第35話 ホテル



「……まあ、そうだよな」


 目の前に並んだ沢山の料理を見ながら、俺は大きく息を吐く。


 古賀さんが俺を連れてきてくれたのは、数駅離れたホテルの朝食ビュッフェだった。宿泊しなくてもお金を払えば入れるらしく、しかもその料金も思っていたより安かった。古賀さんといい榊さんといい、こういう場所をどうやって調べているのだろうか?


 もしかしたら今後、俺から二人を誘うようなことがあるかもしれないから、その時のためにも、もう少しそういうのをちゃんと調べておいた方がいいかもしれない。……ホテルと聞いて、変なことを想像してしまう時点で、俺はまだまだ子どもなのだろう。


 そんなことを考えながら、なんか美味しそうなサラダをお皿にのせる。


「落葉くん、こっちのソーセージも美味しそうだよ? 落葉くんのも、とっといてあげようか?」


「うん、お願い」


「あ、向こうでオムレツ作ってもらえるみたい! 落葉くんのも頼んでくるね?」


「じゃあ俺、そっちのトレー持ってっとくよ」


 そんな風に二人ではしゃぎながら、いろんな料理を持ってくる。なんか、あれもこれもと言っているうちに、テーブルが料理でいっぱいになってしまった。まあこれくらいなら食べ切れるし、問題ないだろう。


「じゃあ、いただきまーす!」


 と、元気に言って古賀さんがオムレツを口に運ぶ。俺もいただきますと手を合わせて、サラダに箸を伸ばす。


「うん、美味い。……なんかいいね、こういうの。近場だけど、旅行きてるみたいで楽しい」


「でしょでしょ? 実はあたしも初めてだから、わくわくしてたんだよね。朝にビュッフェって、それこそ旅行とかじゃないと中々行かないし。ネットで見た瞬間、これだ! って思ったんだ」


「……わざわざ、調べてくれたんだ。ありがと、凄く嬉しい」


「えへへ、そうでしょ?」


 えへんと胸を張って、ソーセージを頬張る古賀さん。口調は子どもっぽいが、その所作は昔と違って洗練されていて、とても綺麗だ。……なんかちょっと、そのギャップにドキドキしてしまう。


 古賀さんは柔らかそうなクロワッサンを口に運んで、どうしてか、からかうような顔で笑った。


「それで、落葉くん。もしかしてホテルって聞いて、エッチなとこ想像してた?」


「……いや、あの言い方でホテルビュッフェなんて、想像できないでしょ」


「じゃあやっぱり落葉くん、エッチなこと考えてたんだ〜。朝からそんなとこ、行くわけないのにー」


「いやまあ、そうだけどさ。……でも、それを言うなら、夜だって別に行かないでしょ?」


 俺がジト目で古賀さんを見ると、古賀さんはプイッと視線を逸らしてしまう。


「そ、それは分からないでしょ? そういう雰囲気になることも、あるかもしれないし。……あ、言っておくけど、あたしそういう経験ないからね? リードは落葉くんに任せます」


「いや、俺だってないし。……ってか、何の話だよ、朝っぱらから」


 俺は大きく息を吐いて、コーヒーカップを傾ける。……いつも飲むコーヒーより、なんかちょっと味が濃い気がする。同じようにコーヒーを飲んだ古賀さんをそう思ったのか、古賀さんは持ってきていた砂糖とミルクをコーヒーに入れた。


「前から思ってたけど、落葉くんってちょっとエッチだよね? 偶にあたしの胸とか、チラチラ見てるし」


「それを言うなら、古賀さんの方がエッチじゃん。何かあったら、すぐに抱きついてくるし」


「ち、違うもん! あれはただのスキンシップだから! 落葉くんが意識しすぎなの!」


「いや、それはまあ、そうかもしれないけど……」


 古賀さん胸が大きいから、抱きつかれると否が応でも意識してしまう。


「って、そんな話はもういいよ。それより落葉くん、最近はどうなの? 一人暮らしで、困ってることとかない? ご飯とか、あたしもっと作りに行く頻度あげようか?」


「あーいや、大丈夫大丈夫。古賀さんみたいに凝った料理は作れないけど、俺も最低限はできるから」


「……そう? あたし別に時間あるから、毎日でもいいんだよ?」


「いや、それは流石に……」


 俺はそう言って、誤魔化すように視線を逸らす。


 告白されたあと、その女の子が毎日家に来ていたら、それはもう付き合っているのと同じだろう。はっきりとした答えが出せないうちは、あまりそういうことは控えた方がいいかもしれない。


 俺は苦いコーヒーを、一気に飲み干す。


「それより、これからどこ行くか、聞いてもいい? なんかここ、お風呂ともか入れるらしいし、そっち行くの?」


「あー、それは今回なしかな。お化粧とか全部、落ちちゃうし。落葉くんがどうしてもって言うなら、別にいいけど」


「いや、そういうわけじゃないよ。今日は古賀さんに任せるから、古賀さんが行きたいと思ったところに連れてって欲しい」


「そう? じゃあ、当初の予定通り、落葉くんをあそこに連れて行ってあげようかな。今日のコンセプトは非日常だから、楽しみにしてるといいよ」


 ククククク、とアニメの悪役みたいに笑う古賀さん。……なんか古賀さん、凄く楽しそうだ。この前、結構泣いたりしてたし、もしかしたらまだ引きずったりしてるのかとも思っていたが、ちゃんともう切り替えているのだろう。


 古賀さんといい榊さんといい、女の子はそういうところが強い。


「ん? どうかしたの? 落葉くん、手、止まってるよ?」


「いや、古賀さんはやっぱり笑顔の方が可愛いなって、そう思ってただけ」


「……っ! けほっ、けほっ! な、なにさいきなり! もしかして……口説いてる?」


「あ、いや、ごめんごめん。そうじゃなくて……深い意味はないんだよ。ただ思ったことが、口から溢れただけで……」


「落葉くんってほんと、そういうとこあるよね?」


 机の下で、軽く足を蹴られてしまう。……まあ確かに、今のは言葉が軽かった。少し反省。


 古賀さんはコーヒーを飲んだあと、ごほんと咳払いをして立ち上がる。


「よしっ、じゃあもっかいお代わりしたら、次の場所に出発だ!」


「……いや、どんだけ食うんだよ、古賀さん」


 二人して見つめ合って、笑い合う。そんな風にして朝から楽しくはしゃいだあと、俺たちは二人並んでホテルをあとにする。


 そしてそのあと、古賀さんが俺を連れてきてくれたのは……


「バカな……」


 俺は目の前の光景を見て、愕然とする。古賀さんが俺を連れてきてくれたのは、少し離れた場所にある遊園地だった。


 こんなところに遊園地があるなんてことを俺はまず知らなかったが、その遊園地……というよりテーマパークのキャラクターが、古賀さんがよく使うスタンプのネコと大福が合体したようなやつだった。


「あの猫、そんな人気があったとは……」


 ネットミームとか、そんなヤツの一部だと思っていたのに、遊園地にまでなっていたのか。……いや、まさか俺が世間知らずなだけなのか? 確かにずっとサッカー一筋で、今もあんまネットとか見ないけど。


「はい、落葉くん。どっちがいい、ネコミミか鏡餅か」


 トイレに行くといって離れていた古賀さんが、ネコミミと鏡餅のカチューシャを持って、帰ってくる。


「……いや、それ俺もつけんの?」


「当然だよ。こういうのは、つけた方が楽しいからね!」


「……じゃあまあ、鏡餅の方で」


 どんなカチューシャだよ……と思いながらも、鏡餅のカチューシャを頭につける。うん、似合ってない。いや、自分ではよく見えないから知らないけど。


 でも俺が猫耳をつけるより、古賀さんがつける方がずっと可愛いから仕方ない。


「あははは! 落葉くん、鏡餅似合ってる!」


「それは、褒めてくれてるのか……?」


「褒めてるよ、すごい可愛い! あ、写真撮ろ! 写真!」


 二人で腕を組んで写真を撮る。なんかちょっと恥ずかしいが、周りを見てみると結構みんな、カチューシャつけてる。よかった、金髪鏡餅、思ったより馴染んでる。


「で、古賀さん。一個聞いていい?」


「なに?」


「これって、なんてキャラクターなの?」


「えぇ! 落葉くん、モチネコまるまるくんを知らないの⁈」


 凄く驚かれてしまう。しかしやはり、そんなヘンテコな名前のキャラクターなんて聞いた覚えがない。


「落葉くんって意外と、世間知らずだよね? まるまるくん、アニメにもなってるのに……」


「マジか。古賀さんがいつも送ってくれるスタンプ、普通に大福だと思ってた。あれ、お餅だったのか……」


 なんかちょっと、ショックだ。


 榊さんは、俺と同じでそういうのに疎そうだし、森くんとか川口くんはよく二人でFPSとかするって言ってたけど、アニメの話とかはしない。SNSとかは付き合いでやってるだけで、最近はもう放置してしまっているアカウントも多い。


 そう考えると、俺って流行りとかそういうのに、めちゃくちゃ疎いのかもしれない。


「よしっ、いい写真撮れた! あとで、落葉くんにも送るね!」


「……ありがと」


「じゃあ行こっか! まずはあの、ジェットコースターから!」


 古賀さんが俺の手を引いて歩き出す。なんか古賀さん、やっぱり凄く楽しそうだ。その笑顔を見ていると、こっちまで楽しくなってくる。


「……偶には俺も、はしゃいでみるか」


 なんか最近は、いろいろとごちゃごちゃ考えることが多かった。今だってまだ、考えなければならないことが、沢山ある。……でもまあ今日くらいは、全部忘れてはしゃいでもいいだろう。


 俺は自然と頬が緩んでいくのを感じながら、古賀さんの背を追った。


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