第15話
毎朝の気の鍛錬。クリスとガリウスの姿は屋敷の庭にあった。
クリスも12歳になり、気を用いた身体強化ができるようになっていた。身体強化の習得と同時にガリウスから組手稽古を促された。それが半年前。基本の呼吸法を行った後は二人の組手が稽古の大半を占めるようになっていた。
今朝も違わずクリスは拳を突き出した。
「随分やるようになったな、我が娘よ。」
そう言いってクリスの拳を片手だけで難なくあしらう。ガリウスには余裕が感じられる。
身体強化ができるとは言え、まだまだ未熟な技術。師匠の高みへはまだまだ昇っていない。クリスがムキになって手数を増やすが全て受けられてしまう。少し攻撃が大振りになると、ガリウスの拳がクリスの目の前で止まった。寸止めである。
「あー、またヤられた。」
「ふん、やるようになってもまだまだだ。攻撃が素直すぎる。攻撃が単調でフェイントが分かりやすい。これがフェイントですよと言っているようなものだ。主攻じゃない攻撃は無視すれば自ずと避けるべきものは見て取れる。」
ガリウスが拳を引っ込めながら言った。結局、クリスは今日も一撃も当てることができなかった。その今日もが半年間続いている。
クリスはガリウスに一撃も入れることができていない。
「ちなみに、お父さんに一発入れれる人って騎士団の中には何人いるの?」
「そうだな、まぐれ当たりを入れたとして・・・6人くらいだろう。」
ガリウスがニヤリと笑った。お父さんは凄いんだぞと言っているようなドヤ顔がウザい。
騎士団の団員の総数は数千を超えている。その中で6人。サラッとそんなことを言える自信がガリウスを支えているのだろう。その自信を養うのは日々の鍛錬。長い時間が必要。でも、それしか方法がない。それならば今から始めないのは愚策もいいところだ。
だが、いつも悔しい思いをいているクリスとしては思うところもある。
「気の鍛錬ってもっと効率よくできないの?」
地べたに腰を落としながらクリスが問う。このままお父さんにヤられっぱなしでは気が済まないわ、その本心は言葉にしなかった。おそらく、それをガリウスは理解しているだろうから。
「効率よく?もっと早く上達したいって話か。」
ガリウスは腕を組んで空を見上げた。記憶から何かを探し出すようだ。
「できなくもないが、俺の知る限り才能以外で早く成長・・・クリスが言っている効率よく鍛錬した者達を数人知っている。その鍛錬方も教えてもらった。」
「それなら・・・。」
それを教えて欲しい、クリスの口から言葉が出る前にガリウスが首を横に振った。
「それをクリスに教えるわけにはいかない。師匠としてもそうだが、俺は親としてお前が不幸になるような術を伝えることはできない。」
ガリウスの言葉はそこまでだった。
その気の鍛錬の効率化した者達の末路が気になる。でも、ガリウスがそれを言わないってことは、その者達に降り掛かった悲劇は言葉にすることすら憚られる内容ってことと想像できる。
クリスはそれについて深く追求することはしなかった。だが、クリスの負けず嫌いな性格が諦めることを許さなかった。
「それなら、部屋の中でもできる鍛錬はないの?」
「なんだよ、そんなに俺に一撃入れたいのかよ。お父さん泣いちゃうって。」
クリスは呆れたように溜息をついた。それから、なんでそうなるのよ、と言わんばかりに目を細めてガリウスを見上げた。
「そんな目で見るなって、冗談だろう。」
ガリウスの態度は言葉とは裏腹に悪びれる様子はない。
「自己鍛錬の方法ね、そうだな・・・とりあえず呼吸法を意識せずにできるようになる。それと、もう一つ。瞑想を取り入れてみるのはいいかもしれない。」
ガリウスが人差し指をたてて言った。そんなガリウスに追加で問う。
「瞑想ってどうなれば瞑想なの?」
瞑想。仏教や武道家が行う精神修行だ。リラックスして目を閉じて動かない、クリスが知っているのはそれくらいのものだ。その目を閉じて動かない状態で何がどうすれば良いのか、それを知りたかった。
クリスの質問の意図を察したガリウスは丁寧にその答えを言ってくれた。
「瞑想と言ってもあれだよ、練った気が流れている感覚を感じる作業と言うのが的確かな。」
「気の流れを感じる・・・。」
「そう、数年前と比べて格段に上達しているのは自分でも感じているところだと思う。けれど、どうにもまだ気のコントロールがぎこちない。クリス、お前まだアレだろ。数回に一回は紋章陣の発動を失敗するだろ。」
見透かされているような気持ち悪さを感じつつクリスが頷いた。
「マナと気の扱いが似ていることは知っていると思う。あれ、言ってなかったっけ?」
「なんで自信無さ気なのよ。知ってる、お父さんから聞いたわ。」
「すまん、最近誰に何を言ったのか覚えていなくてな。・・・ボケが進行しているとかじゃあないぞ。指示する数が多いんだからな。誰に何を話したか覚えていないってことだぞ。」
まくし立てて言い訳を並べるガリウスに対し、クリスは冷静な声で対応した。
「大丈夫。分かってる、そんなの。」
ガリウスは自身が並べる必死の弁明を聞いた娘が冷静に対応されて恥ずかしかった。だが、ここで恥ずかしがっては父としてどうかと思った。
ガリウスは咳払いをして冷静を装った。
そんなガリウスを見て、さっきのは無かったことにしたいのね、クリスはそう思った。
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