Schwarzer Yagnd(シュヴァルツェア・ヤグンド)──青防の守り人 War──
雪瀬 恭志
プロローグ:序曲 ──Y0υ&Krieg(始まりの日)──
本編前日譚:Liebe verstorbene Landsleute.(親愛なる亡き同胞達へ)
──東西を隔てる、大きな”壁”。
高さ六百メートル、壁の厚さは三百メートルにもなるその”壁”は、常に国民を見下ろし、見下し、冷たく毅然とした態度で、威風堂々、そびえたっている。
『ベルリンの壁』
民・思想・国家を別け隔て、黒く禍々しい鉄色の閃光で異端を退く、我が国の太古の遺物であり、唯一の切り札。
良い交渉のカードでありながら、国家の柄はソードの三。それも逆位置。
──劣等感、内面的な傷。そして長い悲しみと苦しみ。
それらを意味するこの柄は、激化する欧州方面の主要都市国家情勢の傍ら、深い悲しみと哀しみに暮れる人々の、その内なる心情を吐露したモノの象徴として知られ、そして国家のみならず、国民である彼・彼女らを長年”戦争屋”や”悪魔”と揶揄し忌避する他国の感情は底知れないものだ。
この国には昔のような、技術大国たらしめていた根源は存在しない。彼らはこの”ベルリンの壁”が太古の昔に築かれてからというもの、国内は二つの強大な勢力の非道な圧によってに分断され、その後は東西に分かれて幾度も前線でいがみ合った。
東側では
こうして見るに忍びん、国史上もっとも衰えた状態になった祖国は、その後の東西併合後には共和政を掲げ、一歩ずつ、しかし確実に前へと進んでいく。
──諸外国との圧倒的な技術力の差と、絶望的なまでの軍事力の低さ、それとは裏腹に熱い愛国心を胸に抱いて。
◇
──フランス第八帝政 対独方面ヴィシー空軍基地 兵舎内
”ベルリン 首相暗殺事件”決行の一週間半前。
名誉フランス人としての役割を果たし、富や名声などの為にやることってぇのは、即ち”功績を挙げる”事であってそれ以上は無ぇ。
そんでもってそれ以外にも人をとっつかまえてきたり、人ん家を上から燃やしてくれば、お偉いさんから大層褒められるんだ。
なんでも、”功績”を挙げる事で”アルジ”って奴が喜ぶんだと。そんな言語は、俺の知る限りでは聞いたことがねえんだけど、従わないと俺たちは遥か南西のマルティニークまでトバされて、肥やしにされる。でも一部の気に入られた輩は、食用として他国の文化に溶け込むことができるらしい。
そして俺達名誉フランス人には”プリュイなんとか”っていう機械が与えられていて、これが生きている証みたいになる。最初こそ身体の締め付けがヤバいが、慣れれば名器みたいにハマる。こいつらとの馴れ初めはそんな感じで始まって、最後はこんな骨組みみたいなやつにに包まれながら死んでいくのが常だ。
「──貴様ら穀潰し共に、嬉しい知らせだ。
なんと、かの”ボナパルト家”のご息女様が貴様らへ直々に任を依頼したいとの事だ」
──とある日、俺達に、軍部のお偉いさんがこんなことを言い放ったんだ。
正直、最初は解らなかった。ボナパルト家って言やぁ、知らない人なんぞは存在しえねぇ家の奴だ。中でもご息女さんは今の軍の頂点にいる人で、神のような存在なんだぜ?
「どてっぱらに穴を開けてやりたいところだが、そんな事をしては私の身体に穴が開くに違いな──」
「──それで……その任、というものは?」
お偉いさんの一人は俺たち──特に言葉を遮った奴をやけに眼を細くして見てくる。「普通”話終わったら聴く”よなぁ? ジャーマン?」と、その言葉とは真逆の透き通った瞳と、次第に赤くなっていく白い肌とを見ていると、次の瞬間、口内に血の味が広がってぶっ倒れる。
「なんだその眼は……!? 貴様らの背中のブツは麻痺しているのかッ!?」
殴打された左頬を気に掛ける余裕なく、案の定背中の方から失禁しそうなくらいの激痛と痒みが駆け上がってきやがる。
痛みで、眼前の”ジョーカン”へ向けて右足を前に突き出して座っている体勢を崩しそうになるが、どうにかして堪える。
「ごぼっ……」
暫くすると、端にいた同じ隊の元凶が黄ばんだ血反吐を床にぶちまけ、倒れて盛大に身体をゆする。さっきの動きを見ていた限りだと、こいつは他の奴よりも痛みが強かったらしい。
不運な事に、こいつはオムツはおろか下着すら履いていなかった。今度は下から大量にトバした糞小便が、あたりに悪臭を放って広がっていく。鼻をつまんだ後ろの誰かが、同じく漏らした小便らがお気に召さないとばかりに金的をお見舞いされ、そこ乾いた水音を鳴らして泡を吹いて悶絶する。
「汚ねぇなぁ……。お前らは替えは効くんだけどよ、カーペットは替えが効かね──チッ……時間が足んねぇな……。
大事な大事な”お愉しみ時間”があるから、終わり次第集まれ」
俺たちは”名誉あるフランス人の兵士”だ。
俺は生粋のフランス人だし、ちゃんと言葉も解る。この国に産まれて、誉など感じた覚えはない。
──俺達を虹の向こうに連れて行ってくれ。
◇
──統合ドイツ共和国首相、及び閣僚暗殺事件決行日。
事件発生のおおよそ数時間前。
「──”旧時代”の崩壊から既に、四百年を迎えようとしているこの
西側陣営における”
そして、その併合後の本国総人口の数字は見るに耐え難いし、失われた技術力によって作られた防衛力及び戦力は、今は付け焼刃のように脆く、一度でも繋ぎ目が開けば、それは瞬く間に折れ、やがて血だまりに墜ち、落ちるだろう」
ベルリンの首相官邸。壇上には意志の強い、それでいて低くしわがれた声で悠然と演説する、清潔に保たれたスーツ姿の大柄な白人男性。手元には台本代わりの紙切れはなく、またアクリル板のようなテキストモニターはおろか、ガイド用のイヤホンさえも身に着けていない。
「そして第一に我が国は危機的状況にあり、隣接するフランス第八帝政や、それに付随する多国家の連携による武力衝突も、実はそう長くない未来かもしれない。
……少し脱線しましょう。
旧時代──西暦の終焉を引き起こした兵器の代表例であり、それを加味して東西をフォーカスしてみる。
するとどうだろうか?
西にスポットを当てると、今もなお、この母なる地球を監視し続ける忌まわしい”アリア・エア”は依然として米国の手にあり、北では私達国民を守る軍事組織という”守り人”の、ある種の礎を作ったブリテンは事実上の鎖国、東では忌まわしい殺戮者どもが幅を利かせ、南は
白人男性はボトル内のぬるい硬水を一口あおり、一呼吸置く。
バルコニーの眼下、広場の周辺は護衛、警備隊、万が一の場合に備えての少数の特務部隊も配置している。
それらに囲まれながら、満員電車も霞んで視えるほどに一杯になった群衆の群れ。民は眼前の指導者の、まさに勅語に等しい一語一句を聞き逃さぬまいとしきりに肩を張る。
「──少し、昔話をしましょう」
ボトルを置くと、「首相、時間が」と背後から諭す側近を指導者──首相は手で制止すると、その後まるで幼子に童話を読み聞かせる父親のように優しい声色で、民にゆっくりと語りかける。「かつて──」
「──かつて、旧時代のかのドイツ空軍の優秀なパイロットであるルーデルはこう言った。
”私達がたとえどんな敬礼をしたとしても、それは君たちの知ったことではない”。そして終わり際には”我々はこの国での敬礼法を教わっただけであり、それをそのままやってのけているだけの話だ”、と。
そう、そうなのだ。
我々には他国などからの束縛やしがらみを始めとした他国に敷かれた線路は、到底必要のないモノで、即ち”我々は我々であって良い”のであり、そして”旧時代”に存在した、我が国の前身であるドイツ連邦共和国の国旗には、”学ぶ力”と”多種多様な力”をはじめ、”自由を求めて奔走する情熱”、そして”栄誉”と”名誉”の、少なくとも五つの意味が込められており、そしてそれらの意思は、東西併合後のこの国においても健在であります。
それらを加味し、この困難な局面は我々統合ドイツ国民……否、同胞達にはそれが成就できると、兼ねてより切に願うのみであります」
話を戻しましょう……と、ハンカチーフで額の汗を手早くぬぐいながら、ボトルの水をさらに一つ、アスピリンのように飲み下す。
「西暦以後のこの創暦という時代で、この星の誰もが呪いを背負うことになった最大要因でもある、”黄金時代”末期からの約四百年間に起きた、希少鉱石『エーテリオン鉱石』……多次元干渉粒子『エーテル』、そして粒子駆動動力『ガルムドライブ』を巡る、喉から手が出るかのようにそれらを欲した各国家間のエゴ的な衝突。
そして戦乱の最中、突如として導入された『ストラクチャ』という”未知”との遭遇。
戦後、模倣機の『スードストラクチャ』およびそれの後継機にあたる強化外骨格『フレーム』が誕生すると、それらによって戦後の未来はより希望の見えるものとなった。」
だが、それで終わる兆しは残念ながらなかった。
首相は一瞬俯くと「……通信媒体や
ざわめく観衆。何事かを叫ぶ者が現れると、皆が雪崩のように一言を叫ぶ。
『臆するな……!!』
それは、現在の統合ドイツ共和国における四十二代目首相の口癖。
”繊細な長”として名を知らしめた彼の、自分を奮い立たせる言葉。首相は穏健な、それでいて強行的な二つの顔を表すかのように、瞬時にかつ優しく観衆を黙させる。
「その外骨格達は各国の戦線や国防力、はたまた財布事情までも支配し始めたのです。一例として、混沌とした中東事情に終止符を打つために米国主導によって発案されたとされる『黒羊計画』の初期段階、それを中止せざるを得ない状態に持ち込んだ”
「ですがそれらの裏でもっと大きな問題を、我々ヨーロッパ諸国は抱えています。
──そう、”アサシン問題”です。
本国がかつて……そしてこれから先、他の欧州諸国から批難の的になっていくのは自決よりもたやすいのは、残念ながら事実として言って申し上げておかないといけない。
そして私たちは今この、暗殺者渦巻く国々に包囲されている次第であります。……それはまるでかの”ABCD包囲網”のように。
しかし、残念ながら我が国にはそれらを使役するための法律はありません。保有が明された瞬間から、彼らは水銀製の小口径弾による洗礼を受けることになります。
……然しそれは大きな間違いであり、詰まる所、我々もその疎外感を理解し同調することが最善たりうる解でした。」
「そして、東西に分かれていた私達は、創暦四百年代に近づこうとしている今こそ一致団結し、この窮地を打開するための一策を投じる事を、ここに宣言します」
──統合ドイツ共和国ベルリン郊外 首相官邸──
”暗殺事件”決行時刻よりおよそ三十分前。
”第一次楽園戦争”勃発直前。
『──素晴らしい演説でした、首相』
「……ありがとう、ミュラー」
官邸内で柔和な笑みを浮かべる首相は、最後の祝福ののち通信端末を閉じるとケースを外し、即座にバッテリーパックを抜き取る。
「ミュラー君も喜んでいただけたようだ。……これで、我が国は再び発展し、そして防衛力を強化するという口実を知らしめる事ができた。
同胞も、支持してくれている。それに国内に蔓延る、あの降参野郎の犬共もこれで抑え込めるだろう。かつてないほどの戦果だ」
「長かった、ですね……」
側近は深く嘆息すると、目の前の首相を見据え、「貧血で倒れないかひやひやしてましたよ……」と心配そうに顔色をうかがう。
「──正直、限界ではあったが、それでも言葉の剣で戦わねばならない……」
首相はどこか悲壮的な表情をするが、すぐに顔色を取り戻し、「私よりも、同胞……国民を思いやってくれないか」と、再び柔らかな微笑みを浮かべる。「みな──」
「──否、国民が一番悲しみを背負っている。我々はその上澄みでしかないのだよ。ならば、上澄みには彼ら彼女らを陰ながら支えるという役目があることに他ならない。力なき者には正しい力を授けねばならないし、道を示せばならんのだ。
そして重い貧血は民であって、私では……ない」
拳を握って、眼付きの悪いアイラインを再度しかめる首相には、もはや威厳と言う事柄はなく、この人物の言葉を引用するならば、まさに”剣を鞘に納めた”ようであった。
「とは言っても、まだまだやる事はあるのだがな──」
官邸を出、防弾ガラスを搭載したリムジンへ向かう。が刹那、目の前が赤い閃光に包まれ、周りが騒然とする。
「……ッ!?」
恐らく自分だけが周りが赤く視えているのか、首相を起点に周りがあわただしく周囲を警戒しつつ情報を伝達し、光の方向をみる。
確認が完了したころには首相達の身体に灼熱の熱線が到達していて、絶命するまでのプロセスには三秒とかからなかった。
◆
「……」
統合ドイツ連邦共和国内バイエルン州の、山間部の森に位置する収容所の某日。
男は怯えた様子もなく、それでいて悪びれる様子もなく、ただ、じっと座っていた。
「百二十八番、時間だ」と、やがて重苦しくさびた鉄格子から破片が落ちると、百二十八番と呼ばれた男が眼前の尋問官に合わせて歩く。
百二十八番──フランス第八帝政の暗殺者アダンがドイツの閣僚や首相の命を断ち切ったのはほんの数ヶ月前の出来事だ。彼は所謂フレーム部隊の狙撃手で、名手だった。だった、というのは今は捕らわれの身で、これからその名手と呼ばれた手や腕がなくなるかもしれないからだ。
そして静謐な空間に響く靴の音。
男は裸足で、ぼろぼろになった貫頭衣のような囚人服と、歩く度に無数の錆を踏みつける硬質な感覚と、血生臭い腐敗臭が鼻腔を強く刺激する。
更に男が周囲を見渡すと徐々にその全貌が明らかになってくると、痩せこけ、その細く骨ばった脚を抱えて何かをぶつ、ぶつと呪詛のように唱える者や、ただひたすらに重いドアを何度もその指のない手で叩いては「
その彼らの内訳は白人が大多数を占めていて、その中に黒人、そしてアジア人が少数に混じっている。
「百二十八番、座れ」
尋問官に無理やり促されると、男は複数の男にもみくちゃにされる。
もみくちゃ、というのはこれも比喩的表現で、彼は複数の男に無理やりに血糊のついた簡素な椅子に座らされると、猿ぐつわを噛まされ、体を拘束具で固定される。
「何か言ったらどうなんだ?」尋問官は彼に尋ねる「貴様たち貴族階級の犬はこうも寡黙なのかね」
「……」男に反応はない。憔悴、とはまた違うようだ。男はただ、何かを待っているかのように静かで、どこか空虚である。
暫くの静寂。尋問官は淡々と錆びついたペンチのような鉄製の鋏を取り出すと、「まあ、これで何かを出せばいいが」と尋問を始める。
暫くして、それまで軋みを上げていた右手の親指が、突然無造作にぶつ切りにされた時、それは起こった。
それは何かと言うと、刹那、男の頭から何かが焦げるような音がした後、彼は激しく痙攣を起こしたのである。
「クソ! マシンか!!」
男をおさえつける収容所職員の声。その声と同じくして男の瞳孔は開き、大雑把な動きの痙攣だったものがだんだんと小刻みになっていく。
のちの検死では彼──男の脳内に仕込まれていたものは、”特定の脳の周波数を検知するとアンプル内部に仕込まれた浸透率の高い神経毒が解き放たれる”というもので、所謂自決用に仕組まれたものであった。
彼らの背中にある機械の甲羅には、こう記されていた。
『|L’amitié est un
と。
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