第19話 想定外の
「それで、こんなところに連れて来て、なんの話?」
男たちが俺を連れてきたのは、人気がない空き教室だった。まだ授業が終わってからそんなに時間が経っていないから、運動部の声や、帰りに騒いでいる奴らの声なんかが、遠くから聴こえてくる。
何かよからぬことをするつもりなら、三輪くんみたいに学外に連れ出した方が賢いし、もっと言うなら、人目につかないところで声をかけるべきだ。この場所には人気はないが、ここに連れて来られるまでに、何人か知ってる顔とすれ違っている。派手なことをすれば、すぐに足がつくだろう。
そんなことを考えながら、一応軽く準備をしておくが、俺のことなんてどうでもいいのか。男たちの先頭に立ったリーダー格の男は、こちらに視線も向けず、癖っ毛の髪をかきあげ言った。
「お前、もうこれ以上、榊さんに迷惑をかけるのをやめろ」
「……また、そういう話が」
この前の三輪くんと同じ、一方的な決めつけと上から目線の命令。……さっき森くんは、俺たちがお似合いだったと言ってくれたが、やはり大多数の人間には俺が榊さんを脅しているように見えていたのだろう。
……ほんと、何がそんなに駄目なのだろうか? この派手な金髪がいけないのか? 美容院でできるだけ派手な色でと頼んだのだが、次行く時はもう少しおとなしい色にした方がいいのかもしれない。
俺は、大きく息を吐く。
「そういう話はもういいよ。誰のどういう噂を鵜呑みにしたのか知らないけど、それは俺と榊さんの問題だ。外野にとやかく言われる筋合いはない」
「それは、健全な付き合いをしていたらの話だろ?」
「……は?」
「お前が、榊さんを脅して無理やり付き合ってるのは、もう知ってるんだよ!」
そうだそうだと、背後の男たちが大合唱する。俺の口からは、またため息が溢れる。
「面倒くさいな。それで君たちは、何が言いたいの? もしかして、悪役からヒロインを救い出すヒーローのつもりだったりする?」
「……そうだと言ったら、どうなんだよ」
「いや、ダサいなって。そういうの今、流行ってんの? 酷い男に騙されてる女の子を救い出して、今度は自分が惚れられるーみたいなの。……いや、そういうのは昔からあるか」
軽くおどけてみるが、男たちの顔は険しくなるばかり。……正直、面倒だし三輪くんの時みたいに適当に流してしまいたいのだが、俺と榊さんが別れたことを知ったら、こいつら何か変な風に誤解して、榊さんのところに行くかもしれない。
どうするべきか、少し考える。男たちは俺の沈黙をどう解釈したのか、どこか得意げに声を響かせる。
「お前もいい加減、榊さんが嫌がってるのが分からないのか? 今日の体育の時だってお前、無理やり榊さんに抱きついていたじゃないか!」
「そうだ! 榊さんは男に触れられるのが嫌いなんだよ! お前、そんなことも分からないのか!」
男たちが声を荒げる。俺は軽く、肩をすくめる。
「そう言われてもな。あれは、二人三脚の練習してただけだし。触れたって言っても、肩と脚くらいだろ?」
「嘘をつくな! お前、嫌がる榊さんに、無理やり……抱きついていたじゃないか!」
「そうだ! 彼女……嫌がってたじゃないか! 榊さんは、あんな風に気安く男に触れちゃ駄目なんだよ!」
「なんだよそれ、意味わかんねぇ。どうしてお前らが、榊さんがどうするべきかを決めるんだよ。……お前ら結局、自分で女口説く勇気がないからって、俺に八つ当たりしてるだけなんじゃねぇの?」
「ふ、ふざけるな! 僕らは、お前みたいに軽い男じゃないんだよ!」
「そうだ! 僕らは遠くから、榊さんを守ってるんだ! 榊さんも、お前なんかより僕らのことを気にかけてくれているはずだ!」
「…………」
そうは思えないが、まあ別にどうでもいい。こいつらの言いたいことは、だいたい分かった。……正直、本気で言ってるんだとしたら榊さんに同情するが、それは俺が口を出すことではない。
それより今、話さなければならないことは、別にある。
「それよりまずは俺のスマホ、返してもらってもいい? もう新しいの買っちゃったけど、今返してくれるなら、あんまり大事にしないでおいてあげるよ」
「……何の話か、分からないな」
リーダー格の男が、とぼけたような顔で笑う。俺も、笑った。
「そう? それならまあ仕方ないか。こっちも本腰を入れて、大事にしていくしかないな。最悪、君ら全員が退学になる可能性もあるけど、それはまあ自業自得だよね」
「ハッタリだな。そんな風に嘘をついて、榊さんのことも騙していたんだろ? 僕らは全部、知ってるんだからな」
「これを見ても、そんなことが言えるかな?」
そこで俺は、榊さんに返してもらったスマホカバーを見せる。男たちは驚いたように、身を震わせる。
「これ、知り合いが空き教室に落ちてるのを見つけたって、届けてくれたんだよね。これ、警察に持って行って指紋とか調べて貰えば、君たちのうちの誰かの指紋が出てくるんじゃないかな?」
「……それも、ハッタリだな。お前みたいな奴が、スマホ盗られたから指紋調べてくれーなんて言っても、警察がまともに取り合ってくれるわけないだろ?」
「それは、やり方によるだろ? そうでなくても、君たちが放課後、俺の席の辺りをうろついてたって話も聞いてる。遅かれ早かれ、バレることだとは思うけどね」
挑発するように軽く笑う。男たちは困ったように、顔を見合わせる。
……まあ実際、このスマホカバーに指紋が残っているとは限らないし、もし残っていたとしても、それが盗んだ証拠になるとは思えない。それに、目撃者がいたというのも嘘だ。そんなのがいたなら、もっと早くに動いている。
……いや、榊さんは俺のスマホを盗んだ犯人の顔を目撃しているのか。なら彼女に頼めば、この中に犯人がいるのかどうか、特定してもらうことができるだろう。
まあもっとも、今さらそんな形で彼女に迷惑をかけるわけにもいかないが。
「さて、どうする? 君たちがとぼけるなら、別にそれでも構わない。返してくれるのなら、俺も大事にはしないと約束する。選択するのは君たちだ」
「……っ」
男たちは、動揺したように後ずさる。……その態度でもう、自分たちが犯人だと言っているようなものなのだが、そんなことにも頭が回っていないのだろう。
「……なにやってんだか」
なんだか急に、馬鹿馬鹿しくなってきた。俺は別に、こんなことがしたかったわけではない。変わりたいとは思ったけれど、何者かにならなければと走ってきたけれど、増えたのは揉め事ばかり。
クラスメイトの中には、森くんみたいによくしてくれる奴もいるが、それは単に彼らがいい奴なだけで、俺の努力の成果ではない。髪を染めて、派手なことをして、でも結局なにもかもが空回り。榊さんとだって、たったの三ヶ月で別れることになった。
古賀さんは、こんな俺に変わってなくてよかったと言ってくれたが、それは過去の俺の行いのお陰だろう。古賀さんは優しいから、きっと俺が中学の頃と同じように自分の殻に籠っていても、優しくしてくれたはずだ。
──なら、この一年の俺の頑張りは、何だったんだ?
「……まあ、いいか」
ごちゃごちゃと揉めている、榊さんのファンたち。俺が何を言ったところで、彼らは俺の言葉に耳を貸したりはしないだろう。……ただ、大して考えがあるような奴らでもなさそうだから、あともう少し追い詰めれば、素直にスマホを返してくれるはずだ。
そのあと、こいつらがどうなろうと、俺の知ったことでは──
「あまり、彼らを虐めないであげてくれるかな?」
「あんたは……」
そこで姿を現したのは、甘い香りの香水をつけた長身の男、三輪くん。三輪くんは相変わらずどこか芝居がった仕草で俺と男たちの間に割って入り、楽しげに声を響かせる。
「やあ、今日はよく会うね?」
「あんたがよく、声をかけてくるだけだろ?」
「そういう嫌な言い方をする男は、モテないよ?」
「別に、モテたいなんて思ってないよ」
「ははっ、君は面白いことを言うね? ……とても、必死に沙織の尻を追いかけていた男の言葉とは思えないよ」
「それは、お互い様だろ? 榊さんに相手にしてもらえないからって、俺で憂さ晴らしするのは辞めろよ。モテるんなら、女の子にでも相手してもらえよ」
「…………」
「…………」
無言で、睨み合う。三輪くんは、ここに偶然やってきた。……なんてことは、ないだろう。となると三輪くんは、彼らと何かしらの関わりがあるのか。それとも関わりを持つために、ここにきたのか。イマイチ、この男が何を考えているのか読めない。
見たところ、ボンボンのナルシストにしか見えないが、それにしては……何だか鬱屈している気がする。榊さんの言っていた通り、姉への劣等感が彼をおかしくしたのだろうか?
俺はとりあえず黙って、彼らの言葉を待つ。三輪くんは綺麗な黒髪をなびかせ、俺ではなく男たちの方に向かって、言った。
「聞いたよ、君たちが彼のスマホを盗んだんだってね」
「それは……」
「いや、今さら弁明する必要はない。彼は馬鹿ではないようだし、言い逃れしたところで困るのは君たちの方だ。今ならまだ間に合う。ここは僕に免じて、返してやってくれないか?」
「……あなたが、そう言うのであれば……」
そこでリーダー格の男が、ポケットから一台のスマホを取り出す。ケースが外れているから外観だけでは区別がつかないが、それが俺のスマホなのだろう。三輪くんは男からそれを受け取り、こちらに向かって差し出す。
「ほら、これからはもう少し大事にするんだよ?」
「…………」
何だか釈然としないまま、俺はそれを受け取る。三輪くんは元より、男たちの顔はもう覚えた。何か問題が起これば、それ相応の対応はできるだろう。……まあ別に、そこまで大事にするつもりもないのだが……やはりまだ、納得はできない。
「さて、これでスマホの問題は方がついた。あとは、君と沙織の問題だ」
「……勝手に仕切るなよ。大体、榊さんと俺がどういう関係でも、あんたにもそこの後ろの連中にも関係ないことだろ? 何度も同じことを言わせるなよ」
「分かっているよ。君と沙織はもう別れたから、関係ないって言いたいんだろ? でもそれは、あまりに無責任じゃないかい?」
「……どういう意味だよ?」
「言葉通りの意味さ。自分から言い寄った癖に、自分が思っていた通りの女の子じゃなかったからって、振って別の女に乗り換える。一人残された沙織には、悪い噂だけがついて回る。それだと沙織が、あまりに可哀想だ」
「それは……」
それは、どうなのだろう? 確かに俺に責任がないわけではないが、そこまで気を遣わなければならないようなことは、していないはずだ。形はどうあれ、俺は榊さんに告白して、彼女はそれを受け入れた。なら責任は俺だけではなく、彼女にもあるはずだ。
……まあでもそんな理屈、彼らは認めたりはしないだろう。彼らの中ではあくまで俺が加害者で、榊さんは被害者でしかない。そして実際、榊さんは俺のことが好きではなかった。
俺は小さく、息を吐く。
「それで、三輪くんはまた俺に難癖をつけて、どうするつもりなんだ? 俺と榊さんは、もう別れた。スマホももう、返してもらった。あんたらが俺に絡む理由も、俺があんたらに絡む理由も、もうないはずだ」
「関係ないから、あとは好きにしろと、君はまた無責任にもそう言うつもりか? 沙織に迷惑だけかけて。傷つけるだけ傷つけて。飽きたからあとは好きにしろと、そう言うつもりなんだろ? 沙織もきっと、今ごろ後悔しているよ。……いや、もしかしたら泣いているのかもしれないな。彼女は君のことを、嫌っているみたいだったから」
「だとして、それはもう榊さんの問題だろ? ……お前らさ、いい加減にしろよ。お前らが榊さんのことをどう思っていようが、そんなことは俺には関係ねぇんだよ。いちいち面倒な絡み方してくんな」
「おっと、怖い。そうやって、沙織のことも脅していたのか?」
「うるせーよ。女の口説き方を教えて欲しいなら教えてやるから、もう絡んでくんなよ。鬱陶しい」
「ははっ、面白いことを言うね。君が、この僕に何を教えるって?」
三輪くんは笑う。俺は笑わない。
「三輪くんさ、自分が思ってるよりモテてないと思うよ? いくら顔がよくても、そんな風に気取ってたら女の子は引いちゃう。……いや、違うか。あんたは多分、中身が空っぽなのを知られるのが怖いから、わざとキザな男を演じて弱い自分を守っているんだ。そうだろ?」
「…………」
三輪くんの笑みが崩れる。どうやら図星だったようだ。俺は言葉を続ける。
「後ろの連中は論外だな。傍観者気取って遠巻きでわちゃわちゃしてる奴らなんて、誰も相手にしねーよ。好きなら好きって直接言えよ、根性なしが。お前ら全員、そんなに傷つくのが怖いのか? 恥をかく勇気もねぇ連中が、コソコソ集まって嫌がらせして、それで誰が惚れるんだよ? 馬鹿じゃねーの」
「す、好き勝手言うな! 榊さんは僕らのこと──」
「もういい。それはお前らの妄想だ。榊さんがお前らに何か言ってくれたことなんて、一度もありはしないだろ? お前らの現実逃避を、こっちにまで押し付けてくんじゃねーよ」
俺は笑う。別に笑いたいわけではない。こんなことをしたいわけでも、言いたいわけでもない。こんなことがしたくて、必死に頑張ってきたわけじゃない。……でも、いいさ。もういい。そっちがその気なら、とことんまでやってやる。
俺は、目の前の男たちを睨む。三輪くんは……それでも、笑った。
「はははははははは! やっぱり君は、そういう奴じゃないか! 沙織が君のことを好きだなんて、そんなのはやっぱり嘘だ! そんな冷たい顔をした男を、沙織が好きになるわけがない!」
「そうだ! お前は、榊さんに迷惑かけてるだけなんだよ!」
「榊さんがお前みたいな男、好きになるわけがないんだ!」
「勘違いした男のクズが、榊さんを返せ!」
男たちも三輪くんと一緒になって、俺を罵倒する。……いいぜ、分かった。その喧嘩、買ってやる。そこまでごちゃごちゃ言うのなら、その惨めなプライドごと、お前ら全員の鼻の骨をへし折ってやる。
俺は、三輪くんの胸ぐらを掴む。たったそれだけで、三輪くんの笑みがひきつる。
「き、君は結局、暴力に訴えるんだね? そんなことして、後でどうなるか──」
「知るかよ。鼻血出しながら、ママに泣き言でも言ってろ」
「ひっ……!」
俺は、拳を振り上げる。
……けれど、それを遮るように、教室の扉が開いた。
「どうして、こんなところに……」
俺は思わず、拳を下ろす。やって来たのは、もう既に帰ったのだとばかり思っていた少女……榊さんだった。彼女は三輪くんと、彼の胸ぐらを掴んだ俺を見て、驚いたように目を見開く。
「み、見てくれ、沙織。これがこの男の本性だ」
三輪くんが嬉しそうに声を弾ませ、榊さんを見る。男たちも、それに続く。
「そ、そうです! 榊さんはこんな男と、一緒にいるべきじゃないんです!」
「榊さんはいつもみたいに、嫌いなら嫌いと言っていいんです! 榊さんのことは、僕たちが守りますから!」
男たちは、ここぞとばかりに勝ち誇る。きっと、俺を上手くは嵌めてやったとでも思っているのだろう。
……こいつらは本当に、おめでたい連中だ。その程度のことで、俺が手を止めると思っているのか。俺が今さら、榊さんに嫌われることを恐れるとでも、思っているのだろうか。
俺は誰にも構わず、再度、拳を振り上げる。
「……ひっ!」
三輪くんと、男たちが声を震わせる。結局こいつらは、どこまで行っても自分が被害者のつもりなんだ。
……ああ、苛々する。ムカつくんだよ、お前ら全員。どうして、必死に足掻いてる俺を、外から見てるだけのお前らが否定するんだ。逃げてるだけで、甘えてるだけのくせして、どこかで自分が特別なんだと思ってる。本当に、苛々する。……昔の俺と、一緒だ。
「……ほんと、何やってんだよ、俺は」
面倒な男たちの声が響く。もう内容は聴こえない。どうでもいい。どうでもいいから、もう黙れ。榊さんのことも、こんな連中のことも、自分のことも、全部もうどうでもいい。
だから──
「…………え?」
騒がしかった教室が、一瞬で静かになる。まるで時が止まったみたいに、辺りから音がなくなる。ほんの一瞬、ほんの少しの触れ合いで、場の空気が一変する。
──榊さんが、俺にキスをした。
想定していなかった行動に、俺も、三輪くんも、男たちも、誰も何も言えなくなる。……でも、榊さんは違う。彼女は嘘みたいな静寂の中、ただ真っ直ぐに俺だけを見つめ、言った。
「──坂島 落葉くん。私は、あなたのことが好きです」
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