第2話 十年後
「やあ、龍平」
塀の向こうから声を掛けられた。
*****
「なあ知ってるか」
組織のチームリーダーに仕事の報告をした際、その隙間に話をするのは龍平の好まないものである。そうと知っているのか知らないのか、チームリーダーの男は龍平に酒をすすめる。
「何をですか」
「この頃いい仕事をするって話題になる奴がいるんだよ」
「組織の人間ですか」
「いや、フリーの奴だ。クサカベって名前らしい」
「……」
チームリーダーは酒をあおると龍平に目をむけた。
「欲しいな」
「俺にどうしろと」
「お前、『アイリスの丘』から来たんだろ。そいつもそうらしいって言われてる。何か知らないか」
「クサカベ……。同じ苗字の奴を知ってますけれど、多分違う奴ですね」
「なんでそう思う」
「ひとりでそこまでできる奴じゃありませんでしたよ」
龍平はすすめられた酒を飲み干すと席を立った。
*****
世は春である。桜の花が風になびいてその花びらを散らす。河川敷の木の下ではブルーシートを敷いた団体が酒を飲み、つまみを食らい、まさに花より団子といった風で騒いでいた。
龍平はひとり歩いている。昨晩も一つ仕事をこなし、掃除屋に後を任せてからチームリーダーに電話で報告を済ませ、住んでいる部屋のひとつに帰るところである。この程度のことで特別疲れるということはなく、ただ仕事の一環と言う感覚であった。
河川敷を抜けたとき、肩に花びらがついていることに気がついた。それを払って、また歩きだす。
町に入り横道に逸れる。この道は薄い木の塀をはさんで墓場が広がっており、狭いのもあって人通りは少ない。パターン通りに動くと言うのは危険だが、ここは龍平の好む道であった。
「やあ、龍平」
塀の向こうから声を掛けられた。思わず立ち止まる。塀の方を見るが姿は見えず、声だけが響いた。
「久しぶりだね、元気だった?」
「…………」
「あんな桜並木を歩いて、花にも避けられるのかい。相変わらず無粋な男だなあ」
「……払い落した。いつから見ていた」
「いつでも。花の命は短いんだから、せめて肩に乗せて旅でもしてやればいいのに」
「ただのゴミだろう」
「本当に無粋な奴」
くすくすくすくす。笑い声が響く。
「日下部、随分有名になったじゃないか」
龍平が口を開いた。笑い声が止み、沈黙が訪れる。
「なんでフリーでやってる。なんで組織に入らなかった」
壁の向こうは沈黙を保ったままだった。
「俺は」
絞るように、龍平は声を出した。
「俺は、お前は俺と来ると思っていた」
「ねえ龍平」
壁の向こうから、震える声が響く。
「また和洋って呼んでよ」
さああっと、強い風が吹いた。どこかの家からか、花びらが飛んでくる。
「僕も、君が僕と一緒に来てくれると思ってたよ」
「そうか」
「龍平」
「なんだ」
「天国ってあると思う?」
「思わない」
「じゃあ地獄は?」
「思わない」
「そっか。じゃあさ」
じゃりっ。塀の向こうから砂利を踏みしめる音が聞こえた。
「僕が死んでも泣かないでね」
龍平は肩についた花びらを無造作に払い落とした。
*****
それから数週間がたった。チームリーダーに仕事の報告をすると、相も変わらず雑談が挟まれた。
「クサカベが死んだとか」
「前に話してた、フリーの奴ですか」
「ああそうだ。欲しかったんだがな」
「じゃあそのうち俺も終わりですね」
「? 何でだ」
「あんなに噂になってた凄い奴が死んだってことは、俺みたいなのはなおさら長生きできないってことですよ」
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