第32話 和解

 朝一海が目を覚ました時には、隣のベッドに大河の姿は無かった。

 昨夜部屋に戻ったときもいなかったが、ベッドの様子を見るにここで寝たのは確かだろう。起きてすぐに気まずい顔合わせをしなくて済み一海はホッとした。

 部屋を出ようとドアを開けると、そこにはメイが立っていた。まだ半覚醒状態の一海は面を食らう。


「……おはよう」


 咄嗟に言葉が出てこず、とりあえず挨拶を口にする。するとメイは勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい!」


 少々以外な態度に一海は再び面食らってしまう。


「昨日は……我ながら冷静じゃなかった。一海の意見は最もだと思う。だから昨日のことは一旦忘れて!ウチもちゃんと世界を救うことを、君たちのことを手伝うからさ」


 彼女は大人だった。一海は自戒する。自分も大人にならなければ。冷静に折衝すべきだったのだ。主義主張が合わなかろうが、メイは必要な存在なのだから。


「俺も、ごめん。メイの気持ちも考えずに……」

「いいのいいの」


 メイはふっと笑った。変に確執を生むことなく話がつき、一海は心底安心した。メイはいつもの明るい口調に戻って言う。


「それで……大河とも喧嘩したんだって?」

「う……ま、まあ……喧嘩というか、俺が一方的に悪いんだけどさ」

「仲直りしに行こうか!お姉さんも責任もってついて行ってあげるからさ!」


 一海は半ばメイに背中を押されながら教会の外へと出た。

 庭の端、小さな菜園に大河の姿があった。プラムと日鞠も一緒だ。メイが大河の名を呼んでこちらへ手招く。大河は一海の顔を見つけると、気まずそうな顔をしながらこちらに向かってきた。


「一海、昨日は……」

「ごめん!」


 一海は大河の言葉を遮って先手を取る。


 「俺、頭に血がのぼってた。酷いことを言ってしまって本当に申し訳ない」

 

 頭を上げると、大河は顔を反らし鼻を掻いていた。


「こちらこそ、殴ってごめん」


 謝罪を交わし合った二人の肩に、メイは腕を回す。


「えらいぞ二人とも!それに元はと言えばウチが悪い!ってなわけだから、これでこの件は水に流そ!」


 彼女のテンションに和まされ、顔を突き合わせた一海と大河はぎこちなく笑った。

 後で作戦会議があるから、と言ってメイは教会に戻っていった。二人でその後姿を見送る。


「いやーまさか手が出ちゃうとはね。僕暴力とは無縁のタイプだったはずなんだけど、自分にびっくりだよ」

「それにしては中々いいパンチだったよ」


 一海は冗談めかして言う。ごめんって、と大河は笑った。


「昨日考えてたんだ、ずっと。……僕はきっと、一海が羨ましかったんだと思う」

「羨ましい?俺のことが?」

「そうやって合理的に生きられれば、僕の人生はもっとまともだったのかもってね」

「……どうだろうな」


 一海は苦笑することしかできなかった。






 シンヤからの招集があり、再び長老の部屋に集まって作戦会議が行われた。内容は一海達守護者アイギス一行のこれからの動きについてだ。


「二日後の朝、ここを出発する」


 皆を前にシンヤが話す。最終目標は帝国が手に入れんとしている人工神器アーティファクトの破壊。その人工神器アーティファクトが眠っている遺跡は、険しい氷雪地帯である北の山脈の奥地にあるが、既に帝国によって抑えられているらしい。一海達はそれを突破できるだけの戦力を蓄えつつ、北へ向かうことになる。

 まだ全員の魔法習得が十分でないのに隠れ家を出るのはギルテリッジ帝国を警戒してのことだった。帝国がどこまで情報を掴んでいるかは不明だが、エルムに居た兵士か一海達を襲った輸送隊から連絡を受けているかもしれない。悠長にしている間に足取りを追ってアウジーンまでたどり着き、この一帯を占領して脱出が困難になる可能性がゼロではなかった。


 それらを踏まえた上で、シンヤが提示した当分の旅の指針はこうだ。

 まず早いうちに隠れ家を脱しルクセリスへ入国。そしてルクセリス領土内の遺跡を巡って戦闘経験を積みつつ人工神器アーティファクトを回収していく。

 いくらギルテリッジ帝国といえど、スペステラ一の国土と軍事力を有する大国ルクセリスの領地に踏み入るのは容易ではない。


 「それからこれを配っておく」


 シンヤはテーブルに四人分のアクセサリーを置いた。小さな魔石を設えたシンプルなネックレス。


「発信機の役割だ。万が一の時、お前たちを探し出せるようにつけておけ」


 一海達はそれぞれ頷き、それを手に取った。一通りの話を聞き終えた後、メイが質問をする。


「シンヤも一緒に来てくれるの?」

「ああ、俺もついて行く。だがこの体は使い勝手が悪いんでな、戦力になるとは思わないでくれ」


 シンヤの回答に、メイは嬉しそうな顔をしていた。


 会議の後、一海はシンヤに声をかけた。


「シンヤさんはこっちの世界に来て早い段階で、独自に魔法を編み出したりしてましたよね」

「ああ。編み出すというか、大体は既存のものの改良だがな」


 二日後にはこの隠れ家を出ることになる。それまでに確実な武器が欲しかった。マナクラスがEという少ない容量の中、魔法戦を戦い抜くための武器が。しかし、数多くの魔法が載っている『魔法基礎学』にさえ、マナ消費量が少なくまともに使えそうな魔法は『風袋アイオロス』くらいしかなかった。それならば――――


「俺に魔法の創り方を教えて欲しいんです」


 無いならば己で創る。都合の良いことに目の前の男は、別世界の住民でありながらスペステラの魔法史を変えたほどの、天才的な魔法構築技術の持ち主だ。

 シンヤは不敵な笑みを浮かべる。


「いいだろう。お前の構想を聞かせろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る