第3話 告白と協力
「お前のことが好きだ、ベルナルド」
ベルナルドの脳裏をよぎったのは「勝利」の二文字だった。
だが思い直す。
『恋思合』の開催は明日だ。
なら今の告白に何の意味が?
まさか本当に――
思考が考えたこともなかった道を進みかける。
が、理性が彼を元の道へと突き飛ばした。
繋いでいた手を強引に引き離し、将軍から距離を取る。
「あんた、正気か……?」
ヴァレリアの目が見る見る元に、冷たく鋭いものに戻っていく。
だがすぐに眉間からしわが消え、視線があちこちを泳ぎ始めた。
顔が赤くなって、また湯気が出始めた。
「っ! ほ、本官は……なんてことを……」
湯気から例の垂れ幕にベルナルドは視線を移した。
自分とヴァレリアが恋に落ちているかのような絵。
センスのない、悪趣味な冗談だ、と改めて思う。
強いて言うなら今のヴァレリアは確かに垂れ幕に描かれたように、頬を赤らめ、横目でチラチラと自分を見てきてはいるが。
「これこれ二人とも、手が離れておるぞ」
後ろで話していた皇帝が二人の手の距離を見咎めた。
「退場するまでは手をつないでおけ。新聞社が写真を撮りたがっている」
そういってまたやってきては彼らの手を取り、もう一度握り合わせようとする。
「もういいってじいさん!」
「陛下、どうかお許しください。本官、この男と手を握るのだけは――」
その時、闘技場が哭くほど強い風が吹いた。
観客席のあちこちで『デスイエロ将軍ポスター』やらフードの包み紙やらが舞い上がる。
垂れ幕も大きく揺れた。根本がギシギシと軋み、下端に通してある重りの金属パイプが前後にじたばたと動き、徐々に振れ幅を大きくしていく。
「嫌な予感がする」
ベルナルドの直感は的中した。
垂れ幕を屋根につないでいた金具が弾け飛んだ。
垂れ幕は落下を始めた。しかも風の抵抗を受けやすいため、軌道がかなり不規則だ。
「観客席に落ちるぞ!」とベルナルドは叫んだ。
垂れ幕のパイプは大人五、六人分の長さがある。重量も相応だろう。直撃は致命傷を免れない。
将軍が垂れ幕を見上げながら声を張り上げた。
「野蛮人、手を貸。本官は布を!」
「……っ、分かった!」
二人はそれぞれ違う場所へと跳躍した。
この時、垂れ幕は二階席の手すりの位置を過ぎていた。
「燃え尽きろ!」
垂れ幕へ一直線に跳んだヴァレリアの手から火炎が放たれ、一気に脅威を包み込んだ。布地が見る見る灰と化していく。
だがパイプを瞬時に溶かせる温度ではなかった。
溶かせば下の観客にかかってしまう。温度を調節したのだ。
空気抵抗を失ったパイプはまっすぐに落ち始めた。
一方ベルナルドは、観客席に飛び込んでいた。
「野蛮人に殺される!」
「将軍、助けてー!」
帝国市民が悲鳴を上げるが、構っている暇はない。
パイプはもう頭上に迫っている。
彼は再度跳躍すると拳に氷塊を纏わせ、パイプを殴りつけた。
地面すれすれから空中へ、氷の拳を受けたパイプは矢のごとく突き進む。
その軌道上には――ヴァレリアがいた。
「フ――くだらん戯れを」
だが彼女は動じるどころか、口角を上げてみせる。
足の爪先から炎を噴出させ、その勢いで前方に一回転すると、鉄棒へかかと落としを叩き込んだ。
無人の舞台に、鉄棒が深々と突き刺さった。
二人の着地はほぼ同時だった。
闘技場は悲鳴から一転、大いに沸いた。
『デスイエロ! デスイエロ! デスイエロ!』
聴こえる声援は一種類だけ。いつも通りだ。ベルナルドは少しうつむいた。
だが直後にかすかにではあるが、
「よくやったぞ、ベルナルドー!」
との声も混じっていた。数十人か、数人か。確かに彼の名前を呼んでいた。
初めての声援に感極まっていると、ヴァレリアが近づいてきて、
「よく本官の考えがわかったな」
「……あれくらい分かるさ。あんたのことをずっと見てきたからな」
その言葉にヴァレリアがまた少しだけ湯気を出した。
「そ……そうか。……ずっと見てきた、か。そうかそうか」
「なあ」
「む?」
ベルナルドは彼女にどうしても聞きたい。
告白は、本気だったのか?
一騒動があった今、あの告白自体が夢だったんじゃないか。『恋思合』なんて話を急にぶち上げられて、混乱していただけじゃないか?
なにせ告白してきたのはあのデスイエロ将軍だ。
敵の捕虜を自ら進んで拷問し、無能な部下がいれば首から下を訓練場に埋めて餓死寸前まで放置する。
そんな奴が自分に告白するなんて――しかも初めて会ったときから好き、だなんて――何かの間違いだ。
「いや、なんでもない。……どうかしているのは俺の方か」
そして身を翻し、闘技場を後にする。
緊張のせいか、胸の鼓動が収まらない。早く休まなければ。
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