僕の初恋の人には難聴系ヒロインの呪いがかかっているらしい

永久保セツナ

僕の初恋の人には難聴系ヒロインの呪いがかかっているらしい(1話読切)

 僕の初恋の人は呪われているらしい。


 僕――足立あだちもといの初恋は、高校に入学した初日に遡る。


「あだちくん?」


 名前を呼ばれて振り返ると、知らない女の子がいた。

 僕は別に有名人ってわけじゃない。なのになんで僕の名前を知ってるんだろう、と思った。


「あだち……下の名前、なんて読むの?」


 彼女が手に持っていたのは、僕の生徒手帳だ。

 ページの一番後ろに名前を書く欄があるのだが、几帳面に名前を書いていて幸いだった。


「あ、えっと……もとい。足立基」


「もといくん。私と同じ一年生なんだね」


 少女は笑みを浮かべる。花が咲くような、とはこういうことを言うのだろう。

「もう落とさないように気をつけてね」と生徒手帳を渡してくる彼女に、慌てて受け取ろうとすると指が触れてしまい、また挙動不審になってしまった。

 入学式は彼女のことを考えてほとんど話を聞いていなかったし、同じクラスであることが判明して運命だなんて内心はしゃいでしまった。

 それが僕の初恋相手――音無おとなし歌恋かれんとの出会いだ。


 ――その音無さんに出会って一年。

 高校二年生になり、クラス分けも再び同じクラスになった僕たちは、何の進展もしていない。


 僕は我ながら臆病な軟弱者である。

 音無さんは美少女で、いつも周りには男女問わず色んな人がいたし、教師陣からも優秀な生徒として一目置かれていた。

 そんな彼女に僕が釣り合うとはとても思えなかったのだ。

 しかし、不思議なことに音無さんが学校内外の誰かと付き合っているとか、そういう浮ついた噂は聞いたことがない。

 もしかしたら、男子同士で牽制しあって誰も手が出せない状態なのかもしれない、と思っていた。

 更に言うと、彼女は学校の送り迎えを父親にしてもらっているらしく、放課後はそのまま車に乗って帰ってしまう。部活動には廃部寸前の天文部に、幽霊部員として数合わせで名前だけ貸しているらしい。

 父親も柔和な顔をしていて、音無さんは父親似なのか母親似なのか、母親の姿を見た事がないから分からないが、雰囲気が似ている気がした。


 ――他に付き合っている人がいないなら、僕が告白してみるべきか。

 僕の頭の中を、そんな考えがチラチラとよぎるが、どうしても決心がつかない。

 何しろ、音無さんを狙っている男子たちのスペックが高すぎる。

 大企業の社長の息子とかいう生徒会長とか、モデルだかアイドルだかしてるというイケメンとか、スポーツ推薦を既にもらっている運動神経抜群の爽やか男子とか、いや待て、うちの学校どうなってるんだ? なんでそんな凄い奴らが集まってる?

 考えてるうちにセルフツッコミしてしまったが、とにかく音無さん周りはそういう激戦区なのだ。僕みたいな凡骨が入り込む余地がない。


 せっかくの日曜日、映画でも見ようかと出かけたのに、現在上映中の恋愛映画のポスターが貼られていて、その中のヒロインに彼女を重ねてしまい、思わずため息をついてしまった。

 僕は、きっと彼女が主役の世界では見向きもされないモブだろうに。


「――足立基くんだね?」


 突然、男性の声に名前を呼ばれて驚いた。

 勢いよく振り返ると、大人の男性が「すまない、ビックリさせてしまったね」と申し訳なさそうに眉尻を下げている。


「あ……音無さんのお父さん。こんにちは」


 見知った顔、というわけでもないのだが、彼女を毎日送り迎えしている父親の顔は一方的に覚えていた。

 しかし、僕は彼とは会話を交わした記憶が無い。この人はどうして僕のことを?


「今、時間空いてるかな。少し話したいことがあるんだ」


 すっかり映画を見る気分でもなくなったので、おとなしく従った。

 一緒に喫茶店に入り、「好きなの注文していいよ」と言われる。


「いえ、自分で払いますから」


「いいんだ。歌恋がお世話になっているようだから」


「え? 僕は、なにも」


「あの子の気付かないところで、色々助けてくれてるんだろう?」


 僕は絶句した。

 たしかに、音無さんが知らないところ――たとえば、教室で落としたハンカチを彼女の机の上にそっと戻しておいたり、一年生の学園祭で天文部のプラネタリウムに客が集まらないという話を聞き、彼女が店番をしていない時間帯に足を運んだり、そういった目立たないアシストはしたことがある。


 でも、知らないはずの彼女から聞けるはずもない情報を、どうしてこの人が知っている?


「こんなことを言っても、君には信じてもらえないだろうが……」


 音無さんの父親は、喫茶店の他の客に聞こえないように声をひそめる。

 つられて、僕も耳を傾けようと顔を寄せた。


「音無家には、代々、恋愛に関する呪いがかかっているんだ」


 そんな突拍子もないことを言われて、たしかに信じるのは難しそうだ。


「具体的には、どういう?」


「例えば、私には『恋をしている者の思考が読める呪い』がかかっている」


 彼は、それで僕の思考が読めるのだという。

 なんでも、音無家の先祖がなんぞ罰当たりなことをして神様に呪われたとか、そういう話はさておき。


「音無歌恋さんにも、そういった呪いがかかっていると?」


「そういうことだ。しかも、ひときわ厄介な代物だ」


 ゴクリとつばを飲む僕。彼女はクラスの人気者である以外は、至って普通の優等生だ。

 そんな彼女が呪われているなど信じがたいし、仮に呪われていたとしても、これまでそういう素振りは見せてこなかった。

 僕は、父親の次の言葉を待つ――。


「歌恋には、『難聴系ヒロインの呪い』がかかっている」


「…………は?」


 なんちょう……なんだって?

 言葉の意味が理解できない僕に、音無さんの父親は真剣な眼差しをしている。それが余計におかしかった。


「歌恋は、私が言うのもなんだが、たいへんモテる子でね。好意を寄せる人物はいくらでもいたとも」


 父親は誰に対するでもなくうんうんと頷く。

 僕もそれに異論はないので、話の続きを聞くことにした。


「ただ、あの子は呪いによって、人からの告白が聞こえない」


「それが、難聴……ですか」


 それは病院とかで治療を受けたほうがいいのでは。

 そう思った僕の脳内を見透かし、「違うんだ、そういう病気的なものじゃなくて」と首を横に振る。


「歌恋に告白しようとすると、なぜか妨害されるんだ。たとえば告白しようとした瞬間、トラックが轟音で通り過ぎたりするような」


「ああ~……?」


 難聴系ヒロインとは、そういった邪魔が入ることで告白を聞き逃してしまう。そして、男子は一世一代の告白を邪魔され、それをもう一度言うのも恥ずかしいので、結局なあなあになってしまう……そういうことか。


「どうして僕にそんな話を?」


「君を見込んで頼みがある。歌恋に告白して付き合ってほしい」


 僕はストローで飲んでいたメロンソーダでむせそうになった。


「ど、どうして僕なんですか!?」


「言ったろう、私は恋する者の思考が読める。他の男はふしだらなことばかり考えているが、君だけは純粋な好意を歌恋に抱いている」


 そう言われると、とても恥ずかしい。


「君になら安心して歌恋を任せられる……と言っても、迷惑だろうか?」


「いえ……いえ、僕にとっては、とても光栄なことです」


 まさか、片想いをしている女の子の父親から許可を得られるとは思わなかったけど。

 そんな事情から、僕は音無さんに告白をすることになったのだ。


 月曜日。学校に登校して、音無さんに「おはよう」と声をかけられる。


「音無さん、おはよう。突然だけど、放課後、空いてる? ちょっと話があって」


 矢継ぎ早に喋る僕に、彼女は驚いたようにパチパチとまばたきし、「うん、いいよ」と頷いた。

 周りの生徒の視線が痛い。何度も言うように。彼女は学校のアイドル的存在、ライバルはいくらでもいる。

 でも、恋愛というのは先手を打ったものが勝つのだ。「僕が先に好きだったのに」なんて通じない。

 僕は覚悟を決めた。他に高スペック男子がいても関係ない。音無さんに告白して、受け入れてもらえてもフラれても、悔いがないようにしたい。


 そして、放課後の教室。僕の一世一代の大勝負が始まった。


「足立くん、どうしたの?」


「音無さん。突然こんなこと言ったらビックリするかもしれないけど、僕はずっと君のことが――」


 ドドドドド、と掘削機械の大きな音がして、僕の声は途切れた。


「あ、今、水道の工事してるんだって。で、話って何?」


「……。ちょっと、場所を移そうか」


 彼女の手を引いて教室から出る。

 工事現場から離れて、僕は音無さんと改めて向き合った。


「僕はずっと――」


 ドカァン、と爆発音。


「えっ? なに!?」


「家庭科室で調理部がガス爆発を起こしたぞ!」


「消火器もってこい!」


 家庭科室は大騒ぎだが、幸いボヤで済んだらしい。


「大変だねえ。……で、さっき何か言った?」


 ――難聴系ヒロインの呪い、こんなにひどいとは思わなかった。

 しかも告白するたびにどんどん状況が悪化してる気がする。

 音無さんのご先祖様、恨むぞ。


「僕は! 君の! ことが!」


「宇宙人が攻めてきたぞー!!」


 学校のグラウンドに降り立つUFO。逃げ惑う人々。


「逃げよう、音無さん!」


 これは流石に告白どころではない。

 彼女は――悲しそうな顔をしていた。


「足立くん。私になにか伝えたいみたいだけど、言わないほうが良いと思う」


「どうして」


「私、いつもこうなの。誰かが私になにかを言おうとするけど、いつも最後まで言えないの。私の目の前で、鉄骨の下敷きになった人もいる」


 僕は、息を呑んだ。

 彼女は、なんとなくでも、この呪いに薄々気付いていたんだ。

 それで、誰とも結ばれないのを知っていながら、花が咲くようなあの微笑みをいつも浮かべて、心で泣いている。


「音無さん」


 僕は彼女の手を引き寄せて、抱きしめた。

 腕の中で、彼女が震えている。


「こうすれば、ちゃんと聞こえるでしょ。僕は、君が、好きだ」


 耳元で、はっきりと打ち明けた。

 音無さんの耳が赤い。


 ――さて、こうして僕たちは結ばれて、宇宙人も祝福してくれたわけだが。


「基くん。実は、うちの娘、難聴なだけなのでラブレターを渡せば解決したんだよね」


 音無さんのお父さんは、意外と意地悪な人だった。

 僕は「今までの苦労はいったい……!?」と放心する羽目になったのだ。


〈了〉

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