2.ゲームで暴れるおんらいん【前編】


 ゲームの開始地点と言えば「始まりの街」と呼ぶに相応しい場所がほとんどだろう。

 広く整備されたレンガ道に安くアイテムを売るショップ、石造りの民家や噴水があれば上々だ。

 もしこれが一般的なゲームであるなら、そんな最初の街に訪れたプレイヤーは誰もが目を輝かせ興奮する。

 しかし、この「ルシフェル・オンライン」においてその条件に当てはまるような、感動するプレイヤーは居ない。

 ゲームが始まったというのに、呼吸を荒げ周囲を何度も確認し、しばらくした後ようやく一息ついて慎重に街を徘徊しだす。

 VRMMOの花形とはまったくかけ離れた世界だった。

 それは何故かと聞かれれば理由は単純。


――このゲームは違法だからだ。


***


「ハァッハァッ、ガチでどこにいんだしアイツは…」


 そんな中、およそ初心者には見えない女性プレイヤーが街を駆け回る。人を探しているようだ。

 カツカツと、黒い靴がテンポよく石畳を鳴らす。

 念のため集合時間より三十分も前にログインしていたが、現在はそこから一時間も過ぎている。

 そんな彼女こと明野 沙多あけの さたは、「集合場所決めときゃ良かった…?」「いやでもアッチが迷う説もあるし…」「そのせいで余計変なトコに向かっちゃう気もすんなぁ…」などなど、信頼ゼロで葛藤に葛藤を重ねる。


 これが普通のゲームなら、ここまで焦らないだろう。せいぜい「再会したら小言を挟もう」と息巻く程度に終わる。

 だがこれは普通じゃない。何人もの人を狂わすゲームだ。


「ぐァァアッ…!」

「――ッ!?声っ?まさかッ!」


 いよいよ裏路地まで探し始めようとした時、悲鳴を聞いた。

 これに悪い予感しかしない沙多はその方角へ向けて加速する。


「ベルッ!!いるのッ!?」


 人影が定かでないまま焦燥のまま声を飛ばす。

 普通の人なら寄り付かない魔性のゲーム。プレイする全てのプレイヤーが善性であるはずなど無い。

 彼女が思い描いたのは狂った「初心者狩りプレイヤー」によって、経験と時間の暴力で痛めつけられること。最悪、戦闘も視野にいれる覚悟で目が捉えたのは…。


「ず”ぃまぜん”っ…許してください…」

「ゴメンナサイッごめ”ん”なざいッ…!」

「痛ぇえ…痛ぇよ”ぉ…」

「ムッ?妹君か、待ちくたびれたぞっ。人間は時間に厳しいのではないのか?」


 圧倒的な力を持って、人間を蹂躙する悪魔――ベアル・ゼブルだった。

 彼に絡んだ人間は見るも無残な状態で、血や痣が無い箇所が見当たらず、手足があらぬ方向へ折れているプレイヤーもちらほら。 


「アンタ…大丈夫なん!?も相手して…傷とかは!?ちゃんと無事っ!?」

「正確には九人よっ。残る二人は頭蓋を砕いたら泡のように消え失せたわ」


 数による集団リンチなどは悪魔の前にとって塵芥。再起不能のプレイヤーを山のように積み上げ、その頂上に腰を下ろす様は、まさしく暴君だ。


「とりまそこから降りてっ。…で、ほんとに怪我してない?どこも痛くない!?」

「心配無用ッ。闘争に負傷は付きものよ。過剰になるものではないぞ?」

「でもッこのゲームは違うでしょ!!ちゃんと痛いんだからッ!」

「ヌゥ?吾らは生きておるのだ、痛みなどあって当然だろう?」

「それはリアルでの話で…ああもうっ、とりあえず表通り行くよ!」


 本当に彼に掠り傷すら一つもない事を確認しつつ。日の当たらない細道を抜ける。


***


「だからこのゲームは痛覚もそのままでっ、ゲーム内通貨も現実のお金と共有される!それにアバター…、――顔も名前も全部ッ、現実の自分そのままが使われちゃうの!!」


 薄暗い路地とは一転。ここならば絡まれるまいと、明るい目抜き通りにある噴水に映った二人。

 そこで沙多はこのゲームの異常性を訴える。


「つまり個人情報も丸出しでっ、このゲームのユーザーなんて皆どうせ狂人か廃人か暇人しかいない違法も違法のゲームっつってんの!!まさかホントに何も分かってなかったなんて…」


 頭を抱えて慟哭を上げる。ゲームの事がからっきしとは言え、腐っても禁止され、情報規制のされたゲームだ。人探しでこの「ルシフェル・オンライン」に辿り着いたならば、曲がりなりにもこのゲーム特性は承知と思って――いや願っていたが、その希望は見事に砕かれた。


「はて、やはり何度聞いても釈然とせぬものよ。それに『あばたぁ』とやらが同一というには、ウヌの出で立ちは異なるぞ?」


 ベアルが沙多の姿を近いほどまじまじと見て指摘する。

 現実では桃色の長いウェーブの髪型をしていたが、この世界において、彼女は桃色部分をハーフアップとしてまとめ、インナーカラーであった紫紺をメインに見せるような髪型をしていた。


「これはリアルの身バレ対策。顔は変えられないから、少しでもビジュ変えなきゃでしょ」

「ふむ、髪の括りを変えたとな。愉快な変化へんげよの」


 確かに現実では派手で爛漫な「ギャル」と称しても差し支えなかったが、今は大人しく、ダウナーな雰囲気を醸し出している。

 衣服も白と黒が混ざる修道服の丈を切り詰め、運動向きにしたような服だ。

 ベアルが視覚情報のみを頼っていたら、一目では気づけない可能性もあったかもしれない。


「して妹君よっ、ウヌは如何に姉君を探すのだ?」

「それなんだけど…今パッと思い当たる方法は二つしかないんよね」


 両手の人差し指を立て、取れる行動は少ない事を示す。

 

 一つ目の方法は至ってシンプル。

 地道にこの「ルシフェル・オンライン」の世界を渡り歩き、目撃情報などを人に聞いて回る。古来からの人探しの原点にして鉄板の方法だ。


「しかし世界というものは広大であるぞ?人の数など腐るほどであろう。吾は一刻も速く主君の元へ馳せ参じる使命があるっ!!」

「腐るほどって言うな。けどまぁ、それなぁ…。アタシも昔から聞きまわってるけど未だ手掛かりゼロだし」


 更に言えば違法のゲーム、リスクを冒してまでわざわざプレイする酔狂なユーザーは総じて面倒くさい奴らが多い。情報料として巨額の金を要求されるならまだマシだ。中には対価として嗜虐的な欲求を迫る者すらいる。

 と、ここでベアルから疑問が上がる。


「逆ではないのかっ手掛かりが無いのであれば、何故最初にこの『げぇむ』の世界を選び渡ったのだ?その見解は何処で経た?博打という訳ではあるまい」

「…変な話だけど聞いてくれる?」


 神妙な面持ちになる沙多を前にベアルは続きを促す。


「アタシのお姉ちゃん…消えたの。急に失踪して…、っでもありえないッ!お姉ちゃんは体が弱くて…病院で寝たきりだったから勝手にいなくなる事なんて出来ないしッ」

 


 それはある日、日課のようにお見舞いに来た時だった。

 病室を開けると、ベッドに横たわり、弱々しくも包容力のある笑みをくれる姉の姿。いつものように今日一日の出来事を聞きたがる姉と、沙多は嬉しそうに話をする。友達がどうだった、テストがどうだ、バイトがどうだなど、少しでも楽しめるように。

 やがて談笑が終わる頃には日は暮れ、姉に帰宅を促される時間となっていた。

 沙多はいつものように別れの言葉として「また明日ね」と口を開こうとすれば――。


「――沙多ちゃん。…ばいばい」


 儚く微笑んだ姉の姿が鮮烈に頭に焼き付いた。

 何気ない挨拶であるはずのその言葉。だが、有無を言わさない何かをその身で受け、沙多の言葉は伝え損ねてしまった。


「――うん…」

 

 空返事をしたその夜はまるで眠れず、ずっと今日の姉の姿が記憶に付いてこだまする。

 そして次の日、嫌な予感を否定するように急ぎ足で、学校を早退してまで訪れた病室。


――そこに姉の姿は無かった。

 忽然とした空間のみが広がり、何度確認しても、病院の誰に聞いても痕跡すら見つからなかった。

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