第2話 村
「すみません。一泊お願いします」
そう王様に軍資金としてもらったお金を手渡す。
どうか、私の顔が知られてませんように。
やっぱり怖い。今までこんなことを頼んで入れてくれる場所なんてなかった、城下町の人たちは皆私の顔を記憶していたのだから。
「分かったわ。マリア、案内してあげて」
「はーい!」
その言葉を聞き、一気に安心した。
本当に良かった。流石に城外には私の顔も伝わっていないらしい。
そして一泊安全な宿に泊まれてほっとする。
今までずっと危険な場所にいたこともあり、安心だ。
もうベッドが気持ちよすぎる。まだ、夕ご飯も食べていないのだが、もう寝てしまってもいいくらいだ。
ここでは寝ているときに魔物に襲われる可能性なんて無いのだ。
村の中は、草原の中と違ってだいぶ安全だ。城内ほどではないが、村の入り口と出口に、魔物が嫌う香水が巻かれている。そのおかげで、弱い魔物は村には入ってこれないらしい。
皆に嫌な顔をされながらも学校に行っておいてよかったと思う。そうじゃないと、城外のことなんて何も分からなかったのだし。
正直こんなに気持ちのいいベッドは生まれて初めてだ。
暫くゴロゴロとしていると、「ごはんだよ」と、私を呼ぶ声がした。はーいと答えて下に行く。
テーブルの上を見ると、おいしそうな料理が置いてある。
見ているだけでよだれが出そうだ。
思えば私、まともな手料理なんてほとんど食べてなかった。
せいぜい、学校の食事くらいだ。それも、手抜きの料理だったけど。
でも、これはどう考えてもおいしい。この見た目で美味しくなかったらただの詐欺だ。
そう思えるくらいの見た目である。
まず、手始めにスープを軽く飲む。
「暖かい」
疲れが一気に吹き飛びそうなほどおいしい。
なんだろう。こんなに美味しい物初めて食べた。
「幸せ」
こんなくそみたいな人生だけど、この味だけで生きててよかったと思える。
「なんだか、私も喜んでもらえてうれしいわ」
女将さんがそう言う。
嬉しそうだ。
「リスリィさん。あなたは旅の冒険者なのよね」
宿に入るとき、そう言って登録したのだ。
「ええ、だからこそ、美味しいです。普段ろくな物を食べてなかったので」
冒険者の中には魔物の肉を喰らいながら生活している物もいる。そして、総じて言えば、魔物の肉は美味しくない。
一部食べられる魔物もいるが、全体の五パーセントほどだ。
決しておいしくはない。
「だからこそ、人のぬくもりを感じられる料理は美味しいです」
「そ、ありがと」
その後、肉や、パンなどを食べたが、それもやはり全てが最高だった、
そしてその後はベッドに潜った。
元々は一泊の予定だったが、急遽二泊に変更した、
単に疲れているのもあるし、この料理をもう一度食べたいからだ。
それに魔王討伐の制限時間なんて言われてないのだし。
そして、翌日。目が覚めた時にはもう、時計の針は十一を指していた。昨日は八の針を刺していた時に寝たから十五時間だ。
それを見ると、本当に疲れてたのだと自分で思う。
そりゃ、初めて見る世界、初めて見る魔物、初めての戦いから疲れるのは当たり前のことだが。
そして村をぶらぶらとする。中々平和な村だ。
魔物のせいで貧乏なはずなのに、中々活気がある。
小さい村だが皆たくましく生活している。
「お客さんかね」
その時に、一人の農家の方が話しかけてきた。年齢は五〇台前半くらいだろうか。
「いやー、最近は魔物が狂暴化して、あまり人が来なくなったものだから、嬉しいもんだねえ。いるかい?」
そう言って与えられたのはパンだった。
「買いすぎたからおすそ分けだと思って」
おすそ分け。
「あ、代金払います」
「いーや、いいよ。人への親切はいずれ自分にも帰ってくるから。それにこれはパン屋さんへの宣伝だよ。このパンを食べておいしいと思ってパン屋さんに行けば、そのパン屋さんはもっと小麦を買ってくれる。つまり、わしが儲かるのさ」
「屁理屈……?」
「屁理屈ではない。それが経済の仕組みよ」
そう言われてしまったら仕方がない。
パンを素直に受け取る。
そして一口かじると、美味しさが広がっていく。
あれ、普通に城下町のパンよりも美味しいんだけど。
「やっぱり美味しいと感じるか」
「まだ、私何も……」
「顔を見たらわかるよ。幸せそうだ」
「すべてお見通しなのね」
「ああ、そうだな」
「私。お代わり買ってきます」
「おう、そうか。作戦成功だな」
そう言って微笑むおじいさん。なんだかこの村いいな。
魔王討伐なんてしないでこの村で生活したい。
そんな時だった。
「魔物が来たぞー。逃げろー!!」
その声を聴いた。
「なぬ、また魔物か」
そうおじいさんは呟く。
「私、ちょっと様子見てくる」
そう言って村の入り口の近くに行く。
すると、巨大な――全長三メートルほどある――鳥がいた。
魔物よけの匂いにやられんと来た魔物だ。きっと、強敵であるに違いない。
ああ、この村にもう一泊しててよかったな。
そのおかげでこの人たちを守ることが出来る。
私は魔物の前に立つ。
「ちょっと、リスリィさん、危険ですよ」
そう、おかみさんが言う。でも、私は、
「大丈夫です。私が倒しますから」
この村を守る。
この私に人生の楽しみを教えてくれた村なんだから。
「行くよ」
そう言って私は暗黒の弾を出そうとした。
だが、直前で思いとどまった。
あんな邪悪な球を出したら、きっと私が大魔王の器だとばれてしまう。
となれば、あくまでも打撃だけで戦った方がいい。
私は早速地面を蹴って、一気に鳥の方へとジャンプする。
そして、鳥に向かって拳を繰り出す。
しかし、その攻撃は鳥に素早く避けられてしまう。
なんて速いんだ。これじゃあ、攻撃を当てることもかなわない。
しかもあの鳥、空中で私を嘲笑うかのように飛び回っている。
なんてうざいんだろう。私なんて眼中にないとでも言いたいのだろうか。
私はまだ魔力の使い方なんてあまりわかっていない。つまり、飛ぶことなんてできない。
だが、ここでやらなければならない。飛べなくとも、大魔王の器とばれずに、大魔王の力を封じながらこいつを倒さなければならない。
ああ、制約が多い。
でも、そんな制約なんて打ち破って見せる。
魔法が使えないのならば、遠距離に充てる方法なんてない。だが、魔力を使う訳にもいかない。
そのための方策は今のところはない。
いや、私は馬鹿か?
村の人を守るために村の人に嫌われる。
この人たちが死ぬよりも私は……
私は今まで避けられてきた。そのトラウマが私に魔力を使うのを押しとどめる。
でも!
その代わりにこの人たちが死ぬのを、私を受け入れてくれた人たちが死ぬのを感化させるわけには行かない。
嫌われても、どうせ私は闇の中でしか生きれない生物だ。
人に嫌われ、人に恐れられる。
そんな日々が続いた私にはもうどうだって関係がない。
戻りたくない。けどそれはこの人たちを見殺しにした時も同じだ。
実際、魔物の援軍が来そうな気配がする。魔物よけの香水は鳥のせいですべて蹴散らされてしまった。
どのみち、私が全力を出さずに勝てる相手などではない。
「やるよ」
もう決めた。この人たちを助けるために嫌われる。
あの油断している鳥を地面に叩き落すんだ。
そう決めた私は闇の魔弾を作り出す。
もう私には使い方は分かっている。
あの鳥を逃がさない程度のスピードで、しかも仕留められる程度のダメージの攻撃を加える。難しい事だが、もうやりようなんてわかっている、
「ダークアロー!!」
「なんと禍々しい」
一人の村民がそう口にした。でも、もう気にしない。
「堕ちろ!!」
私は一気に三本の漆黒の矢を飛ばす。
その攻撃によって、鳥は一気にダメージを受けたのか、地面に落ちていく。だが、そこで鳥の目つきが変わった。
これは覚悟を決めた物の目だ。
私を狩るための獲物ではなく、全力を込めて倒すべき強敵とみなしたのだろう。
ならば、私はそれにこたえるだけ。
闇を一気に開放し、闇の火炎球を私の手元に残す。
攻撃してきたら一気にこれで燃やすという事だ。
鳥も警戒している。中々近づいてこない。その代わりに、青色の炎を吐いてきた。
なるほど、距離を取って攻撃してくるか。正直言ってうざい。何しろ、今の鳥相手に攻撃は当たらないと思うのだ。
しかもこちらには守るべきものが多数存在する。それらをすべて守りながら戦いはやりにくい。
例えば宿を攻撃されたら、私には守るしかない。
最初の攻撃は地面に向けて放ってくれたから何とかなったけど、次はどうなるかわからない。
鳥が、建物に目を向けた。
やっぱりか。
空から青い炎が飛んでくる。私は一旦闇の球を諦め、闇の弓で、炎を打ち返す。
しかし、このままではじり貧もいいところだ。
さっさと倒さなければ。
私の魔法は消費魔力が多いのだ。
だが、少し工夫したら空が飛べる。
このダークアロー。
私がこれにぶら下がったらどうだ。
「ダークアロー!!」
私は矢をつかみ空に飛ぶ。
だが、その際に鳥がこちらに青い炎を飛ばしてきた。
やはりか。
私はそれを闇の盾を作り出して防ぐ。
そして矢を蹴って、鳥に襲い掛かる。
そして鳥に飛び乗った。
そのまま、頭上から闇の弾を叩きつける。
鳥は暴れるが、そんなもので落ちるような私ではない。
必死にしがみつきながら継続して攻撃を加えていく。
そのまま鳥は地面に落ちた。
「やったの?」
鳥は動かない。近づいてみる。
やはり動きを見せない。でも、念には念をだ。
とどめと、近距離から闇の球をぶつけた。
「ふう」
そう言って周りを見る。
おびえている。
そりゃあそうだ。目の前でこんな恐ろしい力を使ったのだ。おびえない方がおかしい。
「それじゃあ、私は早いですけど、行きます。とりあえず、この魔物達を全員滅してから」
村の周りに警戒した様子で、魔物が沢山取り囲んでいる。
「待ってください」
「待つわけには行きません。私は、ここに居てはいけませんから」
「我々はあなたに感謝してるのですから。その恩を返さないと」
感謝している?
聞き間違いかしら。
「あなたたちは私が怖くないの?」
「確かに、禍々しいけど、その力が私たちが助かったのなら、それは邪悪なんかじゃないわよ」
そう言って笑う女将さん。
「「「そうだそうだ」」」
「……」
この力を見せてもなお、認めてくれるの?
まさかそんな夢みたいなことがあるなんて思ってもみなかった。
「ありがとう」
背後に新たな魔物が襲撃してくる。
「私は村を守る」
魔物達を闇の弓矢で殲滅した。
だが、魔力を全部闇の弓矢に変えたせいで、体力の消費が激しい。
私はその場にへたり込んだ。
そんな私に沢山の人たちが駆け寄る。
「お腹がすきました」
私は皆にそう言った。
「それじゃあ、好きな分だけ貰って行ってね」
そう言ったパン屋さんの店主は私にパンを取るように促す。
「お金なら払いますのに」
「いやいや、英雄に払わせてたら、バチが当たってしまう。ただでもらってくれ」
「ありがとうございます」
そう言って私は気になったパンを数個だけ買う。
そしてそのままほおばる。
美味しい。しかも焼き立てだからか、先程農家のおじいさんにもらったパンよりもはるかに美味しい。
元々美味しかったというのに。
「それで嬢ちゃん。この村で暮らすっていうのはどうだ?
その場合、俺たちは歓迎するぜ。聞いた話だと、嫌な思いをしてきてるんだろ? この村は歓迎する。誰も君を嫌わない」
「……」
魅力的な話だ。私は何も趣味で魔王の討伐にいそしんでいるわけでは無い。
ただの命令だ。それに、背く権利だってあるはずだ。
王様を守る?
なんで嫌いな人間を守らなければならないんだ。
でも、でも、だからって罪のない人を見殺しに出来る訳がない。この村の人たちみたいないい人もいるかもしれない。
「わたしはやっぱり、戦います。世界を救った後で、この村に戻ってきます」
魔王を討伐した後、雲隠れしてひっそりと過ごす。
今までとは思えないくらいいい人生じゃん。
そのためなら私は頑張れる。
「だからその時に歓迎してください」
「ああ、分かった」
そして、パン屋さんを出ると、一人の子供が私に話しかけてきた。
「なあ、お姉さん」
「どうしたの?」
「昨日のあれ怖かったんだけど、俺にも使えるー?」
そう聞いてきた。可愛い子供だ。
「なんかこう、禍々しい感じ。俺憧れるんだよ」
「そう。……でもね、これはお姉ちゃんにしか使えないの」
大魔王の力だから。
「だから魔法が学びたかったら、学院に入ると良いよ」
「そっか、ありがと、姉ちゃん」
その日の夜。
「本当にありがとうね。沢山お食べ」
昨日よりもはるかに豪華な料理が用意された。
英雄扱いもなんだかむずかゆい
「それで、リスリィちゃん。あなたは何者なの?」
「私は国から魔王討伐を命じられた勇者ですよ。それも、特殊な力を持った」
特殊な力。そう、大魔王の魔力。
「そう。詳しいことは話してくれないのね」
「いえ、信用して話します。私はとある魔王の魔力を生まれながらに持って生まれました。その力を魔王討伐に約立てたいのです。何を言っているのか分からないかもしれません。でも、それしか言えない」
「……私は、それでもあなたはあなたと思ってるから。とりあえず村を救ってくれてありがとうね」
「いえいえ」
そして私は食事を楽しんだ。
そして翌日。名残惜しいけれど、村を出る。
「それでは行ってきます」
私は村を背に向けて出発した。
見送りには数十人もの人が来た。そして、「がんばって子よ」「早い帰りを待ってますよ」「死ぬなよー」などと激励の言葉を賭けられる。
「私は必ず魔王討伐を成功させて、この村に帰ってきます。その時は私を受け入れてくれますか?」
「勿論だ」「そりゃ」「ええ」
おおむね同意だ。これは嬉しい。
頑張らなくちゃ。
必ず魔王ラベンヌを倒し、この世界を、この村を魔物の脅威から救うんだ。
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