第4話【ショッピング】

 夜も更け、就寝時間に近づいた頃、玲はリビングでテレビを観ている英莉子に話しかけた。

「ねえ、お母さん。明日、学校から帰ったらリリポートに行かない?」

「いいけど、何か欲しいものでもあるの?」

「私のものを買いに行くんじゃないよ。うち、ペットを飼ったことがないから、銀ちゃん用のグッズとか全然ないじゃん。ベッドで一緒に寝るわけにもいかないし、トイレだってどこでするのって感じじゃん?」


「言われてみればそうねぇ。何もかもが唐突すぎて、そこまで頭が回ってなかったわ」

「リリポなら、大きなペットショップがあるし、銀ちゃん用に使えそうなグッズが揃うかなって思ってさ」

 自室にいたはずの桜が、二人の会話を聞きつけリビングへ飛び込んできた。

「桜もリリポ行くー!」



「行っても、あんたのものは買わないよ」

「わーってるし。それに、お姉ちゃんが買ってくれるわけでもないでしょ!」

「そりゃそうだけど、あんたはいっつも——」

 またしても姉妹喧嘩の火種が燻りだしたので、英莉子がすかさず鎮火する。

「はいはい、そこまで! じゃあ、明日は三人で銀ちゃんグッズを買いに行きましょうか」


 すぐ横にいるにもかかわらず、問答無用で買い出しの輪から外されている健志は、浮かない表情をしていた。それを察した英莉子が声をかける。

「健ちゃんはお仕事があるでしょ。ねぇ、買っておいたほうがよさそうなもの、何か思いつく?」

「うーん……寝るとき用の大木とか?」

「うちに大木なんて置くスペースありませんよ」


「じゃあ、CMでやってる『キリンさんが住める家』に引っ越そうか!」

 健志のアイデアに、桜が食いつく。

「あー、それいいね! 桜も大賛成ー」

「銀ちゃんのために真面目に考えてるのよ。二人ともふざけないで」

 英莉子の一喝に、健志と桜は肩をすくめ、同時に「すみません」と謝った。


「分かったらよろしい。銀ちゃんは、何か買って欲しいものとかある?」

「せやなぁ……。大木やなくてもええけど、何かにつかまって寝ることができるもんがあると嬉しいかもやなぁ」

 銀仁朗の回答に、英莉子は腕を組みながら唸る。

「うーん、なかなか難しい注文ね……」


「あ、そや。言い忘れとったけど、便所は特別用意せんでも、皆と同じとこ使わせてもろたらええから。ただ、便座までちょっと高さがあるさかい、そこまで届かへんのをどうにかしてもらえたら助かるな」

 玲は、しれっと銀仁朗がすごいことを言っているのに気づく。

「えっ? 普通にトイレ使えるってこと⁉ 凄いなマジで……。高さが気になるなら、小さい子用のステップみたいなのがあれば解決するんじゃないかな?」


 玲の提案を聞き、英莉子が頭を抱えた。

「あー、昔あなた達が使ってた補助ステップがあったんだけど、お役御免になったから捨てちゃったー。あれ可愛かったし、こんなことなら取っておけばよかったわ」

「こんなこと、まず起こらないし、仕方なくない?」


 桜があごに手を当てながら言う。

「たしか、リリポの中にベビちゃん本舗もあったよねぇ? あそこで売ってるんじゃないかなぁ」

「そうだったわね。とにかく、明日リリポで色々使えそうなものを探しましょうか」


 英莉子の言葉に、玲が珍しく楽しそうな口調で呼応した。

「うん! 何だかワクワクするね!」

 明日のショッピング話に花を咲かせる女子三人をよそに、一人元気のない健志がぼそっと呟いた。

「パパも一緒に行きたいなぁ……」


「だから健ちゃんは、明日もお仕事でしょ」

「そうですね……しゅん」

 桜が元気いっぱいに健志を励ます。

「パパは家族が増えたんだし、今よりたーくさん稼いできてくださぁーい!」

「はぁい……」


 肩を落とす健志の姿を見て、銀仁朗が「父上、諸々よろしゅうお願いします」と一声かける。

桜も、健志の元気を回復させるべく「パパ、大好きだよー」と、これ見よがしに笑顔で言った。

「ありがとぉ、二人とも。よぉし、元気出てきたぞー! 明日もお仕事頑張ってきますっ‼」


 あまりに単純な健志の姿に、桜が小声で呟く。

「ほんとチョロ松さんだね、パパは」

 英莉子は桜をたしなめるように、ポンっと頭を軽く叩く。

「こら、そんな言い方しないの。ちゃんと、普通に感謝の言葉を言ってあげなさい!」

「はーい。パパ、いつもありがとっ」


 娘からの感謝の言葉に、健志の目頭が熱くなる。

「あ、あれ? 今日は熱帯夜かな……目から大量の汗が滲み出てきて止まらないや」

 そんな健志の姿を、玲は少々呆れ顔になりながらも、笑顔で見つめる。

「もう、お父さんったら。でも、いつも本当にありがと」

「玲まで何だよ急に……。パパを脱水症状にさせるつもりですか? 英莉ちゃん、うちに経口補水液あったっけ?」


 父子のやりとりを、やれやれという表情で見ていた英莉子だった。

「冗談はそのくらいにして、健ちゃんは早くお風呂入ってきなさい。顔が涙……じゃなくて汗でしたね。汗でぐちゃぐちゃだよ」

「そう致します……」



 翌日の夕方。三人はリリポートへとやって来た。大原家から自転車で十五分ほどの距離にある大型商業施設である。

 英莉子が二人に話しかける。

「まずはどのお店に行きましょうか?」

「ここから一番近いのはペットショップかな」


 ペットショップと聞き、桜が調子よく応える。

「わーい、ワンちゃん見に行こー!」

「あんた、今日の目的忘れてないでしょうね?」

「わかってますー」

「どうだか」



 三人は、メインエントランスのすぐ側にある大型ペットショップへと向かった。

「着いたわね。ママ、ここ入るの初めてかも」

「私も。ペット飼ってなかったら用事ないもんね」

「桜は何回か来たことあるよー。お友達とワンちゃんとネコちゃん見に」

 英莉子が桜に釘をさす。

「冷やかしはやめなさい。お店の方にご迷惑でしょ」

「はーい」


 店内に入ると、子犬や子猫の入ったケージが見えてくる。その近くには、犬猫用品がずらりと並んでいた。それを見て玲が言う。

「やっぱり犬猫用のグッズは種類が多いなぁ。当然だけど、コアラグッズは……皆無だね」

「ねーねー、あの奥にある木、なかなか良さそうじゃない?」


 桜が店内の奥を指さした。そこは、鳥などを飼育するためのグッズが置いてあるコーナーだった。

「結構しっかりしてそうだけど」

 それは猛禽類を飼育する際に使われる止まり木のようだった。


 奥まで進み、その木の近くまで行くと、玲が唸った。

「うーん。確かに良さそうかも! 太さも割とあるしね」

「大木じゃないって銀ちゃん怒らないかなぁ?」

「銀ちゃんは大木を求めてないから。お父さんと桜が言ってただけでしょ」

「そだっけ? まぁ細かいことは置いといて、店員さん呼ぶね。すみませーん!」


 桜の呼び声に駆けつけてくれた女性スタッフに、英莉子が質問した。

「あの~、すみません。この木って売り物なんですか?」

「はい、販売しておりますよ。フクロウか何かを飼ってらっしゃるのですか?」

「違うよ、コア……んがっ!」

 英莉子は咄嗟に桜の口を手で押さえ、強制的に黙らせた。


「そ、そうなんです~。今使ってるやつの枝が折れちゃいまして、新しいのを探してたんです~」

「フクロウの爪は鋭いので、長いこと使っていると、木が削れていってしまうんですよね」

「で、ですよねー。ちなみにこちらはおいくらですか?」


「こちらは以前当店で販売していたシロフクロウ用の止まり木でしたが、売り場改装のため、アウトレット品として販売しております。定価の七割引きで、お値段六千円とお買い得になってますよ!」

 玲は値段を聞き、少し驚く。

「え、割と安くない? 相場分かんないけど」


 桜は頭の中でそろばんを弾いた。

「七割引きで六千円だからぁ……元値は二万円ってことか?」

「お、桜やるじゃん。合ってる」

「桜、算数めっちゃ得意だから。お姉ちゃんよりできるから」

「言っとけ」


 姉妹の他愛ない口論を、横目で微笑みながら見ていた英莉子は、熟考しだす。

「試すにはちょうど良さそうね。でも結構重そうよ……。今日は健ちゃんいないし、どうやって持って帰ろうかしら……」

 女性スタッフが、英莉子の発言を聞き、問いかける。

「自転車で来られているということは、お近くですか?」

「隣町なので、ここから自転車で十五分くらいですね」


「でしたら、明日のお届けにはなってしまいますが、無料配送サービスがご利用できますよ!」

「あら、それは助かるわね。それじゃあ、これ頂けますか? あと、爪研ぎとブラシも買っておこうかしら」

「ありがとうございます。では、お届け先のご住所をこちらの用紙にご記入ください」



 何とか銀仁朗のお眼鏡に適いそうな寝床を見繕うことができた三人は、次の目的地へと向かった。

「まずは良好なスタートって感じだわね」

「桜がまさかの良い仕事したな」

「まさかは余計だ、お姉ちゃん」


 二人の会話に思わずふふっと笑みをこぼした英莉子は、次の目的地を二人に告げる。

「次はベビちゃん本舗ね。あなた達がこんなに大きくなっちゃったもんだから、久しく行ってなかったわ。子どもの成長は嬉しいことだけど、小さかった頃の記憶が薄れていくのは寂しいものね……」

「なぁに、お母さん。急にノスタルジックになっちゃって」


 英莉子は玲の発言を聞くと、芝居がかった口調で顔に手を当てた。

「はぁ……。あんなにちっちゃくて可愛かった玲が、『ノスタルジック』なんて難しい単語を使うようになっちゃったのよ~」

「はいはい。こんなとこで突っ立ってないで、早くベビちゃん本舗に入るよ」

 玲と桜は、母の感傷をよそに、そそくさと店内へ入っていった。


 店内に入って早々、桜があるコーナーを指差しながら言った。

「トイレのステップは、あっちのコーナーじゃない?」

「あんた、今日どうした? グッジョブ続きじゃん」

「お買い物の才能が開花したかもー」

「あ、あれ見て! あなた達が使ってたやつの色違いが売ってるわ!」


 玲と桜が幼い頃に使用していた補助ステップの色違い品を発見した英莉子は、懐かしさでテンションが上がった。

「あー、なんか見覚えあるかも」

「桜は覚えてないなー」

「あんたが一番最近まで使ってたはずでしょうに」


「ねぇ、これにしましょうよ! パパもきっと懐かしいって言うはずよ」

「ねぇー、こういうのは要らないの?」

 桜が手に取ったものは、小さい子ども用の補助便座だった。

「桜……今日どうした? めっちゃ冴えてんじゃん」

「銀ちゃんがトイレに落ちて流されたら可哀そうじゃん」


「いや、流されはしないでしょ。便器に嵌る可能性は……な、なくは、ない……ププッ」

「え、何お姉ちゃん? 急に笑いだして」

「あ、あはっ、あはは、ちょ、ちょっと、銀ちゃんがトイレに嵌ってる姿を思い浮かべたら、めっちゃシュールだなって思って……ツ、ツボった」


「その状況は確かにオモロいなぁー、ははっ」

 英莉子も微笑みながら、同意を示す。

「そうならないようにしてあげないとだし、これも買っておきましょう。じゃあレジ行こうか」



 購入したものを率先して持ってくれている玲に、英莉子が礼を言う。

「玲、全部持ってくれてありがとね」

「全然いいよ。とりあえず、これで当面は何とかなりそうかな」

「そうね。銀ちゃん待ってるし、そろそろ帰ろっか」

「疲れたー。お腹空いたー。喉かわいたー」


 桜が案の定と言った方がよいのか、駄々をこねだす。

「うわぁ、でたでた。もう帰るから我慢しな」

「確かにママもちょっと疲れたわ。家帰ってご飯作るの面倒ねぇ」

「だよねー。ママも疲れたよね!」

 味方ができたと感じ、ここぞとばかりに英莉子にアピールする。


「そうねぇ……。ハンバーガーでも買って帰ろっか」

「やったー! ポテトポテト~♪」

「今日のお買い物は桜が大活躍してくれたしね! ご褒美ってことで、テイクアウトして帰りましょう」

英莉子の提案に、ご満悦そうな表情で「うっしゃー」とガッツポーズをする桜だった。



「銀ちゃん、たでーまー」

「おう、お帰り。ええもん見つかったか?」

「桜がいっぱい良い物見つけてあげたよー」

「ほんまか。ありがとさんやで」


 英莉子が銀仁朗に話しかける。

「桜が良い寝床になりそうなものを見つけてくれたんだけどね、大き過ぎて持って帰って来れなかったのよ。明日届けてもらえるようにお願いしてあるから、今晩もソファで寝てくれるかしら?」


「あぁ、かまへんで。ソファの寝心地も案外悪ないし」

「無理言ってごめんねぇ、ありがと」

「ママ、ポテト食べて良い?」

 テイクアウトしたバーガー類を、食卓に並べながら桜が催促する。

「そうね、玲も先食べてていいわよ」

「わかった。じゃあ、お先いただきます」


 銀仁朗が英莉子に声をかけた。

「母上、すまんがお手洗いに連れてってくれるか」

「そうそう、銀ちゃん用のトイレグッズも買ってきたのよ。準備する間、少し待っていてもらえる?」

「そらありがたいな。トイレ行くだけに手間取らすんも悪いなぁと思てたとこやし」



 数分後、先ほど買ってきた補助ステップと補助便座をセッティングし終えた英莉子が、銀仁朗を呼ぶ声がトイレから聞こえてきた。

「銀ちゃーん、準備オッケーよ。来て下さーい」

「あいよー。……おぉ! こりゃええなぁ。ちいちゃい段差に、専用便座やん!」


「ちなみに、このステップは玲と桜が使っていたものと同じデザインなのよ。色違いが売ってたから、これにしたの!」

「思い入れのあるやつを選んでくれたんやな」

「そうね。あと、この補助便座は桜が選んでくれたわ」

「こっちもええ感じや。すまんな、色々買うてもろて」


「やーねぇ。もう私たちは家族なんだから、水臭いこと言わないで」

「水臭いか……。ここやしな」

「あら、臭う? 芳香剤切れたかしら」

「冗談やがな、母上」

「もう、銀ちゃんったら!」


 そんな冗談を言い合っていると、タイミング良く健志が帰宅した。

「ただいまー」

「健ちゃんお帰り。ちょうど良かったわ。ねぇ、これ見て!」

「ん? トイレがどうしたの……あぁ、銀ちゃん用のグッズを買いに行って来てきてくれたんだったね。うん、いい感じ!」


「これ見て、何か気づくことない?」

「気づくこと、ねぇ。うーん、銀ちゃんっぽい色のチョイスで素敵かと」

 英莉子は、健志の感想に不服そうな表情を浮かべた。

「そう……。それだけ?」


「えっ何? そ、そうだなぁ……」

「もういいわ。今日はお買い物で疲れたから、ハンバーガーテイクアウトしたの。玲と桜はもう食べてるから、あなたも一緒にどうぞ」

 そう言い残すと、少し機嫌を損ねた様子で英莉子は一人その場を去っていった。

「……銀ちゃん、正解は何だったか分かったりする?」


「このちいちゃい段差が、玲と桜が昔使ってたやつと同じデザインとか何とか言うとったから、そのことに気づいて欲しかったんちゃうか。知らんけど」

「あー、言われてみれば確かに……そうだったっけかなぁ?」

 全くピンと来ていない様子の健志は、頭を掻いた。

「男はそういう細かい所に目がいかんもんやでな、ご愁傷様」

「銀ちゃん……。と、とにかく、リベンジしてくるよ。おーい、英莉ちゃーん」


 二人のささやかなすれ違いを目撃し、達観したように呟く。

「夫婦言うんも、仲良ぉやっていくんは大変みたいやな。トイレだけに、父上の失態も水に流せたらええんやけどなぁ~」

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