第37話 群衆と迷子


 カフェを出たベルナルドとヴァレリアは大通りを北へ歩いた。

 本日の『恋思合』の後半に予定されている、博物館に行くためだ。

 背後や道中の建物の上層などから、しばしばシャッターを切る音がする。

 往来の人々は口々に声援を送った。中には泣いている者もいた。


『将軍、どうかその野蛮人に勝ってください』

『戦争が終わったらそんな男、真っ先に殺してしまえばいい!』

『デスイエロ将軍―! ありがとうー!』


 公開審問の内容は各社が一斉に報じていたので、市民の多くは法廷で何があったかを知っている。

 ヴァレリアの証言は、ベルナルドを『国家の敵』のみならず『女性の敵』に仕立て上げてしまった。

 だが彼女が訴追を逃れるためにはああ言わなければならなかった。

 ベルナルドもそれを分かっているからこそ、罵倒も非難も全て受け入れると決めたのだ。


 歓声と非難が大きくなるにつれて、大通りは制御を失い始める。

 人波のうねりが生じて、左右の整頓された流れが消えてしまった。


「ママー……」


 ベルナルドの耳が子供の泣き声を聞き分けた。

 彼は群衆のほうへ駆けだす。


 敵国の終焉兵器が走って来たことで、群衆は一斉にパニックに陥る。

 しかしヴァレリアが「全員、動くな!」と空を貫きそうな火柱を放ったため、騒ぎは一瞬にして沈静化した。


「うえええん」


 青年は泣き声の主に近づいていく。

 やがて大人たちの足元でしゃがみ込んで泣いていた男の子を見つけ、救いあげた。


「泣くな、泣くな」彼は少年を抱きかかえながらなだめた。「もう大丈夫だ。お母さんを一緒に探そう。な?」


 少年は三歳か四歳ほどで、丸々とした頬を真っ赤にしていた。

 ベルナルドは彼を連れてヴァレリアのところへ戻った。


「ありがとな、注意を引いてくれたおかげだ」

「市民の危機に義務を果たしただけだ。……母親とはぐれたのか、その子は」

「みたいだ。探してやらないと。ぼうや、お母さんはどんな人?」


 だが少年はベルナルドの顔をじっと覗き込んでいて、質問には答えてくれない。

 大きな瞳で見つめられ続けていると気恥ずかしさがまさってくる。


「えっと……どうした?」


 自分のことを知っていて、恐怖のあまり固まってしまったのだろうか。

 不安になった彼は少年をヴァレリアに渡した。


「ちょっと持ってみてくれ」

「お、おい! 本官に押し付けるんじゃない……!」


 咄嗟に受け取ったヴァレリアだったが、その姿勢や腕の回し方から、子供とのふれあいが皆無であることが一目で分かる。

 カチコチ、ギクシャク。傷つけない微量な力の入れ具合に苦戦していた。


「聞いてみてくれよ、お母さんはどんな人かって」


 ヴァレリアは子供と目を合わせ、「つぶらな瞳は、お前に似ているな」と小さく言い、少年に話しかけた。


「いいか少年、今から本官の言うことをその耳かっぽじってよく聞け」

 そこまで言って本職の血が騒ぎでもしたのか、彼女はいきなり子供の脇下を支えて持ち上げ、大声でまくし立てた。

「一言一句、聞き漏らすことは許さん。返事は!?」


 どうだ、と彼女がドヤ顔をベルナルドに向けたのもつかの間――子供は大号泣した。


「うぎゃああああああ」


「わっ、わっ、泣いた! ベルナルド、やはりお前が持て!」


 ヴァレリアはその場で軽く飛び上がるほど仰天し、あたふたしながらベルナルドに子供を強引に預けた。

 男の子をかばうように抱き寄せた彼はヴァレリアを非難する。


「こんな小さい子に『聞き漏らすことは許さん』とか『返事は!?』って言うやつがあるか! 入隊初日の新兵じゃねえんだぞ!」

「だ……だって子供との接し方なんて知らないし……あっ、でも、そろそろ勉強しておくべきだろうか……?」

「なんで途中から湯気出してるんだ?」

「う、うるさいっ! 早急に親を探すぞ!」


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