第47話 リレー



 そして、あっという間に時間は流れて、最後の種目であるクラス対抗選抜リレーが始まる直前。俺たちは待機場所に呼び出され、各々、軽くストレッチをしたりしながらリレー開始を待っていた。


「いやー、落葉! やっぱこういうのって、緊張するよなー! 皆んなが注目してるところで派手に転んだりしたら、一生もんのトラウマだぜ? 俺、さっきから心臓バックバク!」


 楽しそうに笑いながら、そんな軽口を叩く森くん。俺は軽く腕を伸ばしながら、言葉を返す。


「大丈夫だよ。転んだくらいの遅れは、俺がちゃんと取り返してやるから」


「うぇ、いつになくやる気じゃん、落葉。お前、体育祭とかはレクリエーションみたいなもんだから、楽しんだもん勝ちみたいなスタンスじゃなかったっけ?」


「今回はちょっと、特別なの。それに……本気でやった方が、いろいろ楽しいでしょ?」


「……へぇ。いいんじゃない。落葉がそこまで言うなら、俺らも気合い入れてかないとな。ヘイ! 集まれお前ら! 円陣組むぞ! 円陣!!」


 クラス対抗の選抜リレーに選ばれた八人のクラスメイトたちが、森くんの声を聴き集まってくる。そのほとんどが運動部で、よく遊んだ顔も多い。最近は、榊さんや古賀さんとばかり遊んでいたが、それでも彼らだってちゃんとした……友達だ。


 ただでさえ熱いのに、更に熱い連中と肩を組み、頭を突き合わせる。


「じゃあ、我らがリーダー。なんか一言、お願いします」


 自分から言い出した癖に、どうしてか俺に振る森くん。俺はつい、笑ってしまう。


「いや、俺が言うのかよ。森くんが言い出したんだから、森くんが音頭とれよ。ってか、いつの間に俺がリーダーになったんだよ」


「いいから、いいから! みんな、お前に惚れてここに来てんだから。そこはビシッと、決めてもらわないと!」


「いや、やめろよ惚れるとか。本気にしちゃうじゃん」


「ははっ、榊さんにお熱な癖に、適当なこと言ってんなよ!」


 そんな風に皆んなで軽口を言い合っていると、レース開始のアナウンスが聴こえてくる。皆の視線が俺に集まる。俺は軽く息を吐いた後、久しぶりに腹から全力で声を出す。


「絶対勝つッッッ!!!」


「「「シャア!!!」」」


 円陣を解いて歩き出す。こういうのはあんまりキャラじゃないんだけど、偶にはいいだろう。余計な思考が消えて、皆んなで勝つってことだけに集中できる。


「なんだ、随分とやる気じゃないか?」


 グラウンドに向かう途中、三輪くんがそう声をかけてくる。


「ま、一応は勝負って話だしね。負ける気はないよ。みんな俺に、期待してくれてるみたいだし」


「はっ、仲がよさそうで羨ましいよ。……でも、そんなの僕には関係ない。僕は僕の為に走って、僕の価値を証明する。そうやって今まで、戦ってきたんだ」


 三輪くんはとても真剣な表情で、前だけを見つめている。……彼のキャラクターからすると、体育祭とか暑苦しくて馬鹿馬鹿しいと見下していそうなものなのに、彼はとてもやる気なようだ。


「ま、お互い頑張ろうね?」


 彼の言う価値の証明が何のことなのか、俺には未だによく分からない。でもきっと、彼はそうやっていつも自分の中で戦ってきたのだろう。


 お姉さんへの劣等感を感じながらも、それに呑まれないよう、彼も必死に戦ってきた。


「まあでも関係ない。それでも勝つのは俺たちだ」


 第一走者である森くんたちが、準備を始める。グラウンドが一瞬の静寂に包まれた後、パンッとピストルの音が鳴って、レースが始まる。


「頑張れ! 森くん!!」


 各クラスから選抜されたメンバーなだけあって、皆、凄く足が速い。でも森くんだって、負けてはいない。現在二位。でも僅差。食らいついている。三輪くんのクラスは走者が躓き、現在四位。それでもまだまだ、レースは分からない。


「…………」


 レースの展開は、目まぐるしく変わっていく。誰かが抜かれたり、抜き返したり、あ、川口くん転んじゃった。でもみんな、頑張ってる。だから不思議と、緊張はしない。……別に、何があっても絶対に勝てるなんて思ってはいない。少年漫画の主人公じゃないんだ。いくら頑張っても、負ける時は負けるだろう。


 でも、榊さんと約束をした。古賀さんが、背中を押してくれた。友人たちと、円陣を組んだ。いろんな人が、俺のことを応援してくれている。それだけのことで、どうしてかとても胸が軽くなる。



 ……ずっと、空回っているだけなのだと思っていた。



 無理してはしゃいで、やるべきことから逃げて、ずっと何かに対して後ろめたさを感じでいた。他にやらなければならないことがあるのに、俺は一体なにをやっているのだろうと、毎晩そんなことばかり考えていた。



 でも、無意味だと思ったものを積み重ねて、俺は今、ここにいる。



 無駄なんかじゃなかった。俺はちゃんと、前に進んでいた。……なら、迷う必要なんてない。緊張する理由なんてない。俺はただ、俺が信じた道を全力で走るだけだ。


「すまん、落葉! あとは任せた!!」


 皆が繋いだバトンを受け取る。俺は全力で、地面を蹴った。


「はっ、はっ……!」


 現在四位。三輪くんはもう既に、前を走っている。そこまで距離は離れていないが、皆アンカーを任されているだけあって、足が速い。追いつくのは簡単なことじゃない。



 それでも俺は、足を止めない。



 一人抜いた。応援の声が遠ざかる。自分の心音と呼吸音しか聴こえない。他は何も必要ない。必要なものは全部、受け取った。だから今は、ただ前へ。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 もう一人抜く。前を走るのは、三輪くんだけ。くそっ、あいつ言うだけあって足が速い。あとちょっとなのに、そのあとちょっとが遠い。ゴールも近い。このままだと、勝てな──


「坂島くん! がんばれ!!」


「走れ! 落葉くん!」


 ふと聴こえた、榊さんと古賀さんの声。俺は最後の力を振り絞り、全力で地面を蹴る。三輪くんも、止まらない。でも俺は──



 ゴールテープを切る。



「……くそっ、相変わらずムカつくな」


 そんな三輪くんの声を背中で聴きながら、俺は持っていたバトンを空に掲げる。僅差だが、それでも俺は一位になった。


 あちこちから響く歓声を聴きながら、榊さんと古賀さんに向かって親指を立てる。二人は本当に嬉しそうに、笑ってくれた。


「やったな、落葉! お前やっぱり、ヒーローだぜ!」


 そのあとハイテンションなクラスメイトたちにもみくちゃにされながら、俺は久しぶりにみんなの前で全力ではしゃいだ。


「坂島くん!」


 そして、騒ぎも落ち着いたあと。榊さんが、俺の前にやってくる。皆、空気を読んでくれたのか、俺から手を離し距離を取る。


「……どうぞ」


 と、榊さんが顔を赤くして両手を広げる。俺は迷わず、そんな榊さんを抱きしめた。また、大きな騒ぎになるが、今はそんなの気にしない。


「とても……かっこよかったです」


 と、榊さんが笑う。


「だろ?」


 と、俺も笑った。



 そんな風にして、楽しい楽しい体育祭は幕を閉じた。


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