整備士 -the Last Mechanic

「鉄機の整備をさせてください」


 アスファルトもそこそこに崩れた道を進んでいると、ボロボロの服を纏った青年が私達にそう言った。


 どうするか迷っていると鉄機(※人型兵器の総称)のシステムコールズが、

『ここで手持ちの資材を使わなくて済むのは好都合です』などと言うものだから、どうにも断ることが出来なかった。


「……対価は」


「いえ、私の生きる意味は鉄機の整備ただそれだけですので」


 そう言った彼はどこからか整備用工具類を取り出し、整備にかかった。


 コクピットで寝転がり、時がただ流れるのに飽きたアルカは彼に質問をすることにした。


「あなた……ドールですね?腕の構造と手からして、整備用に良くチューンされている。それも昔ならハイエンドモデルと言われていた」


 彼は腕を振り上げ、カチャカチャと音を鳴らした。幾つもの細いアームが一つの腕を成し、その全てに整備用工具が接合されていた。


「よくわかりましたね」


「私も似たようなモノだからね~」


 ハハと軽く笑声を上げ、彼はまた作業に戻る。


 流石に不躾だったか、などと考えていると声をかけられた。


「……戦争が始まったとき、2年で基地が土地ごと破壊されましてね」


「ほう、となるとL基地の?」


「……そうですね。偶々M基地に出向いていたので私は難を逃れましたが、同じ職に就いていた友人は皆そこで死にました」


 中々、重い話を引き出してしまったなと後悔した。


「そこから私はフリーで整備をしていましたが、戦争は最悪の形で終わってしまいました。国が無ければ、報酬として得ていたお金も意味を無くして何も買えやしません。それに侵略者達も何処かに居るわけですから、もうここは好きにやっていこうと思ったんです」


「……すいません。こちらの話もせずに」


「いえいえ、こうして最後にお客さんをもてなせた訳ですし」


 最後?と問う前にガタンと音がした。


『整備は完了しています。以前より出力が30%、駆動系負担軽減率47%増加しました』


「最後の一仕事、というわけか」


 彼の体を丁寧に木に寄りかからせ、先日見つけたオイルを傍に置く。


「これは代金替わりだよ。ありがとう」


 そうして鉄機と少女は去っていった。


 ────────────


 2ヶ月後。


「鉄機の整備をさせてください」


 瓦礫の山が群雄割拠する積雪道に、汚れのない新品の、ぴっちりとした服を着た青年が私にそう問いかけた。


 システムコールズは何も言わなかった。


「そう、お願いしようかな」


 そう言うと彼は機体に近づいてきた。


「……所で、腕の方は?どちらに勤めてらしたのでしょうか」


「L基地に開戦直後から3年間です。……それではパスの方をお願いします」


「……はい。F7、003……」


「1・F」


『了解』


 ジュッ


 直後、彼の居た方向にエネルギー兵器が照射された。


 人でもドールでもないその身体は不気味な形を取った後、焼失した。


「……L基地は開戦から2年で土地ごと消滅しましたよ。嘘をつくならもうちょっとマシなものにしてくださいね」


「確かに、そうするべきだったな」


 直後、瓦礫の山からブースト音が響いた。


 ドスン、とソレは地に落ち形を整え、雪が舞う。そしてゆっくりと、ソレはまるで鉄機のような見た目になった。


『……識別完了。エネミーコード"Iron Walker" ……02-ARRAYNアーレンを素体として吸収したようです』


「となれば注意すべきは圧倒的な弾幕による制圧か……!」


 侵略者は全てを吸収し、我が物とする性質がある。そしてその素体となった02-ARRAYNは両腕部に3連装デュアルガトリングキャノンを、肩部に32連装小型BURN焼夷弾頭ミサイルポッドを装備している。圧倒的な弾幕による殲滅に重きを置いたこの機体が、何故……?


「人や生物というのは何処までも愚かだ。それは今の彼もそうだったか。まあいい。だからこそ彼らは我々の様な存在侵略者に背中を見せる……ハハハッ!」


 そういうとIron WalkerはガトリングとBURNミサイルを掃射し始めた。発生した熱が接地面の積雪を溶かす。ガトリングが雨を、BURNミサイルがひょうを思わせるが如く視界を埋め尽くす。それを受け止める傘などないこちらアライヤは上空へブーストを吹かしつつハイレーザーライフルでミサイルの迎撃を試みる。

 ……が、発射間隔の長いハイレーザーライフルでは全てを消し去るのは難しく、被弾を許してしまった。直後右脚部の関節と左腕部の半分が爆発し地に落ちた。


「っ……注意するとは言ったけど、いざ戦ってみるとなかなかキツいものがあるな……!」


 コクピット内部ではアラートがモニターの一部を埋め尽くし、光は赤一色に変色した。


『しかしそれでも、敵は根本から変わることはできない様です。被弾箇所をパージ前に解析したところ、敵弾は全て身体の一部を擬態させたものと分かりました』


「まだなんとかなるってこと?」とアルカが問うと、『80%ですが』と返ってきた。その答えに勝利を確信した彼女は口角を上げ髪を掻き上げた。


「上等!ならもう迷う暇もない。ブラストブーストで突っ込んでレーザーで蒸発させてやる!」


『脚部補助ブースター、まだ使えます。小型ジェネレーター直結……70……80……』


 機体とジェネレーターとの安定化が終わり、ブラストブーストでIron Walkerに突っこんで行く。


 その光景に愚かさを感じ取ったIron Walkerの頭部が笑みを浮かべ、ノイズ交じりの声が響く。


「ハハッハハ!相性さえまともに分からぬ愚か者めが!弾丸の雨に濡れ朽ち行くがいい!!!」


 そして、再充填の終わったガトリングとBURNミサイルをこちらに向け一斉掃射した。


 その直後、アルカは左肩部のマイクロミサイルポッドを引き千切り、目の前に掲げた。


「なっ?!」


 さながら盾のように構えたそのマイクロミサイルポッドは、ゲル状のガトリング弾とミサイルを受け止める傘となったのだ。許容量を超えそうになった瞬間にマイクロミサイルポッドをIron Walkerに投げつけ、ハイレーザーライフルで打ち抜いた。10発装填されていたマイクロミサイルがレーザーにより誘爆を引き起こし、敵の全てを爆炎が包み込んだ。その煙を引き裂き、残存していた侵略者の身体をレーザーライフルで打ち抜いた。侵略者は欠片一つ残さず消え去り、いつの間にか積雪は全て溶けていた。


「……勝った、けど……」


 脚と腕を失いボロボロになったアライヤを眺める。


「……まだ、足りないか……」


 安堵と喪失、ある種の諦めが混じったアルカの姿を、アライヤはただ見ることしかできなかった。

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