9話-②:超魔法国家主義
李は急ぎ足で歩きながら、秘書官と護衛のSPたちと共に自身にあてがわれた個室にたどり着いた。扉が閉まると、わずかに吐息をつき、背筋を伸ばして落ち着きを取り戻す。
秘書官はすぐに報告を始めた。「ボス、先ほどの撃墜について追加の情報が入りました。 情報が錯綜していますが、どうやら我が国の殲-20だけでなく、日本のスクランブルをかけた戦闘機も撃墜されたという情報が入ってきています」
李の眉が一瞬険しくなり、逆に沈むような静けさで問いかけた。「何? 日本の戦闘機もか? 一体どういうことだ? 相打ちか?」
「確定した情報ではありませんが、海中から何かしらの飛翔体が飛び立っている可能性が分析官の衛星画像の分析で示唆されました。 同時間帯に、同海域で強力な魔法反応も検知されています。 その飛翔体がミサイルであるとすれば……」
「海中から戦闘機を撃墜できるほどの対空ミサイル攻撃だと? 聞いたことがないぞ……」
通常、海中から攻撃を行えるとしたらそれは潜水艦だ。しかし、潜水艦からの対空ミサイル攻撃は、敵機を落とせたとしても、自分がそこにいることを敵に教えてしまうハイリスクな攻撃だ。
潜水艦は見つからずにいるからこそ、その真価を発揮することができる。潜水艦が見つかるとき、それは護衛艦や対潜ヘリにハチの巣にされるときだ。
したがって、どの国も例外ではなく中国においても、魔法探知を避けるため潜水艦は非魔法が主流となってきており、ステルス性の向上に心血が注がれている。
しかし、それが以前から運用されてきた魔法性の潜水艦だとすれば……?そして、今現在は東海艦隊が日本海で演習中であり、潜水艦の安全が担保されているとすれば……?周少将の顔が思い浮かび、嫌な想像が広がってしまう。
李は一瞬、呆然とした表情を浮かべたが、すぐに深く息をついて、判断を固めた。何であろうと対応は変わらない。エスカレーションを避けなければならない。
「今すぐ日本政府とアメリカ大統領に連絡を取る。 事態の詳細を把握するためには彼らとの協力が不可欠だ。 今は時間だけが金だ」
ベランダに出て通信を繋ごうと試みていたSPの一人が部屋に戻りながら報告してくる。「主席、先ほどから日本大使館への連絡が全く繋がりません。 さらに、衛星電話も応答がありません」
「なに?」李は動揺を押し隠しつつSPの顔を見つめた。
さらにもう一人のSPが続ける。
「ホットラインも使用できません、主席。 通信回線がすべて不通のようです」
李は焦りを隠せず、さらに眉間に深いしわを寄せる。そして自ら端末を取り出し、試しに北京の本部に連絡を入れるが、虚しくも何の応答も返ってこない。
「北京にもつながらないだと?」李は握り締めた端末を見つめ、わずかに震えを覚えた。
李が通信が一切繋がらないことに動揺していると、突然、部屋のドアが開き、周少将が四名の完全武装した兵士と共に入ってきた。その後には、東海艦隊の幕僚や政治委員も続く。
兵士たちの軍服には、虎が剣を加えたワッペンが刺繍されており、彼らが人民解放軍海軍の精鋭特殊部隊『東北猛虎』に所属していることを示している。その鋭い目つきと並外れた体格は、彼らが厳しい訓練を潜り抜けた選ばれた魔法使いであることを物語っている。
李は厳しい表情を浮かべ、周少将に詰め寄る。「どういうことだ? 何故どこにも通じないのだ? 日本やアメリカだけでなく、北京ともだ! 今すぐに連絡手段が必要だ!」
周少将は厳格な雰囲気をまといつつ、「主席、基地は緊急的な脅威にさらされていると判断し、封鎖措置をとりました。 基地内の全ての通信を遮断しています」
李は一瞬、言葉を失い、その後、強い怒気を帯びた声で問い詰める。「私はそんな命令を出していないぞ! 君にそんな権限はない。 しかも、我が国の戦闘機だけでなく、日本の戦闘機も撃墜されたとの報告があるのだぞ!」
怒りで目の前が真っ暗になりそうになりながら、一方で最悪の未来への恐怖から少し冷静になり、「ただちに中央政治局常務委員会を招集する。 そして今すぐに日本、アメリカと連絡を取り、事態を掌握しなくてはならない。 このままでは戦争になるぞ」
周少将は微かに笑みを浮かべ、冷ややかな目で李を見つめ返してくる。「この状況においては、事態の判断と指揮は私が行うべきと判断しました。 中央政治局常務委員会の招集も、外国政府との連絡も、あなたの役割ではない」
「何を言っている! 気でも狂ったのか?」李は周少将の言葉に強い違和感を抱き、理解し難い状況に戸惑いながらドアへ向かおうとした。だが、その瞬間、『東北猛虎』の兵士たちが一斉に拳銃を抜き、李に向けて構えた。
SPの一人が即座に反応し、拳銃を抜いて応戦するが、銃弾は兵士たちの装甲魔法に阻まれてしまう。そして逆に、弾道を操るような技で、SPの頭部に命中弾を浴びせ、SPはその場で倒れ込んだ。続いて残りのSPたちも瞬く間に制圧され、部屋には沈黙が広がった。部屋の隅では秘書官が怯えて棒立ちになっている。
周少将の一瞥を受けた『東北猛虎』の一人が頷き、李の足を撃ち抜いた。激痛が李を襲い、彼はその場に膝をつく。
周少将は李の前に立ち、冷たい視線を向けて言い放つ。「これから先、全ての命令は私が下す」
李は顔を歪ませながらも、毅然とした口調で返す。「党や人民解放軍があなたに従うと思うか? 人民も暴力によるクーデターを認めない」
周少将は冷笑しながら、「非魔法使いの力など不要。 東海艦隊の力が証明されれば、人民解放軍や人民も自然と従うでしょう。 超魔法国家主義こそがこの国を導く唯一の道! 我々は、魔法の力を駆使して国家の安全と繁栄を確保し、世界の秩序を再構築する」
周少将は冷酷でありながら強い信念に満ちた眼差しで、「私が中華人民共和国の国益を守る。 マナシンクロナイザーにより増大する日本やアメリカ、いかなる内外の脅威からも。 軟弱な非魔法使いのリーダーが招く脅威からもだ!」
李は痛みで汗を滲ませながら、言葉を絞り出すように反論した。「人民に裁かれるぞ。 クーデターで魔法使いの独裁が復活しても、国際社会は黙ってはいない。 世界を敵に回して勝てると思うのか?」
痛みと急な展開に頭が回らない。すでに行動に移った周少将に対して、このようなことを言っても意味はないというのに、これ以上の言葉が出てこない。
「人民を守るための独裁はこの国の伝統だ。 そして、民主主義は時間がかかりすぎる。 強い者が外敵に備えなければならない。 そして変化には痛みを伴う。 もう言うことはない。 連れていけ。 生かしておけば役に立つ。 秘書官もろとも地下に放り込んでおけ」
兵士たちは、容赦なく李を抱え上げ、引きずるようにして部屋を出て行った。周少将はその後ろ姿を見送りながら、魔法の力で新たな秩序を築こうとする野望に満ちた瞳を妖しく輝かせている。
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