滅びの種:Doomed-Seed

椎名ユシカ

プロローグ


 恒星間入植船「Phageファージ-No.χカイ」が漂う空間には、音がなかった。外の世界は冷たく、暗い。それでも、この船の中には命が生きている。


 Phageファージ-No.χカイ――人類が最後に作り上げた巨大な鉄の箱。


 かつて地球が滅びかけたとき、限られた人々だけがこの船に乗り込み、宇宙へと旅立った。「新天地を目指す」という希望に胸を膨らませていた者もいただろう。けれど、それは遠い過去の話だ。


 この船で生まれ育った「漂流世代」にとって、入植船はただの牢獄である。外に出られる希望など見えないまま、生活は延々と続くだけだった。


 制御室の冷たいガラス越しに、ウプシロンは深い霧のような感覚を覚えていた。未来の断片が左眼に映し出されるたび、その瞳に黄金の光が宿る。


 ウプシロンは「未来を知る」存在。だが、その力は、彼女を苦しめる呪いでもあった。


 どの未来を見ても、終わりがある。新天地などたどり着けない未来ばかりだ。それでも、この船に生きる全員を導くことが彼女の役割だった。


「今のままでは、この船が壊れる……」


 ウプシロンは呟き、制御端末に向かう。

 冷たい金属のパネルが光り、船内の状況が浮かび上がった。その中には、深刻な問題がいくつも記録されている。


『再生処理プラントの機能低下を検知――』


 再生処理プラント。空気や水、食糧など、人々の生命維持に欠かせない施設だ。それが壊れれば、この船にいる誰一人として生き残れない。


「未来を見ている私が、何もできないなんて……」


 自嘲気味に呟きながら、ウプシロンが立ち上がる。彼女の冷たい表情には、それでも使命感が滲んでいた。自分が動かなければ、この船にいる全員が滅びる。その事実だけが、彼女の心を突き動かしている。


 しかし、Phageファージ-No.χカイの中には、そんな危機感すら持たない者たちもいた。特に「漂流世代」の若者たちは、この船の狭い世界しか知らない。地球の青空や緑の山々の話を聞いても、それは「遠い過去」にすぎなかった。


『俺たちはただの荷物だ。未来なんて、どこにもない』


 そんな諦めが船内には広がっている。だからこそウプシロンは、諦めずに動き続ける必要があった。それがたとえ、何度も同じ未来を繰り返し見るだけの「呪い」であっても――。


 冷たい鉄の箱の中、未来を信じる者と、信じることを忘れた者たちの物語が今、動き出す。滅びゆく人類が目指すのは、新たな故郷か、それとも――。

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