!」
「なにゆえ…?」
「俺このあと用事あるし、それと今回は模擬戦だろ?あー!俺疲れたなぁ。っていうことでまた今度な、ティーナちゃん!行こう!」
「え?アカネさんの師匠になられたんですよね?置いて行くんですか?」
「いや話したいことあったでしょ?アカネな?俺はアドで良いから、アカネ!剣あとで金払うからもっといい剣使うのも強くなる秘訣だぞ!」
受付嬢と一緒に慌てるように鍛錬場から離れていく足音を聞いて少し残念だが、私の刀が脆かったのも事実だ。
刀のせいにするのは自分を言い訳してるようで好きではないが、確かに打ち合える刀であったのなら流し弾くのではなく打ち合い弾く…いやそれでも今回使ったのは新品の刀なのに綺麗に切断できるだろうか?
実力不足だとは痛感するけど、アド師匠の言う通りなので大人しく刀について武器屋と相談するのがいいかもしれない。
バッグから折れた刀を取り出して、綺麗に切断されているのを見てあの剣からでは想像できない技量を感じる。
アド師匠はどこかへ行ってしまったし仕方ないのでバッグに納めてから武器屋に向かう。
私が今まで侮っていた体をしている人たちもアド師匠のように特殊な鍛錬を積んで何か出来るのかもしれないと思うと父に教えられ育った井の中の蛙だと悟って意気消沈するも、ちゃんと弟子にしてもらえたと思えばむしろ前向きに捉えるべきだろう。
武器屋まで着くと相変わらず客がいないことだということで店主の所に向かう。
「どうした嬢ちゃん?カタナがまた必要なのか?」
なんと説明したものか迷ったので折れた刀を渡して刃先はカウンターに置く。
「なんだこりゃ…綺麗に…いや、魔法でも使われたか?」
「アド師匠…魔剣士アドウェールに斬られました」
「アドウェールって…魔剣士相手に打ち合えばこうなるだろうな。なんで嬢ちゃんが戦ってんのか分からねえけどそいつは仕方ないと思って諦めるべきだ」
アド師匠はそんなに凄い人だったのか。たしかに受付嬢も褒め称えていたけど武器屋の店主も知ってるとは。
「折れない刀が…欲しいです」
「うちに魔剣は置いてないが?特にアドウェールと打ち合える魔剣となれば別だろうな、あいつのは切れ味が増す地味なもんだがそれに対抗するものなら魔道具店に行った方がいいぞ」
「刀はありますか…?」
「ないだろうな。そもそも魔剣は作るもんじゃなくて拾うか育てるもんだ」
妖刀は誰かが打って鍛えたものだと思うが何か違うのだろうか?拾うと言っても刀じゃなければ私が扱えない。
育てると言うのも私はポキポキとへし折ってしまう。もしくは刀身が限界を迎えて砕けてしまう。
武器屋ではどうしようもないものなのか。
「アドウェールの魔剣と比べたら劣るが、素材が良ければ似たような物が作れんことはないだろうが…嬢ちゃんが土竜を討伐したらそれを素材に作ってもらうといいさ。俺は作れないがその時は知り合いに頼んでやるよ」
どりゅう。もぐらか?もぐらが素材になる刀が想像できない。
「どこに…いますか?」
「土竜か?そういうのはギルドの方が詳しいだろう、聞いてくりゃいいさ」
行ったり来たりになる、ギルドに戻ってから土竜とやらを探すべきだろう。地下に潜られたら私では倒せない気がするがそれでもアド師匠の言う通りまずは武器を揃えよう。
店主にお辞儀をしてから、店を出てからついでにフリティアの元へ服が完成してないか尋ねる。
「アカネ様じゃないですか!服は順調に生産していってますよ!それと羽織も出来てますので是非着てみせてください」
まるで本当の友人のように接してくれるので頷きながらフリティアの作業場へ一緒に入ってから羽織を着せてもらう。季節的にはまだ暑いほうだから着なくても良さそうだ、春と秋あとは冬に着るのがいいだろう。
「どうですか?なにか気に入らない部分はありますか?」
首を横に振ると満足そうにしているので脱ぐのは店を出てからにすべきだろう。
挨拶もほどほどに服も数着同じものを頂いてからギルドに向かうことにする。
腰に下げている刀で満足していたけど、これじゃ駄目だとアド師匠は言う。父ならなんと言うのだろうかと想像しながらもきっと父ならそれよりも私の堕落した生活と衰弱しきった体を鍛えなおすに違いない。
ギルドへ着くとアド師匠に連れていかれたためいつもの受付嬢はいないので、別の受付嬢に話しかける。
「アカネさんですよね?どうしました?そんなに近づいてきて」
「土竜…どこにいますか?」
「え?土竜ですか…え?倒しに行くんですか?今のところ土竜の報告は聞いてませんが…ちょっとギルドマスターに確認してきますね」
そう言ってカウンター裏にある扉の奥へ入っていった。しばらくして受付嬢が戻ってきてから少し戸惑った様子でいる。
「えっと、ギルドマスターがお会いになりたいそうなので一緒に来てくれますか?」
「はい…」
なんで呼ばれたのか分からないけど、初めてギルドのカウンター裏の扉に入るので、少しわくわくしている。こういうのを取材の裏側とか実はなんとかとかそういう体験なのかもしれない。
案内されると二階へと階段があってなんでこんなところに用意してるんだろうと思いながら上ってから受付嬢がノックしてから「連れてきました」と言うと中から「入っていいよ」と許可が下りる。
中に入ると初老のお爺さんがいる。ただ外でも分かっていたことだが筋肉量や体つきが明らかに鍛えて洗練されている。この人も相当な実力者なのかもしれない。
受付嬢はそのまま下がっていき、お爺さんが慣れた手つきでお茶を淹れていく。
「まぁおかけになって」
お辞儀をしてから、椅子に座るが。なんとも落ち着かない。何故だか知らないがこのお爺さんずっと臨戦態勢なのだけど…。
「えっとなんじゃったっけ?」
お茶をくれるのでそれを頂きながら、この人は責任者だろうしどこから説明したものか悩んで、とりあえずアド師匠のことから話すべきかと思う。
「アド師匠が…私の刀駄目だからもっといい武器用意するべきと…魔剣?に劣るけど土竜の素材がいいと聞きました」
「んー…?それはアドウェールが言ったのかい?」
「武器の用意はアド師匠…土竜は武器屋の店主です」
「そうか…ところでアカネちゃんは変わった武器を使うそうじゃけど、見せてくれんか?」
素直に刀を渡すと少し抜きづらそうにしながらも丁寧に扱って刀を抜く。しばらく見つめながら勝手に納得したのか納刀して返してくれる。
「アドウェールが言いたいことも分かるが、これを使ってミノタウロスを倒せるなら下手に魔剣は勧めれんのぅ…土竜を素材にするのも勧めれん。確かに強い剣はできるが壊れたら終いじゃ」
ではアド師匠の言う武器が揃えれないことになる。やはり折れてもいいから今の刀でやっていくしかないか。
「アカネちゃんがよかったら魔剣育てる?」
言葉の意味が分からないが武器屋の店主も同じようなことを言っていた気がする。
育てるって卵から生まれたりするのかな。
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