第20話 一歩を踏み出す
あっという間に屋敷へドワーフ達がやってきた。
「おお、奥様だ!」
「旦那の奥様だ!」
「綺麗な奥様だ!」
「ご、ご機嫌よう?」
白く長い髭を生やしたドワーフ達が、ルーチェを見て口々に言った。どう挨拶すればわからず、ルーチェはドレスの裾を掴みお辞儀をした。
ドワーフの一人が、丁寧に挨拶してくれたぞと喜んでいる。
「俺たちはバルトの旦那に雇われてる職人だ!」
「この国の作法はよく知らぬが、奥様に敬意を」
「よろしく頼む」
握りしめた手を胸の前でおき、ドワーフ達は頭を下げた。多分これが、彼らの挨拶なのだろう。
(国によって作法は違うと聞くけど、実際見ると不思議だわ)
「彼らは魔法石を使ったコンロを作った職人なんだ。細かい作業が得意で、とても重宝している。バルド家の魔法石加工業がうまくいっているのは、彼らのおかげだよ」
「まあ、そうなのね」
感心するルーチェの横で、ドワーフ達が珍しく褒められてるなと豪快に笑っていた。
「奥様専用の台所を作るんだろ。要望をじゃんじゃん言ってくれ」
「え、ええ!?」
(やっぱり作るの? ……でも毎回厨房にお邪魔していたら、料理人の邪魔になってしまうわね)
それなら、ルーチェ専用の台所があった方がいいかもしれない。魔法石を使った台所の建築費用がどれくらいかかるかは、想像もつかないけれども。
(店を買ってしまう人だもの。ここで断ったりしたら、台所を増築するだけじゃなくて、屋敷を建ててしまいそうだわ)
そんなわけないかと、ルーチェは自身の考えに笑いそうになった。しかしすぐ横でクラウスが、なんなら新しい屋敷を建ててもいいからと言ったので、ルーチェは即座に首を横に振ったのだった。
「実は俺たち、奥様に会いたかった」
「話を聞きたかった」
「……私の?」
どういうことかと尋ねると、ドワーフの一人が言った。
「奥様は料理をするんだろ。なら、コンロの使い心地とか教えてほしい」
「……実はの、魔法石のコンロは高級品だが、平民でも買えない値段じゃない」
「でも売れねえんだよな」
「まあ」
ちなみに小型のコンロもあると、五徳がついている箱を取り出した。そんなに重くないと言われたので、ルーチェは試しに抱えてみた。
(軽いわけではないけど、普通に持ち運びできる重さだわ。炊き出し用の鍋の方が、重たいくらい)
「……教会の炊き出しで使えそうね。いつも、教会の厨房から鍋を運んで配るから、最後の方はスープが冷えてしまうもの」
「だろう!? 俺たちもそれを見越して作ったんだが」
「全然売れねえ」
「あまり高価な物は、教会とかでは買えないかもしれないわ。炊き出しのボランティアは、寄付金で賄っていることもあるもの」
「それなんだけどね、三年分の薪代と同等の値段にしているんだよ」
クラウスが付け足すようにルーチェへ言った。
(さ、三年分。それってかなり、高価よね)
「だがよ、この魔法石は十年もつぞ」
「じ、十年!?」
「もちろん壊れたら修理する。なのになぁ」
「さっぱり売れねえ」
さっきから売れないことを強調しているけど。
(お金が儲からないのが問題なのかしら?)
「こんなにいい物を、どうして誰も使わないんだ!?」
(あ、違ったわ)
いいものこそ世界に広まるべきだと、ドワーフが熱弁した。
「三年分の薪代で十年使えるのは、すごいお得だと思うんだがなぁ」
「それはそうだけど。三年分ものお金は、簡単に出せるものじゃないわ」
「いいものなのに? 便利なのに?」
ドワーフに詰め寄られ、ルーチェは頭を悩ませた。
確かにこの小箱型の魔法石コンロがあれば、炊き出しには便利だけども。ボランティアの炊き出しは毎日行うものじゃない。ルーチェが手伝っていた時は、一週間おきだった。
収穫祭より少し前の、備蓄した食料が悪くなってしまう直前に行うのだ。せいぜい二月くらいの間しか使わないものに、薪代三年分は高い。十年も使えなくても良いのではないかと、ふとルーチェは思った。
「魔法石というのは、取り替えられるの?」
「できるぞ! 十年ほど経ったら交換の時期だ」
「それを十回くらい使えればよいものに出来ないのかしら」
「十回くらい?」
「ええ、教会のボランティアの場合は、毎日使うものじゃないから。炊き出しとかが行われるときに、燃料を買い足せば良いくらいなの。その燃料費も、寄付金で賄うのよ」
だから三年分もの薪代をまとめて支払うのは難しいと思う。けれども単発での燃料費なら、捻出することはできるだろうし、炊き出し用の支払いに組み込みやすいはずだ。
ルーチェは帳簿の書き方の手伝いもしたことがあったので、教会のやり方は知っていた。
ふうむと言って、ドワーフ達はゴニョゴニョと相談し始めた。ルーチェには聞き取れない言葉で首を傾げていると、クラウスがあれはドワーフ語だよと教えてくれる。
「ドワーフも住んでる場所によって、少し使う言語が違うらしい」
「興味深いわ」
外国語を習う機会なんてなかったから、つい気になってしまう。
「ドワーフの言葉に興味があるのかい?」
「……私のお気に入りの詩集がね、世界各国の有名な詩人の物を翻訳しているものなの。だから、気になった詩人の方の詩をもっと読みたいと思うと、翻訳されていないものになってしまって」
「なるほどね」
クラウスは興味深くルーチェの言葉を聞いた。
「それなら、勉強するかい?」
「勉強?」
「ああ、ドワーフの言葉を。バルド家はホテル経営もしているから、多言語に強いと助かるよ」
(……私がクラウスの助けになるの? 本当に?)
そんなの嘘よと口から出そうになった。ルーチェはいつだって、誰かがやらかした尻拭いだった。
クラウスだって、そんな甘いことを言って、ルーチェを良いように使うつもりなのかもしれない。そうじゃなくても、そう考えないと、クラウスがルーチェをいらないと言った時に耐えられそうにない。
俯きドレスの裾を固く握りしめたルーチェに、ドワーフの一人が声を掛けた。
「奥様、それじゃそういうことで試作品を作ってくるからな」
「えっ?」
驚くルーチェに、ドワーフはさっき言った試作品だと重ねて言った。
「魔法石をもっと安価なものにするとしたら、五徳やらなんやらがちと高級過ぎる。耐久性こそ全てだとおもっとったが、変えてみる」
「試作品を持ってくるから、奥様が様子を見てくれ」
「わ、私が?」
「奥様の意見を聞いたんだ。奥様が使ってみんと、わからんだろ」
(そういうものなのかしら)
ルーチェが困惑している横で、クラウスは大丈夫だよと笑顔を向けた。
「こういうものはね、いろんな意見を受けて試行錯誤していくものなんだ」
「そう、なのね」
よくわからないけれど、ルーチェは少しだけ嬉しくなった。
なにせ彼らは、ルーチェの言葉を否定せず、ちゃんと受け入れてくれたからだ。胸が暖かくなるような気がした。
「それじゃあ、厨房のコンロについても感想聞かせてくれ」
「厨房のも貴族の屋敷向けじゃなくて、平民の家にも普及させたい」
「頼むぞ、奥様」
(私なんかの意見で良いのかしら……、私なんかの)
尻込みするルーチェの肩にクラウスがそっと手を置いた。まるで、大丈夫だからと言っているかのようだ。
そんなクラウスの態度に勇気をもらったルーチェは、頷いてからドワーフ達へ言った。
「えっと、まず火力の調整が細かすぎて使いづらくて。もっとわかりやすくした方が使いやすいと思うの。あと最大火力が強過ぎて、ちょっと怖いわ。小さな鍋だと燃え広がりそう。それから五徳はせいぜい二つか三つまでで良いかも。薪のコンロで調理するときは大体鍋一つだから。あと……」
「めっちゃ出るじゃん」
ドワーフの一人が思わず呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます