本篇1.『星と根源の出会い』
「お兄さん、
【星屑の街】に住む少年──ステラは村の前で右往左往する見知らぬ人物へと、訝しげな視線を向けた。彼に声をかけられた人物は、観念したような表情を見せると、自身よりも幾分か小さな背丈のステラへと向き直った。向けられている警戒心を解いてもらえるようにか、彼と視線を合わせるようにやや中腰になった。
「はじめまして、僕は、アルケー。君たちの族長を訪ねてきたんだ。」
アルケーは警戒心を解き、友好の証と見せるためにも、右手を差し出した。ステラは差し出された手と、男の顔を幾度と見比べると、先程向けた警戒を解いて、反対に、哀れそうな眼差しを向けた。
「ああ、町長に中々会って貰えないんだ?だから、困ってるって?」
アルケーはここ数日の自身の動向を指摘され、目を丸くする。
ステラが男を見つめる瞳は、天の星を砕いたような瞳をしている。男の反応を見ることなく、彼は右手を彼に向けて差し出し、反対の手は、村の奥へと指差した。
「可哀想にね、お兄さん。いいよ、ちゃんと
ステラは口角を軽く上げ、自信たっぷりに男へと微笑んだ。男は、少々、ステラの様子に目を数度、瞬かせたが、差し出された手に自身の手を乗せた。
「そう。じゃあ、お願いするよ。」
ステラはその返答に、口角を上げ、息を大きく吸うように肩を上げると、任せて!と大きく頷いた。そうして、手を繋いだまま、アルケーは、村の中へと入った。
村は、石造りの建物が多く、点在する家全てに屋根付きの屋上があった。それぞれの屋上には、見えやすい位置に、望遠鏡が置かれていた。
ステラに手を引っ張られ、村を横切っていく見知らぬ男を村の人々は視線を向けていた。注視されているという視線に、やや居心地の悪さを感じ、眉を顰める。
「大丈夫だよ、お兄さん。みんな、お兄さんのような訪問者は慣れてるから、あ、またか〜みたいな、視線なだけだよ。あと、お兄さんが何回か、来てたことを覚えてないから、ちょっと気になってるだけ。なんなら僕も覚えてなかったし。」
ぐいぐいと、手を引っ張りながら、振り返らずにステラは男に伝える。口には出さないアルケーの心情一つ一つに彼は答えるかのような発言に、彼は舌を巻いた。
「みんな、族長が誰かと会うのを逃げてるのはわかってたから、早く観念してほしいと思ってたんだよねえ。」
ステラは村の真ん中にある大きな灯台のような場所までアルケーを連れてくると、おもむろに振り返って、手を離した。先程見たときと変わらず、少年の瞳には星を砕いたような光が称えられている。彼の視線はアルケーの顔へと注がれ、動かない。少年の視線が動かないからこそ、アルケーもまた自然と彼の顔へと視線が向いてしまう。一番に目に入るのは、やはり、「星屑」が散りばめられたような瞳だった。カタリナブルーから、サイエンスブルーにかけてのグラデーションのある瞳は、空と海を詰め込んだような色だった。その瞳には、金色の欠片のようなものが、散りばめられ、淡い光を放っている。まるで、ラピスラズリの原石のようで。綺麗な瞳だ、とアルケーは見惚れていた。
「そういや、今更だけど、なんでお兄さん、町長がいいの?」
ステラの脈絡のない問いかけに、アルケーは見惚れていた意識を取り戻し、目を丸くした。そして、数度、目を瞬かせた。
「まず、そこは目的じゃないのか?」
アルケーは、ひと呼吸置くと、やや呆れたように、肩を竦め、首を傾げた。だが、ステラはその瞳を向けたまま、首を傾げた。
「だってそこは見えるし。」
アルケーは数度、瞬きを繰り返した。そして、この村に住むという部族の伝承を思い出した。そうか、この少年もなのか、と彼の反応に納得する。だが、ステラはそんな彼の態度に眉を顰めた。
「まさか、お兄さん。僕達のこと知らないで、頼みに来た、なんてこと、ないよね?」
アルケーは首を横へ振る。その仕草にステラは、なおさらと、肩をすくめた。。
「僕としては、分かってるならそこに時間掛けたくないし、早く行きたいんだけど、お兄さんも時間短縮だから、損はないでしょ?」
それが正しいことである、と言わんばかりの態度にほんの少しの傲慢さを感じながらも、アルケーはそうだね、と彼の言葉に頷いた。
「君の言葉は正しい。誰しも、時間は惜しいものだからね。それに、理解のある人は喜ばれるよ。」
肯定するアルケーの言葉に、ステラは満足そうに胸を張る。そんな彼の様子を見て、これだけは言わなければと、でも、と指を一つ立て、少年の顔へと近づけた。
「一つだけ言うとするなら、その言い方はよろしくない。捉え方によっては、人を怒らせてしまうよ。」
彼の言葉は、棘がある。今は幼いゆえに許してもらえるかもしれないが、歳を重ねていけば、そうは言っていられない。その時に苦しむのは、彼である。故に、アルケーは年長者として、彼を諭したのである。ステラはアルケーの指摘に瞬きを数度繰り返す。やがて、視線を泳がせた後に、やや眉を顰めて、そっぽを向いた。罰の悪そうな表情とも言えるだろうか。
「町長みたいなこと言うね、お兄さん……わかったよ、気をつける。」
よろしい、とアルケーは口元を緩めて、笑みを称える。年長者としての態度に対して、少年は、消化しきれないというように、眉をひそめた。しかし、間もなくして、彼は一つため息を吐くと、自身の右手を差し出した。
「早く行こ、お兄さん。町長に会いに。」
アルケーは数秒、その手を眺めていた。だが、躊躇いなく、差し出された手を取った。ステラは、先程までとは打って変わって、満足そうに微笑むと、彼は見て、勢い良く引っ張った。アルケーは一瞬、バランスを崩しかけたが、やわな鍛え方をしていないので、持ち直した。
「どこに行くの?」
走り出した少年に、アルケーも、足が自然と駆け足になる。身体的差があるとはいえ、ステラは足が早いようで、駆け足にならねば、引きずられてしまうほどであった。
「町長の家。
アルケーが何か言う間もなく、ステラはそう告げると、街の奥へと入っていく。その途中で、幾人かの住人とすれ違ったが、皆一様に、アルケーを一瞬、見たが、その視線に悪意はない。ステラの言葉通り、表情が柔らかく、何処か生暖かいものさえ感じる。
そうして、二人は街の奥、
「町長、お客さんだよ。」
「はぁ、会いたくはなかったんだが。ステラ、お前と彼が会ってしまったのが運のツキ、だな。」
「はいはい。そういう言い訳はいいから、このお兄さんの話をちゃんと聞いてあげてね。何日もウロウロしてたんだから、可哀想だよ。」
「分かっている。その証拠にちゃんと、ここに居ただろう?」
そんな彼女の言葉にステラは、一瞬だけ、確かにと納得しかけたが、すぐに思い直し、いやいや、と右手を振った。
「そもそも、どんな理由があれ、お客さんを追い返すように出掛けるのは町長でもよくない。」
ロードは、ステラの毅然とした指摘に、愉快そうに笑った。彼の言葉が届いているのか不明なくらいの様相に、ステラはやや眉を顰めたが、ため息をついた。そして、振り返って、アルケーを見た。
「じゃ、お兄さん。町長とごゆっくり!
そう言って、ステラはアルケーの言葉を聞かずに執務室から出ていった。残されたのは、アルケーとロード、二人だけであった。
沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、アルケーだった。
「ロード・ステラオルビス氏。何度も訪ねて申し訳ありません。ですが、俺の頼みを聞いてもらえないでしょうか。」
ロードは執務室の机に両肘をつき、手を組む。そして、アルケーを真っ直ぐと見た。その表情は、口角が上がり、目元も下がっている。朗らかではあるが、不適な笑みという言葉が似合っていそうだった。
「私は杖争いに興味ないんだ。他を当たるといい。」
あっけらかんとそう言って、手を振った。アルケーは、その言葉に、分かっていると返答し、代替案を求めてきた。
「最初からそのつもりだっただろうに、なぜ、そのような言葉を吐いた?いや、そうか、もしもにかけたか。数年前も伝えたが、変わることはないよ、アルケー。」
ロードはそう言い切った。そして、だが、と告げて、彼らが入ってきたドアの方向を見た。
「ステラを連れて行くといい。ああ、さっきの少年だよ。それと、彼は魔法は使えない。」
だが、とロードはアルケーを見据える。その瞳は、ラピスラズリのように濃い青に輝き、星が瞬いていた。
「ガイドとしては、充分に使えるだろう。町長として許可を出そう。」
そう言い、彼女が指を振るう。すると、指先から水が溢れ、アルケーにまとわりつく。そして、ドアがひとりでに開くと、水に流されるように、その開いたドアから押し出された。出て行け、と言わんはわかりであった。ドアが閉まる直前のこと、ひらひらとロードは手を振っていた。
「雑!」
アルケーが思わず声を上げるものの、閉まったドアの奥の主に、聞こえることはなさそうであった。水が触れたところは濡れ、水を吸った服が纏わりつく。ぽたぽたと髪を伝い、雫が落ちる。肩をすくめて、ため息をつくと、アルケーは、指先を回した。彼の身体をその指先から紡がれた風が包む。彼の身体に纏わり付く水滴が落ち、服の水分までも奪っていく。そして、あっという間に、乾いてしまった。
仕上げにパンパンと、ホコリを払うと立ち上がった。さて、と顔を上げた途端、ぱちぱちと、手を叩く音が聞こえた。その方向を見ると、こちらを階段の手摺から見下ろしているステラが見えた。
「手摺に乗るのは良くないと思うよ。」
「町長は何も言わないんだけどなあ。それで、町長にはなんて言われたの?」
アルケーの注意を気にも止めず、ステラはひょい、と手摺から降りるとアルケーの前へと降り立った。その表情は、疑問を述べているというよりは、どこか、ニヤニヤとした愉悦のようなものが混じっているような気がした。アルケーは、わしゃわしゃと、後頭部を掻くと、方をすくめて、手を差し出した。
「改めて、僕はアルケー。約束の地を探すために、封印の杖を求める資格者の一人。どうか、僕の旅路を導いてくれないだろうか。」
その彼の言葉に、ステラは数秒も立たずに手を握った。
「喜んで。僕はステラ。苗字はない。これから、よろしくね、お兄さん!」
そうして、二人の握手をもとに旅は始まる。それは、紅月が、都市アシュールにて、小さなトラブルに巻き込まれている頃のことであった。原作に立ち会えなかったね、残念。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます