第8話
王城の一室。ガリウスはソファーに座って管を巻いている。話題は騎士団の内情から城下町の流行りまで多岐にわたっていた。そして、話題は昨夜のクリスの件になっていた。
「それで、セーネスがクリスの先生をするんだとさ。セーネスはガリウスの事を天才って言ってるけれど、アレもまた天才の類なんだよ。少なくとも凡人のオレから見ればそうだ。クリスには俺の血が半分流れていると思うと・・・セーネスで大丈夫だろうか、そう考えてしまうよな。」
愚痴のような悩みになっているが、ガリウスは気付いていない。それを黙って聞いているのは優男を字で書いたような人物だった。彼はこのライデンハーツの国王、クロード・ライデンハーツである。
クロードは笑顔が張り付いたような人間だ。セーネスと同じに見えるが、クロードのそれは人に心を読ませない為のもの。変化球のポーカーフェイスと言っていい。
「セーネスなら大丈夫だろう。」
帰って来たのは拍子抜けするくらい短い言葉だった。
「お前な、何をもって大丈夫と言うんだ?妻にこんな事言いたくはないが、あのセーネスだぞ。最悪の場合、クリスは紋章学を諦めるだろうよ。」
ガリウスは当人が居ない事をいいことに失礼な言動をした。
セーネスの実力は疑いようがないのだが、ガリウスがここまで言うのにも理由がある。更に才能に溢れれてる為、器用に何でもこなす。だが、セーネスは器用貧乏にはならない。何故なら、非常に素直な性格をしている分、教え方が上手い者が師につけば能力の向上は留まる所を知らないからだ。おまけに、自身でも研鑽と研究を欠かさない。
世間的にセーネスは天才と言われている。だけど、彼女の事を適切に表現するならば、秀才と言うべきなのかもしれない。
クロードが言葉を返す。
「お前の気持ちも分からんでもない。確かに、セーネスは頭がよすぎる。だが、その反面、無知の者に教えても置いてけぼりにしてしまうかもな。何が分からないのかが分からないだろうからな。」
「そうだろ。」
クロードの言葉を受けたガリウスが頷く。付き合いが長い二人が同じ結論に達するのだ可能性の話だろうが、その確率は非常に高いと言って良いだろう。
クロードが自身の意見に同意してくれた事で、ガリウスの気持ちは少し晴れた感じがした。だが、クロードはガリウスの考えを覆す意見を出した。
「それでも、クリスはそのセーネスの娘でもあるんだ。彼女の腹から出てきた事を考えると、お前よりセーネスの能力を受け継いでいる可能性が高いかもしれないぞ。」
ガリウスは唸って腕を組んでソファーに見を預けた。
そう言われればそうだ。クリスはガリウスの娘であるのと同時にセーネスの娘でもある。母の血を色濃く受け継いでいて理解力が非常に高い可能性もある。
ガリウスは何も言えなかった。
「仮にセーネスが原因で紋章術を諦めた時はお前の技を継承してもらえばいいじゃないか。お前にだって弟子はいないわけだし。」
「俺の技をクリスに?」
クロードの言葉を受けたガリウスが言葉を詰まらせた。少しの間言葉の無い時間があった。
ガリウスは昔を思い出していた。ガリウスが剣技を覚えた時は何度命を落としてもおかしくなかった。その技を娘に教える?セーネスの事をとやかく言っているが、ガリウスだって教えるのが上手いわけではないのだ。
「本人が覚えたいって言ったらな。」
一瞬で多くの事を考えた結果搾り出した言葉がそれだった。
「そうか、お前やセーネスの技が失われてしまうのは国にとって損失だ。私としては二人の技や知識を後世に残してほしいと考えている。クリスがだめな時はそうだな・・・いっその事弟子を取ってみるのはどうだ?お前の剣技をこの国の剣術として広めたっていい。」
クロードの言葉を聞いたガリウスは手をヒラヒラと振って否を示す。
「この国の剣技にするのなら、その指南役には団長の方が適任だろうよ。団長の剣は護剣。対する俺のは殺人剣だ。今後どこかを打ち滅ぼすのなら俺の剣を教える必要があるだろう。だが、基本的には自衛の方が優先だろう?そもそも、俺の剣では団長の防御を崩せない。最強様の方が下も付いて行くってもんだ。」
ガリウスは拗ねたように顔を背けた。
ライデンハーツ王国は数年前に革命があって王が成り代わった、比較的新しい国家である。その時の革命の首謀者がクロードであり、ガリウスやセーネスは彼の下に集まった者達であった。その中にはゲイルも含まれており、彼はクロードの参謀として革命軍を指揮していた。皆の奮闘で元の国家は転覆。クロードは国家の名をライデンハーツと命名したのだ。
新国家の誕生である。
だが、新しい国には相応の問題が発生する。一番顕著だったのは軍事力。それ故、ゲイルは自身の研究から実現可能そうなものを進言して研究を開始。クロードは騎士団の編成する傍ら、軍事的紋章術師団を創設した。
紋章学は人の為に、それが紋章学を世に広めた人間が唱えた考え方だ。他国はその考え方に基づいている。国家で抱えた紋章術師は主に民の生活が豊かになるような術式の研究と構築が義務付けられている。それ故に軍事的な紋章術師団の創設は例を見ない実験でもあった。
「レイモンドの剣は鉄壁だからな。確かに細い街道で殿を任せた時があったよな。アイツ一人で千を超える兵を抑えたのは驚きが隠せなかった。確かに、国の剣とするならレイモンドの技か・・・それで、アイツの技は鍛錬で体得可能なものなのか?」
クロードの問を受けたガリウスがレイモンドが扱う剣技を思い出した。
「相当な鍛錬が必要だろう。だが、兵のやる気にもよるが可能だろう。少なくとも俺の技を習得するよりは全員が体得できる可能性は高い。」
「お前の技は人を選ぶと?」
ガリウスは天井を見上げた。自身の技の根幹について簡潔に説明できる言葉を探した。
「そうだな、俺の技は剣の扱いだけ覚えればできるってものでもない。俺自身幼少の頃から気の鍛錬を積んでようやく技として完成できた。気の鍛錬だけはやる気があるからってどうにかなる問題でもない。個人のセンスが問われる。」
「なるほど・・・。」
クロードは顎に手を当てて考える仕草を見せた。
ガリウスは知っている。顎に手を当てて考えている時のクロードは突拍子もない事を考えているときだと。それが皆にメリットをもたらすのか、誰か一人がデメリットを負わなければならないのか。それはクロードの考えがまとまってからじゃないとわからない。
お手柔らかに頼むぜ、ガリウスは内心そう思った。
「今日は愚痴みたいになって悪かったな。」
そう言ってガリウスが立ち上がった。この場合、不利益な事を言われる前に逃げるが正解だとわかっている。
「そうか、もう帰るのか。」
「この後は屋敷に帰ってやることがあるんだ。」
ガリウスはクロードの方を見もせずに部屋の出口へ向かった。
家臣が王に対してする態度ではない。
「やること?」
ガリウスは首だけを向けてクロードを見た。
「クリスが剣術も教えてくれってさ。」
クロードは黙ってしまった。先の話でガリウスは娘のやる気に任せるような事を言っていたはずだ。今の言を聞く限りではクリスは自身の成長の為に何が必要なのか分かっている、そんな気がした。
「弟子の誕生だな。おめでとう。」
クロードはにこやかに手を振った。それは、とても優雅な仕草だった。
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