第45話 約束



「じゃ、今日はいっぱい作ってきたから、好きなだけどどーんと食べてよ!」


 昼休憩の時間。約束していた通り古賀さんと一緒にお昼を食べるため、俺たちは人気のない校舎裏まで来ていた。


「では、遠慮なく頂きます」


 と、そこで一緒に食べようと誘っていた榊さんが、古賀さんが作ってきてくれた大きなお弁当から、卵焼きを摘む。


「あ! 貴女に食べてとは言ってないよ! あたしは、落葉くんに食べてって言ったの!」


「そうなんですか? まあでも、いいじゃないですか。こんなに沢山あるんですから」


「それはまあ、そうだけどさ。……まあ、いいや。あたしは心が広いから、少しくらいなら許してあげる」


 榊さんと古賀さんが、睨み合う。……やっぱり2人は仲がいいんじゃないかと思うけど、それを言うと怒られそうなので、口にするのはやめておく。


 ちなみに天音子さんは、三輪くんと一緒にお昼を食べると言って、三輪くんを探しに行ってしまった。果たして三輪くんが、みんなの前でお姉さんと一緒にご飯を食べるなんて真似をするのかどうかは疑問だが、わざわざ止める理由もない。


 なので俺たちは、できるだけ目立たないよう校舎裏の方まで来て、3人で仲良くご飯を食べていた。


「…………」


 古賀さんが作ってくれたサンドイッチを頬張りながら、横目で榊さんの様子を窺う。


 あんなことがあったのに、榊さんはいつもより元気そうだ。……いや、あんなことがあったからこそ、場の雰囲気を壊さないよう、明るく振る舞っているだけなのかもしれない。


 あのあと森くんとかに、あの衝突がどういう風に見えていたのか訊いてみたが、どうやら周りからは事故のようにしか見えていなかったようだ。……それでも一応、あの2人は教師と体育祭実行委員の子に注意されていたようだが、それ以上のお咎めはなし。気に入らないが、故意だと証明する方法はないのだから、責めることもできない。


「落葉くん、この唐揚げ美味しいよ。ほら、食べて食べて」


 古賀さんが、唐揚げをこちらに差し出してくれる。俺は思考を切り替え、大きな唐揚げにかぶりつく。


「……うん、美味しい。唐揚げって冷めると微妙かと思ってたけど、これ凄く美味いね?」


「えへへ、実はコツがあるんだよ。あ、企業秘密だから、貴女には教えてあげないよ?」


「別に、聞いてません」


 榊さんが古賀さんのお弁当から、唐揚げを摘む。


「あ、また勝手に食べて。……別に良いけどさ、ちょっと作りすぎちゃったし」


 古賀さんは小さく息を吐き、口元を緩める。もしかしたら古賀さんも、榊さんのことを心配してくれているのだろうか? なんだか前より、態度に棘が少ない気がする。


「ありがと、古賀さん」


「ん? なにが?」


「いや、美味しいご飯を作ってきてくれて、ありがとうって」


「……別にいいよ、落葉くんの為だもん!」


 古賀さんが笑う。俺も笑う。……正直、ちょっと余計なことを考えていた。こっちにぶつかってきた2人に、どうやって報いを受けさせようか、とか。そんなことばかり、考えてしまっていた。スマホを落とした時も同じようなことを考えて、結構、空回りしていたのにまた同じ轍を踏むところだった。


 再発防止の為に、いずれ一言くらい文句を言う必要はあるのかもしれないが、今考えなければならないことは、別にある。


「ってか落葉くんってさ、やっぱりモテるんだね?」


 サンドイッチを頬張りながら、古賀さんがジト目でこちらを睨む。


「え、急になに?」


 いきなりな言葉に視線を上げると、どうしてか榊さんもジト目でこちらを睨む。


「それは私も思ってました。坂島くんが競技に出る時、毎回、女子の集団がキャーキャー言ってましたから」


「……いや、なにさ、榊さんまで。それはただ単に、応援してくれてただけでしょ?」


「あたしには、それだけには見えなかったけど? 落葉くん、そういう子たちにも律儀に手を振ったりするし……。その子たち、アイドルと目が合ったみたいにキャーキャー言ってたよ?」


「……坂島くんって、誰にでもそういうことしますもんね? 人気者は大変ですね?」


「いやいや、なんでそういう話になるのさ。俺はただ、場の空気を壊さないよう気を遣って……」


 2人がゆっくりと、こちらに近づいてくる。俺、そこまで女子に愛想を振り撒いていただろうか? そもそも俺って、そんなにモテてるのか? ……もしかして、そういうところに無自覚だから、さっきみたいなことが起こったのだろうか?


「悪かった。謝るよ。確かに俺が、無自覚だった。……ごめんなさい」


 俺が頭を下げると、古賀さんと榊さんは同じような表情で頬を膨らませる。


「……別に、謝って欲しいわけじゃないんだけどね? 別にあたし、今はまだ落葉くんの彼女でもなんでもないわけだし」


「そうです。それに私は、みんなに優しい坂島くんも嫌いじゃないですよ?」


「あ、なに抜け駆けしてるのさ! あたしだって、どんな落葉くんでも好きだし!」


 二人はまた、睨み合う。俺はつい、笑ってしまう。


「ま、とにかくこれからは気をつけるよ」


 俺がそう言うと、二人は渋々、頷いてくれる。そしてしばらく、三人で美味しいお昼を食べていたのだが……


「って、そうだ。私、昼休みの最後に応援のダンスしようって、クラスの子たちに誘われてたんです」


 そう言って、榊さんが立ち上がる。


「そっか。じゃあ、行って来なよ。食べ終わったら、俺もすぐにそっちに行くから」


「はい。じゃあ先に、行ってますね? ……一応言っておきますけど、貴女は変な抜け駆けとかしないでくださいね?」


 それだけ言って、榊さんは早足にこの場から立ち去る。なんだかんだで榊さんもクラスに馴染んできているようで、俺は少し嬉しかった。


「運が悪かったね?」


 と、榊さんがいなくなるのを待ってから、少し静かなトーンで古賀さんが口を開く。


「ま、仕方ないよ。俺はともかく、榊さんが落ち込んでないようで、よかった」


「……落葉くん、そういうところはまだまだだよね」


「それ、どういう意味?」


「あの子、お昼ほどんど食べてなかったよ。自分で作ってきたのもそうだし、あたしのお弁当からも、卵焼きと唐揚げを1つずつ摘んだだけ」


 ……全然、気がつかなかった。俺が思ってる以上に、榊さんは傷ついていたのかもしれない。


「なんだかんだ言って落葉くんって、他人の悪意には慣れてるでしょ? お父さんにいろいろ言われてきたってのもあるんだろうけど、昔から落葉くん、そういうところは強いじゃん。グラウンドを占拠してる上級生に、一人で喧嘩売ったりすることもあったし」


「……否定はできないな」


「だから、さっきのあれが事故なのか故意なのかは分からないけど、あの子、結構怖かったんじゃない? 人の悪意って、普通は怖いものだよ」


「…………」


 怖い。それは全く、俺の中にはなかった感情だ。腹が立ったし、負けて悔しかった。でも俺は、少しも怖いとは思わなかった。


「ま、あたしは落葉くんが元気にあたしのお弁当を食べてくれて、嬉しかったけどね!」


「……そういう言い方をされると、俺がすげー無神経な奴に聞こえるから、やめてほしいんだけど……」


「えへへ。冗談だよ、冗談」


 古賀さんは楽しそうに笑いながら、弁当箱を閉じる。古賀さんのお弁当、結構大きかったのに、いつの間にか空っぽになってしまっていた。……考え事をしながらも、俺はパクパク食べてしまっていたようだ。


「落葉くん」


「ん? なに?」


 古賀さんが俺を呼んで、俺は古賀さんを見る。木陰だけれど汗ばむような気温。古賀さんはいつもと同じ屈託のない顔で笑って、そのまま俺に……抱きついた。


「ちょっ、古賀さん⁈ いきなり、どうしたのさ⁈」


「別にいいじゃん、これくらい。今は周りに誰もいなし。……それにこれは、公平を期す為の準備でもあるから」


「いや、言ってる意味が分からないんだけど……」


 どうしていいか分からず、俺は古賀さんの顔を覗き込む。古賀さんの柔らかな感触は、何度触れても慣れない。


 古賀さんは、俺の胸に顔を埋めたまま、言った。


「あの子と約束、してたんでしょ? 勝ったら、ハグしてあげるって」


「……いや、古賀さん聴いてたの?」


「あたしってほら、地獄耳だから」


「いくらなんでも、地獄過ぎだろ……」


 あの時は二人きりだと思っていたのに、いつの間に古賀さん、近くまで来ていたのだろうか? やっぱりこの子、いろいろと油断できないな。


「でも残念ながら、約束は守れなかったよ。二人三脚、負けちゃったし」


「違う。そうじゃないでしょ? 一度しか約束しちゃダメなんてルール、どこにもないじゃん」


「それは……」


「あたしは昔、落葉くんとの約束破っちゃった。なのに落葉くん、またあたしと新しい約束してくれたでしょ? 一緒に楽しいことしようって。……それと、同じだよ」


「────」


 確かにそれは、その通りだ。余計なことばかり考えて、そんなことにも気がつけなかった。


「ふぅ、充電完了!」


 古賀さんが俺から手を離す。……こんなに気温は高いのに、その温かさが離れるのが少し名残惜しいと思ってしまう。


「落葉くん、クラス対抗リレー出るんでしょ?」


「……古賀さんはほんと、なんでも知ってるね」


「あたし、将来の夢はお嫁さんかスパイだから」


「極端な二択だな」


 俺は立ち上がり、靴を履く。そろそろ俺も、行かなければならない。古賀さんのお陰で、やるべきことが見えた。


「古賀さん、お昼ありがと。じゃあ俺ちょっと、行ってくるよ」


「うん。今度はちゃんと、かっこいいとこ見せてね?」


 古賀さんの言葉に片手を上げて応えて、俺は榊さんの方に向かって走り出した。


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