回帰した奴隷令嬢は幸せを掴む
温故知新
第1話 捨て子のささやか幸せ
「その子、捨ててちょうだい」
――それが、生みの母親から最初で最後にかけられた言葉だった。
私が生まれた国『リグラン王国』は大陸イチの大国であり、優れた容姿と魔力が貴族のステータスとして重要視されている。
そんな国では、貴族の家に生まれた子どもが劣った容姿ならば、殺しても捨てても罪には問われず、平民の中で容姿と魔法に秀でている者がいれば、本人の意志など無視して貴族の家に迎えていいという暗黙の了解がある。
要は、平民も貴族も容姿と魔力で人生が決まるのだ。
特に、私の生まれたジェフリー公爵家は、容姿端麗を何よりも最重要視していて、生まれたばかりの赤子を捨てることに何の躊躇いもなかった。
建国時から王家を支えている公爵家にとって、醜い者がいることが罪なのだから。
生みの母から『醜い』と蔑まれ、赤子の私をあっさりと捨てた両親と使用人達の関心は、双子の妹として生まれた赤子に向けられた。
それでも、母に私を捨てるように命じられ、私を抱きかかえて部屋を出た侍女は、誰もいない廊下を歩いきながら人知れず涙を流した。
「おかしいわよ。こんなに可愛い子を醜いと蔑んで捨てるなんて。この家の人達は……いえ、この国の貴族はどうかしているわ」
母の侍女をしていた彼女は、隣国の元男爵家の次女で、実家が没落したことで出稼ぎのためにこの国に来て、縁あって公爵家の使用人として働き始めた。
「良いわよ、こんな可愛い子を捨てるなら私が育てる! だから、あなたは今日から私の子よ!」
屋敷の外に出た侍女は、主の命令を無視し、転移魔法を使って屋敷のある王都からかなり離れた辺境の小さな村にある彼女の住む家に私を迎え入れた。
「ここなら安心よ。でも、仕事が残っているからこの子は隣家のマーサさんに面倒を見てもらうことにして……あ、そうだ!」
生まれたばかりの赤子の私の頭を優しく撫でた彼女は、聖母のような優しく笑みで私に名前を授けた。
「あなたの名前はアカーシアよ。これからよろしくアカーシア」
こうして、私は生みの母の侍女であり、育ての親であるハンナの子『アカーシア』として育てられた。
「お母さん見て! 今日は先生に読み書きを褒められたよ!」
「良かったわね! アカーシア! お母さん、とっても嬉しいわ!」
私がお母さんの子として引き取られて10年後。
お母さんの言いつけで村の外に出ることが無かった私は、お母さんが働いている間は、村の一員として村人のお手伝いをしたり、村に1つしかない学問所で村の子達と一緒に読み書きを学んだり、村の広場で遊んだりしていた。
そして、お母さんが仕事から帰ってくると一緒に家に帰って、その日の出来事をお母さんに話して、ご飯と食べて、お風呂に入って、一緒のベッドに眠った。
そんな慎ましくも穏やかな日々を過ごしていた私は、10歳の誕生日にお母さんから私が本当は貴族の子でお母さんとは血の繋がりが無いことを教えてくれた。
でも私は、優しくも厳しいハンナお母さんのことが大好きだったから別に構わなかった。
「アカーシア、私はあなたのお母さんで本当に良かったわ」
「どうしたの、お母さん?」
「ううん、何でもないわ」
いつものようにお母さんに今日のことを話すと、疲れた顔をしながらも優しく微笑みかけるお母さんの言葉に少しだけ嫌な胸騒ぎを覚えた。
けれど、お母さんが作った美味しいご飯を食べ終わった私は、嫌な胸騒ぎを忘れようとお母さんに駆け寄って思いっきり抱きついた。
「私もお母さんの娘で本当に良かった!」
――捨てられそうになった私をお母さんが育ててくれたから、私はこうして幸せに生きている。だから、これからもこの村でお母さんと一緒に暮らしたい!
けれど、その翌日、お母さんは突然帰らぬ人になった。
母の葬儀に参列してくれた村人曰く、雇い主の反感を買ったお母さんは、毎日休憩無しで過酷な労働を強いられていたとのこと。
幸い、定時に帰れたものの、その過労が祟って儚くなった。
優しい母が目の前からいなくなり、声を上げながら涙を流した翌日、突然『母の勤め先の人間』と呼ばれる大人達が私を無理矢理連れ去り、母の職場であり私の生家である屋敷に、どこかの男爵家の次女として働かした。
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