閑話 学年で二番目に可愛い子、という風評被害について②
――雪村美月。
この学校で、彼女を知らない人はいない。
冗談のように小さな顔立ちに、切れ長の美しい瞳。
長身にスタイルも完璧で、女子から見ても思わず見惚れてしまう。
いずれはトップモデルか大女優か。
そう噂される天上人。
そんな我が校一の美女が。
「……あ」
今、私の目の前に立っていた。
ぽかんと固まる私。
こちらを見下ろす彼女は、静かな声で。
「――本の返却、お願いします」
淡々とそう述べた。
それに私は……差し出された本を受け取れず、固まったまま。
(……雪村、さん)
何度見ても、唖然とする。
……世の中には、ここまで綺麗な女の子がいるのか、と。
とても同い年とは思えない。
というか、同じ人類とすら。
そりゃこんな美人が近くにいたら、男子はみんな夢中になるだろう。
……でも、そんな規格外の美女を見て、改めて思う。
(……私、こんな人と比べられてるんだ)
ありえないことに、今一年生の中では、注目の女子はこの人か、私か、という話になっているらしい。
それを聞いた時の私の心境は……ちょっと言葉では言い表せない。
悲鳴を上げなかったのが奇跡だと思う。
――こんな女神様と比べられたら、私なんてただの村娘Aだ。
張り合う気なんてない。対抗馬何て荷が重すぎる。
そう内心頭を抱えたくなる。
すると、くいくい、と隣から袖を引かれた。
「……こ、琴羽ちゃんっ……!」
悲鳴のような小声。
でもその声に、はっと我に返った。
目の前では女神様が、少し困ったようにこちらを見ていた。
それを見て、慌てて本を受け取る。
「ご、ごめんなさい……! 返却、ですね。はい、かしこまりましたっ!」
つい敬語になってしまった。
隣でぶふっと笑う声が聞こえたが、気にする余裕はない。
雪村さんは、お願いします、と小さく口にして、踵を返した。
「……」
そのまま図書室を出ていこうとする雪村さん。しかし、その直前。
彼女はふと、図書室のある一点を見て、動きを止めた。
(? どうしたんだろ……?)
何となしに、その視線の先を追う私。
するとそこには、一人の男子の姿。
『……』
彼は山積みの本を、一冊ずつ棚に戻している。
一人でやるには大変な量。
手伝わなきゃ。ついそう思う。
……でも、動けなかった。
――天野伊織くん。
彼女の視線は、なぜか彼を見つめていた。
(……なんで、天野くんを?)
当の天野くんは、大量の本と格闘していて気づいていない。
けれど雪村さんもまた、彼から目を外さない。
僅かな静寂、そして。
「……っ?」
彼女はふっと、ほんの僅かに頬を緩めた。
そして視線を切り、雪村さんは踵を返して図書室を出て行く。
私と綾瀬さんは、呆然としたままその後ろ姿を見送った。
「……今の、なに?」
「……分かんない」
そんな村娘同士の会話。
平民に、女神の考えなど分かるわけがない。
「雪村さんと天野くんって、さ。同じクラス、だよね?」
「そのはず、だけど……」
「……」
「……」
「……激やばライバル、出現?」
「う、嘘……ってだから違うから!」
震える手を私の肩に置く綾瀬さんに、思わず叫ぶ私。
その叫び声を耳にしたのか、視界の端で、天野くんがびくっとして振り向いた。
――そして、それから数ヵ月が経ち。
「なあ柏木さん、いいだろ? 試しで付き合ってみようぜ?」
「え、えっと……その、ごめんなさい」
「……ちっ、んだよ」
肩を組もうとして来る手を避けて、身をかわす。
すると金髪の軽薄そうな男子は、舌打ちをして離れていった。
”ぎゃはは。フラれてんじゃん!”
”うるせーな。くっそムカつくわ。行けると思ったんだけどなぁ”
”まー確かに雪村さんよりは狙い目だしな。次、俺口説いてみよっかな”
「……っ」
そんな話し声に、逃げるようにその場を後にした。
……ここ最近、ますます告白は増えている。
だけど、全然喜べない。
二番目とか。そんな呼び名を勝手につけないで欲しい。
私は私で、誰の次でもないのに。
――そう思っていても、状況は変わらなかった。
二番目。雪村さんの次。
狙い目の女の子。
そんなレッテルが当たり前になり、男子からも女子からも、そういう目で見られる日々。
「……はぁ」
恒例の図書委員。
カウンター席に座り、ついため息をつく。
始めのうちは平気だった。
二番目と呼ばれるのも。”雪村さん”と比べられるのも。
どうせそのうち収まる。そう思っていた。
だけど……
(……しんどいなぁ)
最近、学校に行くのが辛いと感じる。
友達もいるし。別に虐められてるわけでもないのに。
ただ……少し疲れていた。
あの高嶺の花と、比べられることに。
「――柏木さん」
「え?」
そんなことを考えていた時。
不意に声をかけられ、体が跳ねる。
「あ、天野くん? どうしたの?」
目の前にいたのは、天野伊織くん。
たまに話すけど、まだ上手く距離感が掴めていない。
それは男子だから、というのもあるけど。
『なるほどねぇ、そっちだったかー』
(綾瀬さんが、変なこと言うから……)
あれから、天野くんと上手く話せなくなっていた。
意識しなければいいのに。どうしても。
「もう時間だけど。帰らないの?」
「え、あ、あれ?」
周りを見ると、残っているのはもう私達だけ。
時刻は5時。図書室を閉める時間だ。
「ご、ごめんね? ぼーっとしてて」
「いや、全然。じゃあ、準備出来たら鍵閉めるから」
「あ、うん」
慌てて荷物をまとめ、ぱたぱたと天野くんの後について、教室を出る。
ガチャリ、と鍵を閉めると、天野くんはこちらを振り返る。
「鍵返してくるから。先帰ってて」
そう言って、返事も待たずに歩き去っていく。
その後ろ姿には、一切の未練が感じられない。
(……なんか)
他の男の子みたいに、下心丸出しなのも嫌だけど。
全く意識されないのも、それはそれで、というか。
「あ、天野くん」
「?」
「私も、ついてっていいかな?」
「……え?」
なんで? とその表情が言っていた。
でも私は、笑って誤魔化した。
意識されなくて悔しいとか、寂しいとか。
そんな子供みたいなこと、言えるはずなくて。
――そうして、二人で職員室に鍵を返し、学校を出たのだが……
「……」
「……」
(ど、どうしよう……)
先程から、会話が続かない。
隣を見ると、天野くんも若干気まずそうにしている。
どうしよ。何か話さないと。そう思った時。
――ポツ。
「……?」
頬に冷たい感触。そして。
……ザァァァ!
「げっ」
「うそ!?」
突然の大雨。
慌てて二人で近くの店の軒下に逃げ込む。
そして呆然と外を眺める。
叩きつけるような雨。まさかこんないきなり。
「あー……柏木さん。折り畳みとか持ってる?」
「え? あ……も、持ってない、かな」
今日はたまたま忘れてきた。よりによってこんな日に。
天気予報くらい見ればよかった。と今朝の自分を嘆くが、もう遅い。
「そか……じゃあ、これ」
「え?」
「使って。僕はまあ、適当に止むの待つから」
そう言って差し出された、紺の折り畳み傘。
一瞬理解するのに時間がかかったが、すぐにぶんぶんと手を振る。
「い、いや! 悪いよそんなの!」
「いいって。多分通り雨だと思うし」
「で、でも……」
さすがにここで受け取って、天野くん一人残して帰るなんて無理だ。
どうしよう。と考え、ふとある細道が目に入った。
「あの、天野くん」
「なに?」
「今日って、ちょっと時間あるかな……?」
「……え?」
――そうして、私達が向かった先は。
「――いらっしゃいませ」
「あ、ふ、二人で」
「はい。こちらへどうぞ」
通学路の一本の細道。その中に隠れた、小さな洋風の喫茶店。
私がこっそり通ってる、お気に入りのお店だった。
「へぇ……こんな店あったんだ」
「うん。結構分かりづらいところにあるから、見つけにくいと思うけど」
奥の席に二人で座り、荷物を置く。
天野くんは興味深そうに店を見渡しているけど……私はちょっと、それどころじゃない。
(これって、デート、なんじゃ)
い、いやいや、違う。
ただ雨宿りしてるだけ。うん、それだけ。
そう必死に言い聞かせて、メニューを開く。
「あ、天野くん。何頼む? ほらここ、コーヒーも美味しいよ?」
「え? ああ。えっと」
誤魔化すようにメニューを押し付ける。
すると戸惑いながら天野くんはメニューを受け取り、ぺらぺら、とめくると……。
「……」
「……?」
ちら、とこちらを見て、何か言いづらそうにした後。
「……じゃあ、クリームソーダで」
「え」
ぽつり、とそう口にして、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
それを聞いて一瞬固まり、やがて、つい吹き出した。
「ぷっ、あはは!」
「ちょ、笑うことないだろ」
「ご、ごめんごめん。いや、馬鹿にしてるわけじゃなくて」
手を合わせつつ、目元に浮かんだ涙を拭う。
……そっか。甘いの好きなんだ。
なんか可愛い。とつい頬が緩む。
「じゃあ私も、ミルクレープ食べようかな」
「うん。まあ、いいと思う」
「拗ねないでよー。ごめんってば」
そんな話をしているうちに、緊張が解けた。
よかった。何とか普通に話せそう。
そうほっとしていた時。
「……柏木さん。何かあった?」
そう、唐突に聞かれた。
「え?」
「いや、今日ちょっと様子がおかしかったから」
その言葉に、思わず固まる。
……そんなに、態度に出ていたのだろうか。
そう唖然として、つい天野くんを見つめてしまう。
「そう、見えるのかな」
「まあ……少しだけ。言いたくなかったら、無理には聞かないけど」
そんな私の様子を見て、天野くんはそう気を遣ってくれた。
それに私は、少しだけ悩んで。
ぱっと、口をついて出た言葉は。
「天野くんは、さ」
「うん」
「……もしも、私と雪村さんに告白されたら、どっちと付き合う?」
……そんな、とんでもない爆弾だった。
「……は?」
天野くんの呆然とした声。
それを聞き、はっと我に返る。
「あ、あああ!? ち、違うの! そうじゃなくて!」
「う、うん?」
「その、実は……」
そうして、私は天野くんに全てを話した。
”二番目”、”雪村さんの次”、”狙い目の子”。
そう呼ばれることが、少しだけ、苦しいということ。
「……」
「ありがたいこと、なんだけどね。二番目でも、認めてもらえてるわけだし」
「……ん」
「そんな気にすることじゃないって、分かってるんだけど」
そう、贅沢な悩みだと分かってる。
”二番目”だって、決して蔑称じゃない。
むしろ褒めてもらえているはずだ。
だけど……
「私……このままずっと、雪村さんと比べられるのかな……」
そんな情けない声が漏れてしまう。
この数ヵ月、溜め込んだ想いが溢れる。
こんなこと、天野くんに言っても仕方ないのに。
――雪村美月さん。
美人で、かっこよくて、勉強も運動もなんでもできて。
みんなの憧れで、誰からも求められて。
私なんかじゃ……逆立ちしたって、敵わない人。
そんな人と、いつまで。
カフェに重苦しい沈黙が落ちる。
ああ、どうしてこんなことを話してしまったんだろう。
俯いた顔が上げられない。
きっと、天野くんだって困ってる。
そう思って、涙が零れそうになった時。
「……別に」
「……っ?」
「気にしなくて、いいと思うけど」
ぽつり、と天野くんがそう呟いた。
「え……?」
「他の人はわからないけど……柏木さんには、雪村さんにもない魅力がたくさんあると思う」
顔を上げると、その先にあったのは、心配そうで……それでいてどこか、申し訳なさそうな顔。
天野くんは言葉を選ぶように、何度も口籠って。
「図書委員で毎日最後まで残ってたり、困ってる人がいたら手伝ってて。ああいうの、すごいと思うし……それに」
そう言うと、なぜか天野くんは頭を抱えた。
うぐ、となにやら唸って、やがて顔を上げると。
「……柏木さんは、雪村さんとは違うタイプの凄い美人だから。比べなくていいんじゃないかな」
「……!」
真っ赤な顔で、心底恥ずかしそうに、そんなことを言われた。
……その言葉に、私の頬も、熱を帯びたのが分かる。
「え、あ……」
上手く言葉が出ない。恥ずかしい。
だけど。
「あ、ありが、とう」
「……いや、ごめん。なんか偉そうなこと言って」
かろうじて、それだけを口にして。
それからは、何を話したのか覚えていない。
ただお互い恥ずかしがって、上手く話せなかった気がする。
だけどそうして、お互いのことを話して、少しだけ距離が近づいた気がして……
それから十分ほど経って、私達二人の”初デート”は、幕を閉じた。
「――じゃあ、また明日」
「あ、うん」
それから、気づけば雨は上がっていた。
お互い駅まで、あまり口を開くこともなく。
けれど、不思議と気まずいとは思わなかった。
そうして駅につき、別の線路に向かう天野くんの背中を、何となく見送って。
「あ、天野くん!」
気付いたら、咄嗟に呼び止めていた。
「……?」
振り向き、首を傾げる天野くん。
それに私は、あわあわと慌てて。
「その……また、誘ってもいいかな?」
咄嗟に思ったことを、口にした。
またこうして、二人でお茶ができたらいい、と。
今にして思うと恥ずかしい。無自覚のデートのお誘い。
だけど天野くんは、僅かに目を見開いて。
「……僕でよければ」
照れくさそうに頬をかいて、そう言ってくれた。
「う、うん!」
それが嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしくて。
慌てて天野くんに背を向けて、電車まで走った。
――今にして思えば、きっとこの時がきっかけだった。
この時はまだ、自覚すらなかった気持ち。
だけどそれから、図書委員の帰りに、よくお茶をするようになって。
勉強のこととか、友達のこととか、色々話すようになって。
それが楽しくて。いつの間にか、"二番目"という言葉を気にすることもなくなっていた。
いつかこの可愛くて優しい男の子の、一番になれたら。そんなことを想って。
それが私――柏木琴羽の初恋だった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
あとがき
皆様。お久しゅうございます。
星光です。当方生きております(汗)
半年ぶり……まさかの半年ぶりの更新となったこと、ほんとーに深くお詫び申し上げます。
これには海より深いわけがあり、具体的には『書籍版10万文字完全改稿』とかいうイカれた所業に半年を要してしまいまして……
通常はWEBの内容を多少改稿する程度で出版するのですが、本作においては伊織と美月の物語を徹底的に見直し、より濃密に再構築させていただきました。
大変遅くなりましたが、発売は2.28予定で、現在予約も始まっております(ぜひ!)
書籍化作業に一区切りつきましたので、今後web版もぼちぼち更新していこうと思います。
そちらも併せまして、今後もこの「顔幼」を、皆様どうぞ宜しくお願い致します……!!
(ちなみに今話の柏木さんですが、書籍版では一層活躍するというか、美月と並ぶメインの一角に昇格しております。ぜひ応援してあげてください!)
顔の良すぎる幼馴染と、気づいたら朝チュンしてた件(カクヨムコン10 特別賞&コミカライズ賞受賞!) 星光音音 @karisuma341
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