1.盛者に集え、ギルド崩し【後編】
沙多は当初、この世界に一人で臨んでいた。
とは言えゲームなど、彼女は人生で数えるほどしか経験が無い。
知識はゼロで、あまつさえ情報の入手は難しい。
まさに果てしなく遠い道のりだ。
誰かを頼ろうにも、ここは『ルシフェル・オンライン』。非合法のゲームだ。
金も夢も、痛み苦しみも、全てが渦巻く。
沙多は明るく、誰であろうと物怖じしない性格。
現実ならばそのコミュニケーション能力で上手く事が進むだろう。
だが、こんな世界に投じるプレイヤーに常人など極めて少数。
沙多が辟易するような対価を要求する者、意図して間違った知識を吹き込む者。そもそも話すら通じない者などの割合があまりにも多すぎる。
しかし彼女は挫けずに掠め取った情報、何度も命を賭けて取得したプレイスキル、運も絡んだレアな
ただ、そこまでが限界だった。
一人で対処できるエネミーは限りがある。
加えて、プレイヤー間での争いとも無縁ではない。
生き抜くには、どこかに属する必要がある。
沙汰の目的は、最愛の姉に再開する事。
プレイヤーの誰とも相容れないこの願い。
組織として働く中で、果たして受け入れる者は存在するのだろうか?
――つまり、このゲームは楽しくない。
半年間で身に染みた、沙多の嘘偽りない感想だ。
「やあやあそこの君。ちょいと良いですかぁ」
そこで彼女は、悪魔と同じように声をかけられた。
――――――
――――
――
「妹君は既に手勢に加わっておったかっ」
「はい、若手ながら期待されてますよぉ。今回も彼女を誘うべくアレコレ理由を考えてましたが、一緒なら手間が省けますねぇ」
だからこそ
マスターという立場の発言は強固だが、それでも人と殺しあえという命令に絶対性は無い。
しかし声を掛けた悪魔と共同関係ならば、ギルドへの義理と、ベアルに向ける人情が合わさって沙多は動かざるをえない。
「別に他の
「理由としまして、まず君がギルドの中でも有数の強さであるから。そして今回の件は極秘かつ早急であるべきだから。時間を浪費して人を集め、この情報を共有すべきではない」
足踏みをして準備をしていたら、相手はレアエネミーを討伐してしまうかもしれない。
数を闇雲に募っていたら、この目論見が何処から漏れ、知られてしまうかもしれない。
故に、可能な限り少数の――
「ほら、僕のギルドってお金第一でしょう?上位層以外のメンバーを誘うと買収されて寝返りますよ?」
「それは…まあ…そうッ。アンタの人望が無さすぎんのよッ」
「だから君らを誘いました。他所のギルドへ
「…あぁもうッ、やりゃあ良いんでしょ!?いつやんのよ!」
遂に沙多は観念し、腹をくくる。
この様子に、新堂は両手首をブラブラと気楽にほぐしながら立ち上がる。
「う~ん、では…――あと三時間後には攻め入っちゃいますかぁ」
「…めちゃ急じゃん」
「早ければ早いほど良いでしょう?というわけでぇ準備の方、お願いしますねぇ」
「ガチ勝手すぎん…?」
「お帰りはあちら」と退出を促す新堂を見て、沙多は口を尖らせながらもベアルを連れて勝手口へ向かう。
「――にしても沙汰さん、雰囲気柔らかくなりましたぁ?」
「…そう?そんな変わったことはしてないけど…。ほら行こっ、ベル。準備しなきゃ」
そうして二人が姿を消した物静かな空間、新堂は昔の沙多を思い出す。
初対面となったのは約半年前。その時の印象は『つまらなそう』だった。
『ルシフェル・オンライン』は非公認のゲーム。それも承知でプレイする彼らは、圧倒的な狂熱を持っている。
雄大な世界、実利ある冒険、本能を揺さぶる闘争。
皆、何かしらに魅了されここにいるのだ。
一方で、沙多だけは冷めた目で、それでいて苦しそうにゲームをしていた。
そんなプレイヤーは他にいないだろう。
「変化の要因は、恐らく彼ですかねぇ」
彼女がベルと呼び、行動を共にする男に興味をそそられながら、また新堂もアイテムや装備をカチャカチャと整頓を始める。
***
「いい?アイテムはこうやって取り出すのっ」
「ムッ、面妙な…無から物体が現れるとは…」
「インベントリはいつでも使えるわけ、自分の半径一メートルは自由自在だから練習して!」
刻限となる頃、空からは斜陽が差し掛かり、夜の前兆を緩やかに告げる。
そんな中、沙多はベアルにアイテムボックス機能の使い方を教えていた。
このゲームは、道具を亜空間に収納し、任意に取り出せる。リュックサックなどを必要としないシステムだ。
「妹君よ、この動作は必須であるのか…?」
「めちゃめちゃ重要だよ?これで
本来、持ち物の移動や管理を快適にする機能だったが、悪魔にとっては非現実的な『インベントリ』という概念に苦労していた。
いっそ原始的に、袋に入れて持ち歩くシステムの方が馴染みやすいだろう。
「いやぁ、こうしてみるとホントに
声を辿れば、新堂が複数人を引き連れていた。
準備時間の中で、ベアルがゲームに疎い事は知れ渡っている。
「新米がいきなり
「まぁ蓮が保証してんだし大丈夫だろ」
「タッパはデケェな…外国人?筋肉もすっげ…」
などと、
「では、行きましょうか。敵のアジトは――ここですよぉ」
「えッここ!?近っ」
沙多が驚くのも無理はない。
それは街の中心地にある目抜き通り、そこに構える変哲もない飲食店。つまり、現在の集合地点である。
まさか誰もが利用したことのある酒場に、猟奇魔が跋扈するとは考えてもいなかった。
「といっても、あくまでここは各方面に繋がるだけの通路ですけどねぇ。実際の入り口は、さらに進んだ先です」
対して雇われのプレイヤーは
「他のギルメンは、我々のいる
新堂が配るのは、フードの付いた黒外套。特筆して特殊な効果はないが、無いよりはマシな代物。
これから戦う相手は、他者を害して悦に入る者だ。
ゲームの中とは言え、そんな人間が現実のどこかに存在している。面が割れてしまう可能性は少しでも避けるべきだろう。
「それで申し訳ないんですが…ベアルさんサイズのローブが見つからなくて…というかもし用意できてもその巨体じゃ何も隠せないと思うんですが…」
「構わぬわ、隠密は性に合わぬっ」
「というか、せっかくの通路壊しながら進むなし」
人が通ることは想定しても、悪魔が通ることは想定外の通路。規格外の頭身であるベアルは中腰で進む。
時折頭をぶつけながら、狭そうに手をつきながら、天井や壁といった触れた全ての箇所に亀裂を産んでいく。
「ねぇ~誰か一番後ろ代わってよぉ…」
「つっても嬢ちゃん魔法職だろ?後方じゃないと危険だぜ?」
「そうなんだけどさぁ…」
先頭に
唯一彼女だけ、ベアルの破壊によりパラパラと降り注ぐ破片の被害を受けている。これに不満を表すも、正論には勝てなかった。
視界に広がった悪魔の背中。
その現実と変わらぬボロボロの革ジャン越しに「肩幅と筋肉エグいなぁ…」と、呆然と眺める沙多。
通路を体が埋め尽くし、悪魔の作る影が彼女を丸ごと覆うほどだ。
そんな薄暗い通路の影響か、ベアルの雰囲気が異なるように思えてしまう。
「あれ?ベル、なんかイメチェンした?」
「ム?『いめちぇん』とは何を指すのだ、妹君よ」
「そういや、嬢ちゃんは何で『妹君』って呼ばれてんだ?」
「イメチェンと言えば、僕らが狙うボスの容姿なんですが…」
暇な移動時間を埋めるために、次から次へと何気ない会話が流れていく。
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