第10話 大人
そして、あのあと少し買い物をして必要なものを揃えた俺と古賀さんは、話していた通り俺の家にやって来た。
「お、お邪魔しまーす」
と、古賀さんがうちに上がる。
「一応、掃除はしてるつもりだけど、散らかってたりしたらごめんね?」
俺は一応そう断りを入れてから、靴を脱ぐ。
「べ、別にそんなの、気にしないよ。それよりあたし、パパッとご飯作っちゃうから台所借りてもいいかな?」
「……ほんとに、任せていいの? 料理なら俺も手伝うけど……」
「いいっていいって! 落葉くんは、スマホの初期設定とかしないとダメでしょ? その間にあたしが、美味しい料理作っちゃうから!」
あたしに任せて! と、古賀さんは胸を張る。買い物にも付き合ってもらったのに、料理まで作ってもらうというのは、流石に甘え過ぎな気もする。……でも、ここで断るのもそれはそれで失礼だろう。
古賀さんはやる気になってくれているようだし、ここは素直に甘えさせてもらう。
「分かった。じゃあ、お願いできるかな? 冷蔵庫の中身とか調味料とかは、好きに使っていいから」
「りょーかい!」
そうして、古賀さんにざっとどこに何があるのかを説明してから、俺はリビングでスマホをタブレットに同期させる。こうすれば、パパッと初期設定を終わらせることができる。
「でもプリペイドSIMなんて、初めて買ったな」
未成年だけだと、店で回線契約をすることはできないらしい。なので俺は仕方なく、割高のプリペイドSIMを買った。これでしばらくは大丈夫なはずだが、ずっとこんな無駄な金を使い続けるわけにもいかない。
「……ネットでSIMカード買うにしても、父さんと母さんに頼まないといけないしな」
何をするにしても、未成年だと制約が多い。こういう時、自分はまだ子どもなのだと実感させられる。
「このプリペイドSIMの容量を使い切るまでに、父さんと母さんに電話するか」
何だか情けない気もするが、それが今の現実だ。……俺がいくら意地を張ったところで、一人では生きられない。
「その前に、スマホが見つかってくれるといいんだけどな。……ほんと、どこいったんだよ」
何度振り返っても、机の中に置き忘れてしまったと思うのだが、いくら探しても見つからなかった。一応、他の場所も探したし、休み時間に先生にも相談してみたのだが、スマホの落とし物は届いてないらしかった。
「学校で使った記憶はあるから、落としたとしても学校にあるはずなんだけど、もしかして……誰かに盗られたりしたかな?」
上手く立ち回ってきたつもりではいるが、あの榊さんと付き合っていたのだから、俺を逆恨みしている奴も少なくはないだろう。この前の三輪くんみたいに、俺が榊さんを脅して無理やり付き合っているなんて思い込んでいる奴も、いるかもしれない。
そしてそういう奴が、俺のスマホを盗んだ。
……なんて考えるのは、被害妄想なのだろうか?
「何にせよ、もう少し気をつけないとな」
今までは、榊さんを守ることができるなら、自分はどうなってもいいとか、そんな馬鹿なことを思っていた。……でも、もう俺が彼女を守る必要はない。
「クラスのみんなにも、別れたってこと伝えた方がいいのかな?」
でも何だかそれも、自意識過剰みたいではばかられる。誰が誰と付き合っていようと、誰が誰と別れようと、そんなことは他人には何の関係もないことだ。俺はクラスメイトの誰と誰が付き合っていて、誰と誰が別れたとしても、興味はない。
……ただ、隠しているとそれはそれで、面倒に繋がってしまうかもしれない。比較的、仲のいい森くんとか川口くんとかにちょっと話して、あとは勝手に噂が広がるのを待つというのがベストなのかもしれない。
「俺ももうちょっと、大人にならないとな」
そこで、スマホの同期が終わる。ざっと見た限り、ある程度のアプリとかの引き継ぎはできたようだ。……ただ、電話番号で紐づけているsnsなんかは、新しくアカウントを作らなくてはならないだろう。
「ま、どうでもいいや」
俺はスマホを置いて立ち上がり、古賀さんの方に向かう。
「あ、落葉くん、設定終わった? 料理はもうできたから、お皿だけ出してもらえるかな?」
「分かった、ありがとね。……って、なんか凝ってるの作ってくれたみたいだね? すげー、美味しそう」
「えへへ。ちょっと、頑張りました。今日のメニューは、アクアパッツァと、チーズたっぷりカルボナーラ、それとアボカドのサラダになります。どれも、あたしの自信作です!」
えへん、と古賀さんが胸を張る。俺は素直に感心した。
「やっぱ古賀さんって、料理上手なんだね。この前のカレーも、凄い美味しかったし」
「えへへ、そうかな?」
「そうだよ。俺なんて必要だから身につけただけだし、やっぱり好きでやってる人には敵わないなって思うよ」
「す、好きって⁈ 別にそんなんじゃないよ? いや、ないこともないけど! でも、これはそういうのじゃなくて……」
「あれ? 古賀さん、料理好きって言ってなかったっけ?」
俺は首を傾げる。古賀さんは顔を赤くして、視線を逸らした。
「そ、そんなことより、冷めないうちに早く食べちゃお? ほら落葉くん、早くお皿出して!」
「ちょっ、押さないでって、分かってるからさ」
そんな風にして、微妙な空気になりながらも、二人で楽しく夕飯を食べた。古賀さんは、何かいいことでもあったのか。いつもに増して、ハイテンションでいろんなことを話してくれた。
さっき会ったお嬢様な先輩は、古賀さんが一年生の時は金髪縦ロールだったけど、重くてやめたとか。お嬢様四天王は、実は五人いるとか。古賀さんもその四天王に入れられそうになっていて、困っているとか。そんな、普通だったら知ることのない女子校の話。そういう話を、古賀さんは楽しげに話してくれた。
……なんだかそれは、俺が想像していた女子校とは違ったけれど、それはそれで楽しそうだった。
そして、楽しい夕食を終えた俺たちは、二人でパパッと洗い物を済ませて、少しリビングで休んでいた。古賀さんはトイレに行くと言っていたので、今は側にはいない。
「って、もう八時回ってるのか」
ちらりと時計を確認すると、時刻はもう夜の八時過ぎ。
そろそろ古賀さんを、家まで送ってあげた方がいい時間だ。……なんて風に思ったのだが、そこでふと思い出す。
「そういえば古賀さん、何か俺に頼みたいことがあるみたいなこと、言ってたよな」
今の時間から何かに付き合うとなると、本当に遅くなってしまう。だから申し訳ないけど、古賀さんのお願いはまた後日に……
「お、お待たせー」
なんてことを思ったところで、古賀さんが部屋に戻ってくる。
「あ、古賀さん。今日はありがとね? それで、古賀さんのお願いのことなんだけど……」
「そ、それね! それもあるんだけど……そのね。なんかあたし、肩凝っちゃって」
「肩?」
「そ。だからちょっと、落葉くんに揉んで欲しいなー……なんて」
「……それくらいなら、別にいいけど。でも、俺サッカーやってた時に聞いたんだけど、そういうのって素人が下手に触ると、逆効果になることが多いらしいよ?」
「あー、大丈夫大丈夫! そんな大袈裟なやつじゃないから!」
古賀さんが俺の前のソファに座って、ブレザーを脱ぐ。……なんかちょっと違和感を感じたような気もするが、あまり気にしても仕方ない。俺は古賀さんの後ろに回って、彼女の肩に手を置く。
「その、軽く揉んでみるけど、痛かったり嫌だったりしたら、すぐに言ってね?」
「……分かった。じゃあ……お願いします」
そのまま優しく、古賀さんの肩を揉む。俺は父親の肩とか揉んだことがないから、これが凝っているのかどうかよく分からない。
……ただ、古賀さんの体は凄く柔らかい。指が沈み込んで、何だかいけないことをしているような気分になってくる。
「落葉くん、もう少し力を入れても大丈夫だよ?」
「そ、そう? じゃあ……これくらい?」
「ちょっ、そこはくすぐったいよ! もうちょっと下の方! ……あー、そこ。そこ、気持ちいい」
「あ、ここか。確かにここ、ちょっと硬いかも」
「……っ!」
古賀さんがビクッと、体を震わせる。俺は慌てて、手を離す。
「ごめん、痛かった?」
「……ううん。ちょっと、気持ちよかったから変な声出ちゃった。もうちょっと……続けて?」
古賀さんが、潤んだ瞳でこっちを見上げる。……なんだか本当に、いけないことをしている感じになってきた。……いや、違う。俺が変に意識してしまっているだけで、これは、ただ肩を揉んでいるだけだ。
俺は自分にそう言い聞かせ、古賀さんの肩に手を置く。
「……っ。お、落葉くん、上手いね。凄い……気持ちいい」
「そう? 自分じゃ、よく分からないけど……」
「偶に、美海子に揉ませたりしてるけど、あの子こんな丁寧にやってくれないから。それに落葉くんの指、なんか優しくて……好き」
「……っ。そういう言い方は……なんか、困るな」
「えへへ、ごめんごめん」
指先に意識が集中する。柔らかくて温かい女の子の体。香水の香りなのか、石鹸のいい香りが漂ってくる。そして背中越しに、古賀さんの大きな胸が揺れているのが見える。
「失礼かも知れないけど、やっぱり胸が大きいと……凝るの?」
「ん? あー、まあ、クラスでも大きい子とかはよく凝るって言ってるし、そうなのかも」
「やっぱり、そうなんだ……」
「あー、落葉くん、そこ気持ちいい」
古賀さんが、またビクッと体を震わせる。俺は一応、榊さんと付き合ってはいたが、女の子の体に触れた経験なんてほとんどない。だから、ただ肩を揉んでいるだけなのに……変な気分になってしまう。
「……ごめん。体、あったかくなってきたから、ワイシャツ脱いでもいい?」
頬を赤くさせた古賀さんが、こっちを見る。俺は思わず、視線を逸らしてしまう。
「いや、それは流石に……」
「大丈夫。下にシャツ着てるから。……それにその方が、落葉くんも揉みやすいと思うし」
俺の返事を待たず、古賀さんがワイシャツのボタンを外す。俺は慌てて、視線を逸らす。
……やっぱり古賀さん、ちょっと無防備すぎないか? 小学生の頃ならいざ知らず、大人になった今、そんなことをされると……こっちも困ってしまう。
「じゃあ続き、お願いします」
白いシャツ一枚になった古賀さんが、また俺に背を向ける。
……下着が、透けてしまっている。この前の白いパンツとは違い、大人っぽい黒のブラジャー。指摘してもいいのか迷うが……とりあえず俺は、また古賀さんの肩を揉む。
「……っ。あー、落葉くん、上手。終わったらあたしも、落葉くんの肩、揉んであげるね?」
「いや、俺は……大丈夫だよ。肩とか凝ってないし。それにもう結構、遅い時間だから、古賀さんもそろそろ帰った方が……」
「実はあたし今日……友達の家に泊まってくるって、言っちゃってたりして」
「……え?」
俺は思わず、古賀さんから手を離す。古賀さんは、潤んだ瞳でこっちを見た。
「あたしのね、頼みたいお願いっていうのは、実は今日……ちょっと泊めて欲しいな……なんて。明日、休みだし……ダメかな?」
「いや、それは流石に……」
ダメだろう。この家には俺しかいないし、寝る場所だって準備できていない。そんな状況で、いきなりそんなことを言われても……
「あたし、言ったよね? 罰ゲームで、これから一緒に楽しいことしようって。少女漫画で見て、試したいことがあるって。……最近の少女漫画、結構過激なことも多かったりするんだよ?」
古賀さんが、こっちに体を向ける。後ろからだとよく見えなかった大きな胸に、つい視線が行ってしまう。
「ふふっ。落葉くん、またあたしの胸……見てる」
「ご、ごめん」
「ううん。……いいよ。落葉くんなら……いいよ」
古賀さんはそう言って、こちらにゆっくりと近づいてくる。何がいいのかなんて、俺には全く分からない。ただ、俺は……
「……あ」
そこでタイミングよく、或いは悪く、ピンポーンとチャイムの音が響く。
「…………」
「…………」
しばらく、俺も古賀さんも動けなかった。……が、ずっとそのままでいても仕方ない。俺は覚悟を決めて、口を開く。
「ごめん、古賀さん。ちょっと出てくる」
「……りょうかい……です」
古賀さんは恥ずかしそうに、視線を逸らす。俺は立ち上がり、少し離れた場所にあるモニターで、来訪者の姿を確認する。
そこに、いたのは……
「……え?」
そこにいたのは、彼女……だったの女の子、榊 沙織さんだった。
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