第6話 

 クリスは食事を終えると自室に戻った。部屋の灯りをつけると、部屋着に着替えて静かにベッドに腰を下ろした。


 ガリウス相手だとしても何連敗しただろう。初心者のクリスにも分かる。対峙している相手の上手さが。こちらが攻めていると、いつの間にか流れが悪い方に向いていることに気付く。何度やっても絡め取られてしまう。初めてプレイしたゲームだったとは言え、ああもセーネスにやられっぱなしでは気分も落ちてしまうってものだ。


 それはさておき、食事には父のガリウスも同席した。そんな二人の会話は普通の夫婦のそれではない。二人ともライデンハーツ王に仕えているらしく、食事の間も城の出来事が話の中心にある。


 クリスは体が子供でも精神的には女子高生。政治に関心はないのだけれど、セーネスが所属している紋章術師団が妙に気になった。


 現代日本では聞くことの無い単語である。オタク趣味が無い限りは、である。


「紋章術って何?」


 幼い娘のふりで聞いてみた。すると、セーネスの回答は以下の通り。


「刻んだ紋章を円で閉じる事で事象を発生させる者達のことよ。紋章には多様な種類があって、円のどの位置に紋章を配置するのかでも起こせる事象に差が出るの。その事象を起こす際に使うエネルギーはマナを使います。マナとは自然エネルギーの総称。そのマナを個人エネルギーであるオドで・・・。」


「おい、セーネス。クリスもまだ幼いんだからいきなりそんな事を聞かされても理解が追いつかんだろう。」


 ガリウスがセーネスの言葉を遮った。


 まくしたてるように話すセーネスの姿はオタクそのものであった。誰かが止めなければ言葉がとめどなく溢れ出してくるのだろう。セーネスから出てくる単語はアニメを見ていたクリスにとっては聞いたことのある単語くらいの位置づけで。頭で整理しながら聞くのは神経を使う。まして、自分に合わせた速度で話をしてくれるわけでもない。故に、セーネスの口から洪水のように出てくる言葉に思考が流されてしまうだろう。


 おそらく、どこかのタイミングで思考が停止してしまうだろう。


 クリスはベッドの上で仰向けに倒れた。


「紋章術か。どんな事ができるんだろう?」


 未知の技術に思いを馳せる。もし、アレができるのなら・・・もし、こんな感じのものなら・・・もし・・・・。妄想が膨らんでは消えていく。中学生の頃にクラスメイトから借りた漫画で描かれていた、似たような術を思い浮かべた。


 クリスの中でワクワク感が膨らんでいく。


「どうやったら使えるのかな、紋章術。一回見てみたいな。」


 クリスがぼんやりと呟いた。


 近くにセーネスと言う凄腕の紋章術師がいるのだ。実際に見てみたいのならば彼女にお願いするのが一番だろう。


「今からお母さんを訪ねて紋章術を見せてもらおうかな。でも、今はお父さんと一緒にいるだろうし。夫婦の時間を邪魔したら悪いな。それにしても、二人共見た目若いよな。何歳なんだろう。」


 クリスは若い夫婦が夜にすることってなんだろう?思春期の感性を持っているクリスは、二人が絡み合っているシーンを妄想してしまった。


 その妄想はクリスの顔を赤く染めていった。


「もう、何を想像しているの、私。」


 クリスは誰も居ない部屋の中で一人、手で顔を覆って恥ずかしさに身悶えした。


「紋章術。明日にでもお母さんに聞いてみようかな。その前に。」


 クリスは体を起こして机を見た。そこにはセーネスが用意したボードゲームがある。


「これも強くならないと。負けっぱなしじゃ釈然としないから。」


 クリスは遅い時間にもかかわらず机に向かった。


 翌日も日課となった語学の勉強をした。ローザが夕食の準備を始めてもセーネスは帰って来てはいない。既に今日のノルマを達成していたクリスは、セーネスを出迎えて話を聞く事にした。


 今は屋敷の玄関でセーネスの帰りを待っている。


「今日は遅いのかな。」


 クリスが呟いた。広い玄関の中ではやけに大きく聞こえた。


 扉が開く音が聞こえた。やっと帰って来たか、クリスが顔を上げて立ち上がった。ゆっくり扉が開く。扉が近づいてくる。それを避けるように玄関の正面に飛び出した。


「・・・クリスか。ただいま。」


 そう言ったのはガリウスだった。死角から飛び出した人影に反応したのだろう。腰に着けている刀の柄を握っている。一歩間違うと危なかったかもしれない。


 だが、クリスは自分が危ない事をしたと自覚が無い。


「なんだ、お父さんか。おかえりなさい。」


 クリスが肩を落として見せた。


「なんだとはなんだ。一応、ここは俺の屋敷って事になってるんだぞ。お母さんの方が位が高いとか、給金が高いからここはセーネスの屋敷とか言うな。」


 完全に被害妄想の八つ当たりだ。かなり気にしているようだ。そもそも誰にそんな事言われるのだろうか。ガリウスだって騎士団の副長だと聞いている。そんなガリウスよりも稼ぐ女、おっとりした雰囲気からは想像もできない才女、おまけに美人、それがセーネスなのだ。


 女性としては憧れてしまう。隣を歩くガリウスは色々言われているのだ。それが容易に想像できる。


 クリスの女子高生の部分が顔を出した。


「お父さんはお母さんより稼が低いの?」


 無垢な瞳の幼い娘の言葉を受けて、王国最強の呼び声もあるガリウスが後ずさった。クリティカルヒットだ。


 娘の前で涙を流す訳にもいかないガリウスは歪な笑顔を作った。


「お母さんを待ってるのか?今日は少し遅くなるって言っていたぞ。先にご飯食べて待っていようか。」


 そう言いつつガリウスが扉を閉める。その後、クリスを抱き上げた。


「お父さんの稼って・・・。」


 追い打ちをかけようとした時、ガリウスの目が一瞬鋭くなった。殺気を当てられた。クリスの口が動かなくなる。


 ガリウスの地雷を踏むような真似はしないほうがいい。


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