第44話 すべてさよなら

 王都から少しずつ離れるたびに、ルーチェの心は軽くなった。

 リーケル卿とはもう会うこともないだろうし、変に絡んでくるオルローブ家の人々は、港町までやって来ないからだ。


 船に乗ってしまえば、なおのこと。

 ルーチェは生まれて初めて、心軽く空を見た気がした。


 王都から物理的に離れたおかげで、ルーチェに平穏が訪れたのだ。


「……いい天気ね」

「ああ、本当に。やっぱり船を買おうよ、ルーチェ。船舶会社でもいい。私たちだけの、立派な船を作って、世界中を旅行しよう」


 クラウスの提案はいつも、とんでもないものばかり。

 ルーチェはいつだって止めていたけれど。今日ばかりはその提案に乗っても良いかもしれないと思った。


「それは素敵だわ、クラウス」

「……っ! それじゃ、祖父のところへ行ったら早速!! せっかくだから、各国の港町を購入しちゃおうか」

「クラウス、一旦落ち着いて」


 やっぱりちょっと、提案に乗るのはやめた方が良かったかもしれない。ルーチェは自身の選択を少し後悔した。

 それでも心は軽いままだ。


 船に乗る前、アーデルヘイトから手紙が届いていた。ルーチェが旅行に出るこをと知っており、立ち寄る港へ手紙を送ると出発前に言っていたのだ。

 手紙にはオルローブ家のことが書かれてあった。ルーチェもオルローブ家のことが気になるだろうからと、詳細に。

 ミレーラがアーデルヘイトの兄に声をかけようとしたとか、イデオンが詐欺にあったとか、それから。

 姉のカサンドラのことも書かれていたが、ルーチェは全て読まなかった。両親に至っては、言わずものがな。



 だってもう、ルーチェには何の関係もない。彼らがどうなろうが、知ったことではない。



(そう、もう知らないの。彼らのことを気にするだけ、時間の無駄だもの。だってあの人たちは、私を貶めたいだけで、それ以外には何にもないし、覆ることもない)



 そんな時間の無駄を、ルーチェはもうしない。


 きっとこれこそが、ルーチェが望んでいたことだと思う。彼らのことを気にもとめず、どうだってよいことになる、これこそが。





「ねえクラウス。アーデルから頂いた絹の織物で、ドレスを作りたいの」




 やっとルーチェは前へと進ことができたと、そう思った。だからこそ。


 ルーチェはクラウスをまっすぐと見つめて言った。




「あなたとの、結婚式を挙げるためのドレスを」



 心からの笑顔を向けると、クラウスはてっきり喜んでくれるとばかり思ったのに、反応がなかった。


「……クラウス?」


 少し不安になったルーチェは、クラウスを見上げる。しかしクラウスは微動だにしない。


(あら、これは、何かおかしい……)


「クラウス!?」


 ルーチェの大声に、近くで控えていたデックとノーラが駆け寄ってきた。


「旦那様!? しっかりしてください!?」

「旦那様!! 立ったまま気絶してます!! 誰か、医者を……っ!」


 喜びのあまり気絶したクラウスは、医務室で目覚めて夢だったのかとルーチェに確認し、現実であることを知ってまた気絶したのだった。


「……旦那様、少し落ち着いて?」


 ルーチェの新しい口癖になりそうだ。けれどもこれは、幸せな口癖かもしれないと、そう思ったのだった。

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私の結婚は何かおかしい〜お金で買われた妻なのに、夫の溺愛がとまりません!?〜 豆啓太 @mamekeita_ssr

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