隣の美人お姉さん、俺がいないとダメそう

オーミヤビ

第1話

 小学生、中学生の頃、大人という存在は極めて高い壁で、まるで絶対的なモノであるかのように感じられた。


 親や先生などといった、身近に接する大人が従うべき対象であるのだと刷り込まれているのが理由のひとつだろうか。


 門限を一分でも破ったり、宿題を家に忘れたりしたときは、それはそれはこの世の終わりなのではないかと、冷や汗をかいたものである。



 だが高校生になり、視える世界が広がると、そういった大人のメッキというのはポロポロと剥がれていった。

 難攻不落の牙城が、案外、わらの家のようではないかと感じられるようになった。


 これもまた、理由はさまざまあるだろう。

 親元を離れて自立するようになったり、いろいろ物事を経験して価値観が変わったり。

 さまざまな要因で、大人というものに対する絶対的な尊敬は薄らいでいく。



 俺、如月きさらぎ 葉月はづきももれなくソレであった。


 通学距離の関係などで一人暮らしするようになって。

 バイトを始めて、ろくでもない客に相対するようになって。


 大人って案外大したものじゃないんだな、と思い至った。


 一応言っておくと、大人を舐めているというわけではない。

 ただ、昔ほど絶対的なものであるという価値観がなくなったというだけだ。


 高校生だと、このポジションに部活の先輩なんかがスライドインしてくるのかもしれないけれど、生憎俺は部活無所属。

 そういった、超えることのできない壁という存在は身近にいなくなっていた。


 ……というかむしろ、そんな存在だったはずの大人を、立場にもなりつつあるのが現状であるし。



***



 一人暮らししているアパートに着く。


 一介の高校生が高い家賃を払えるわけでもないので、やっすいボロアパートだ。

 まぁ、最低限の“住”を満たすことができればそれでいいから何も文句はない。


 勢い付けて踏み込んだら抜けそうだな、なんて思える階段を上り、自分の部屋の扉の前……を、


 となりの部屋の扉をノックする。

 インターホンを鳴らしてしまうと、ほかの部屋の人まで反応してしまう可能性があるからだ。


「すいませーん」


 少し待っても反応がなかったため、呼びかけてみる。

 そこで不意に、違和感を感じた。

 

 なんだか、焦げ臭いニオイがする。

 ずっと嗅いだら体調崩しそうなニオイだ。


───ドタドタと、扉の向こうで物音がする。


 と思ったら、その音を隔てる目の前のトビラは勢いよく開け放たれた。



「ご、ごめん。ちょっと……、取り込んでてさ」


 現れたのは、黒髪の女性。


 あまり手入れをしていないためかボサボサにケバ立っており、艶もない。

 服装もくたびれた短パンにキャミソール1枚という、だらしない感じだ。


 しかし顔だけは、すっぴんだろうに妙に綺麗で、もう見慣れているというのに目と鼻に先に来られるとつい言葉を失ってしまう。


 ……だが、すぐに我に返って。


「焦げくさっ! なにがあったんですか?!」

「あー、えっと。ちょっと料理をしてみようと思ってさ。君に頼りっきりも申し訳ないし……」


 ちっちゃくなるように肩をすくめるお姉さん。


 いや、まぁ。それは大変良い試みだとは思う。

 思う……けど、ちょっと待ってくれ。



「すいません、今もジューって音がするんですけど、これはなんですか」

「……あ、」


 今ようやく気付きました、とでも言わんばかりに声を洩らして、急いで部屋の中へと戻っていった。


「……あわや火事じゃないですか。まったく」


 ぽつりと、呆れのため息交じりにつぶやく。

 まぁ、彼女には聞こえてないのだろうが。


 ……冷蔵庫の中身、全滅してないといいなぁ。


 なんて思いながら、俺は部屋の玄関をくぐった。


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