閑話 顔の良すぎる幼馴染を、ラーメン屋にぶち込んでみた件


 ――ある日の夜。


「……あ」


 いつも通り夕飯の準備をしようとしていた美月が、ふと声を出した。


「……美月?」

「……ごめん。夕飯の材料、買ってなかった」


 冷蔵庫を見たまま、ぽつり、と呟く。


 僕も見ると、確かに冷蔵庫はほぼ空だ。


「あー……なら、買いにいくか。スーパーまだやってるだろうし」

「ん……」


 別に僕一人で買ってきてもいいのだけど。

 多分、着いてきたがるだろうな。


 そう思って誘ったのだが……


「今日は、いいよ」

「え?」


 そう言うと美月は、僕が去年の誕生日にあげた、ブランド物の財布を取り出して。


「外、食べいこ?」


 どこか楽し気に、僕の腕を引くのだった。






「――で、何か食べたいものは?」


 今僕達がいるのは、駅近くの商店街。

 僕らが買い物するのも遊ぶのも、もっぱらこの辺りだ。


 僕らの家は学校から一時間半ほど距離がある(というか、そういう高校を選んだのだが……)ため、まあまず見つかることはない。


 しかし、とはいえ。


「んー……」


 ……こいつのこの格好は、どうにかならないのだろうか。


 ノースリーブの黒ニットに、ベージュのスキニージーンズ。

 魅惑的なボディラインがくっきり浮き出る、少し刺激的すぎるコーデ。


 あろうことかこの子、ただちょっと夕飯を食べにいくためだけに、がっつり着替えやがったのである。


 そのせいで僕までそれなりの恰好をせざるをえなくなった。

 ……といっても、カットソーに半袖のジャケットを軽く羽織っただけだが。


「特にないから。歩いて決めよ」


 当たり前のように手を繋いで、繁華街を歩く僕ら。

 しかし……いつも思うことだが。


(……視線が痛い)


 さっきから男女問わず物凄い量の視線が、主に隣に浴びせられる。

 だが美月は慣れた様子で、動揺一つしない。

 

 ”……おい、なんだあのド美人。芸能人か?”

 ”なんか手繋いでるけど……あれ彼氏? 冗談だろ?”

 ”もっと他にいるだろ。こう、男らしいのが”


 などなど。


 いや辛い。何度経験しても慣れない。

 しかし、それで手を離そうものなら……


「……伊織?」


 不思議そうに名前を呼ぶ、幼馴染の声。

 そして、徐々に悲しげに眉が歪んでいく。


「い、いや、なんでもない」


 慌てて、手を繋ぎ直す。

 ……ご機嫌取りに、恋人繋ぎで。


「……ん」


 すると僅かに緩む口元。

 ……このように、手を放すという選択肢は僕にはない。


 だから睨むなおじさん達。

 仕方ないんだ、これは。

 そう誰にともなく言い訳しつつ、街を歩いていると。


「……あ」


 小さな声が聞こえて、隣を見る。


 すると美月は、一つのお店の前で立ち止まった。


 その小汚い店の看板にあった名前は。


『ラーメン屋 天童』


「……」


 その看板を見つめたまま、微動だにしない美月。

 これは……まさか。


「……美月……ラーメン、食べたいのか?」

「……えっと」


 聞くと、美月は僅かに言い淀んで。


「あたし……ラーメンって、食べたことなくて」

「……えっ?」

 

 その言葉に、僕は唖然とする。

 ラーメンを、食べたことが、ない?

 そんな高校生がいるはずが……


 ……だが、そこで僕は思い出した。

 こいつは基本、食事は自炊だ。 

 外食へ行くとしても、あまりジャンクなものは食べないようにしていた気がする。


 ……だから、つまり。

 高校生にしてラーメンを食べたことがない。

 などという希少種になるのも、ありうる話だった。


「……行ってみる、か?」


 一応聞いてみた。だがすぐに、いやないだろう。と自分でツッコむ。


 ラーメンを食べる雪村美月。

 似合わないにも程がある。


 だが……


「……うん」

「……え、マジで?」


 こくり。と頷いた美月にこちらが驚く。

 え、食べるの? ラーメン。


 動揺する僕を置いて、美月は覚悟を決めたようにラーメン屋に向かう。


 そして。


 ……ガラガラ。


 恐る恐る、扉を開けた。



「――へいっ! らっしゃー……」



 景気のいい掛け声が、途中で止まる。

 ラーメン屋の店主だろうおじさんは、入ってきた美月を見て固まった。


 そして、タオルを頭に巻いたおじさんを見て、美月もまた固まった。


 ついでに、その場にいた客も全員固まった。


「……伊織」

 

 どうすればいいの? と目で問いかけてく美月。


「……まあ、とりあえず席について、注文しよう。ほら、メニューそこにあるから」

「う、うん」


 おずおず、とカウンター席につく美月。

 なんだか珍しいその態度に吹き出しそうになる。


 普段は超然としていて、何事にも動じない彼女。

 しかし、変なところで動揺することがままある。ということを、幼馴染の僕だけが知っていた。


 必死にメニューに目を通す美月を見て、店主のおじさんは、ごくり、と息を呑んだ。


「……あ、あの……お姉さん? 店を、間違えてねえですか……?」


 恐る恐る、といった風に訪ねてくる。

 隣にいる僕などは、目にも入っていないようだ。


 ……だが、それも分かる。


 こんな汚っちゃない店に、突如女優ばりの美女が来店したら、誰だって似たような反応になるだろう。

 

 周囲の客ことおじさん達も、うんうん、と頷いている。


 だが、美月は。


「……えっと、ラーメン、食べにきたんですけど……」


 どこか居心地悪そうに、そう告げる。

 それにピシャアッ! と雷に打たれたように固まるおじさん。


 そして、ふるふる、と震えだしたかと思えば。


「……へ、へいぃっ! 喜んでぇ!! おいてめえら! とんでもねえビップのお出ましだ! 気合いれろやぁ!!」

「「へいっ!!」」


 途端に腕まくりをして、店員に叫び散らかした。

 それにびくっとなる美月。ちょっと面白い。


「……で、何頼むか決まった?」

「……違いが、よく分からない」


 困り果てた様子の美月に、再度笑いそうになるのを必死に堪える。

 まあ、こいつでも食べられそうなのは……


「醤油ラーメン。野菜多め、油少なめでって言ってみ」

「え? う、うん」


 僕が言ってもいいが、おじさん達も、美月から注文を聞きたいだろう。

 そんな配慮で耳打ちする。


「しょ、醬油ラーメン、野菜多め、油少な目で……」

「……へいぃっっ!! がってん承知っ!!!」


 ものっそい気合の入った返事が返ってきた。

 ……っていうか、僕まだ注文してないんだけど。聞く気ある? ねえ?

 




 ——そうして、待つこと五分。


「……へいっ!! お待ちぃっ!!」


 ドンっ、とテーブルに乗った“それ”を見て、美月は固まった。


 迫力のある野菜の山。

 我こそ主役! と主張するチャーシュー。

 本命の麺は、影すら見えない。


「……伊織」


 いや、僕を呼ばれても。


 縋るようにこちらを見る美月に、とりあえず、食べなよ。と勧める。

 僕の前にも、醤油ラーメンチャーシュー大盛りが置かれ、いただきます、と手を合わせた。


(……ん。やっぱりここ美味いな)


 僕の見つけた穴場のラーメン屋。

 小汚い店構えだが、味は確かだ。


 どぞ、と美月にも勧めると、恐る恐る箸を伸ばす。

 そして……


「……っ!」


 野菜をとりあえずどけて、一口麺を啜った美月は、衝撃に固まった。


 暴力的な旨みと油。

 たとえ少なめだろうが、美月にとっては狂気の沙汰だろう。


「……伊織……」


 今度は恨みがましい目でこちらを見てくる。

 いや、入るって言ったのはキミじゃないか。

 それでも破壊力は小さい方なんだぞ。


 ずるずる、とラーメンを味わう僕を見て。

 美月もまた、覚悟を決めたように箸を伸ばした。


 そして、どうにかこうにか(一部僕に移しつつ)食べきった後。



「——あぁりがとぅございやしたぁーー!!」


 

 やたら気合いの入った見送りを受け。

 顔色を蒼くしながら腕にしがみつく美月を伴い、店を出た。


「……どうだ、美味かったか?」


 一応聞いてみる。

 すると美月は、少し悩んで。


「……おいし、かった。でも」

「でも?」

「あたしは、一回で、いいかなぁ……」


 遠い目をしてそういう美月に、僕はつい吹き出した。





 ——その後、口直しにアイスクリーム屋に寄った僕たち。


 僕はラムレーズン、美月はミント味を選んだ。

 美月が頑なに手を離そうとしないから、渋々カップではなくコーンを選択。


 二人でアイスを舐めながら、人の行き交う繁華街を歩いた。


「……美味しいね」

「ん……」


 特に言葉は交わさない。

 今更、気まずく思う関係でもない。


 ただ無言で街を歩く。

 たったそれだけで、ひどく満たされる。


「……ね、伊織」

「ん?」

「伊織は今……幸せ?」


 そんな唐突な問い。


 いきなりなんだよ。と横を向くと、美月は真剣な顔で、じっとこちらを見ていた。


 答えて。と目で告げる美月に、僕はやれやれ、とため息をついて。


「……幸せだよ。当たり前だろ」

「……そう?」

「ああ」


 今更、言うまでもない。

 今の僕が幸せじゃないなんて言ったら、世界中の人間に殺される。


「好きな女の子と結ばれて、一緒に暮らして……」

「……うん」

「蓮二や朝陽、仲良くしてくれる友達もいて」


 そう、僕は人に恵まれている。

 この幼馴染兼恋人も。他の友人達も。

 大した人間じゃない僕の、最大の幸運だ。


「……ほんと、幸せだよ」


 ため息混じりに、そう呟く。 

 本当に、なんで僕は、こんなにも恵まれたんだろうな。


 そんな自嘲を浮かべる。

 美月は、そんな僕をじっと見てくる。


 やがて、ふっと、寂しげに笑うと。



「……そっか」



 小さく、呟いた。





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