第10話 遭遇

そして、いつの間にかルークの後ろに立っていたラインがその細い腕で太い角材を振りかぶった。

危ない――――小日向は叫ぼうとするが口は動かない。鈍器はルークの頭目掛けて振りかぶられる。

 ルークは向かってくる角材を左手で掴んだ。そのまま力の方向をずらし、少ない動作で身をかわす。角材は床に叩きつけられ、ラインの態勢が崩れる。すかさずルークは剣の柄をラインの首目掛けて突き刺した。ラインがくぐもった悲鳴を上げる。流れるように、ルークはラインの腕を引きその力で腹に膝をぶち込んだ。男は倒れ込む。ルークもまた倒れるようにして男に馬乗りになり、首根っこを掴んで地面に押し付ける。


「くそ、体が……」


 ルークは歯を食いしばって何とか体の感覚を保とうとしていた。視界は歪んでいるし、手足は思うように動かない。


「ライン!クソ野郎……!」


 アルフレッドは慌てて肩に提げた鞄に手を突っ込んだ。そして何かを取り出し、ラインに覆いかぶさるルークに向ける。それは柄だった。刀剣の持ち手である柄。しかし刃はついておらず、役割を失ってしまったかのようなそれを、彼は振るう。

 魔道具だ、と小日向は断定した。柄の本来刃があるはずの部分。そこに魔法陣が描かれているのが見えた。かなり簡易な図だが、間違いなく魔法陣だ。


「『起動イニシオン』!」


 そして、答え合わせをするように柄の先が緑閃光を放つ。柄から金属製の鎖が放出され、勢いよくルークの体に巻き付き一瞬にして体の自由を奪った。


「なッ……!?」


 アルフレッドはさっきまで自分が座っていた椅子を持ち上げて鎖で縛られたルークの頭を勢いよく殴った。鈍い音が狭い部屋に響く。ルークは半ば吹っ飛ぶように床に倒れた。


「よしッ!やった!やったぞ!やっぱり二人いてよかった!」

「いってぇ……ちゃんと分け前は寄越せよな」


 ラインは喉を押さえながらのそっと立ち上がった。それから二人はハーブティーを飲んで痺れて倒れていた小日向たちを順番に縛っていった。

 やられた。小日向は下唇を噛む。最低限の警戒として、アルフレッドがハーブティーを口にするのを見た後に飲んだはずだった。だが彼はピンピンしている。カップに何かしらの仕掛けを施していたのか、それとも口の中に解毒剤を仕込んでいたのか、今となってはもはやどうだってよかった。


「あなた達、何が目的なの……?」


 宇佐美が二人を睨みつける。五人全員が手と足を縛られる頃には、麻痺していた意識と視界は回復していた。身体にはまだ痺れが残っているが。一方でルークは完全に意識を失っているようだった。


「悪いとは思ってるよ」


 最初にアルフレッドの口から出たのは罪悪感の表明だった。彼は顔に滲む汗を腕で拭った。


「恨むならこの世界に来ちまったことを恨むんだな、守護者アイギスさんよ」

「っ!?なんでそれを……」

「おいおい、店であんな騒ぎ起こしておいてよく言うぜ。俺ぁあの場にはいなかったが、すぐ耳に入った」


 あれは最初はただの店内のいざこざだったが、最終的に街の自警団が出動する事態になった。それも相手はあのギルテリッジ帝国の兵士ときた。エルムという決して広くはない街で、噂が一夜にして広まるのもおかしな話ではない。もしかしたら、アルフレッドがちょうどその時店の前を通りかかったという可能性もある。そしてその後、小日向達はまんまと彼らの元へやって来てしまったというわけだ。

 問題はアルフレッド達の目的だ。何のために守護者アイギスを捕らえるのか。可能性が高いのは……。


「裏にギルテリッジがいるな……?」


 小日向の問いに答えたのはラインだった。彼は口の端をつり上げ、痩せこけた顔を卑しく歪ませる。


「正解!そういや店でもギルテリッジの奴らに絡まれたんだったな。いやぁあの時そいつらに捕まらないでくれて助かったよ。お陰で俺達が懸賞金を総取りできる」

「おいライン!余計なことは言うな!」


 アルフレッドがラインの胸を押して制する。


「大丈夫だろ。どうせこの後ギルテリッジの奴らに引き渡すんだからさ」

「それもそうか……」


 アルフレッドはこちらを見下ろして言った。


「とにかくだ。お前たちは大人しくしててくれ。大丈夫だ、奴らもそんなに悪いようにはしないはずだからよ」


 それから布を持ってきて、小日向から順番に猿轡をし始める。小日向は一先ず大人しくされるがままにしていた。ふと見ると、乙葉が縋るような目でこちらを見ていることに気付く。この世界の知識があり魔法を使える小日向は、彼女にとってすごい人に見えていたのかもしれない。こんな窮地でも脱することができるような。

 逃げるように目を伏せる。猿轡で口を塞がれ、魔法も難しくなった。魔法でこの場を切り抜ける方法を探ってはいたが、やはり今の知識と技術では思い当たらなかった。昨日の『自走する炎フラムクレル』も出力の調整ができないし、足まで縛られているこの状況では自分の首を絞めかねない。今の彼にはもう、打てる手はない。

 小日向は自分の甘さを反省していた。ギルテリッジが本気で守護者アイギスを捕まえようとするなら、輸送隊に根を回していてもおかしくない。当然、輸送隊を懸賞金で釣ろうとしたって、相手がギルテリッジともなれば応じない人の方が多いだろう。輸送隊の信用にも関わる。しかし実際にはまんまと捕まってしまった。帝国の策略勝ちだ。

 アルフレッドが最後に榊の口を塞ごうとしたとき、榊が地面に伏しながら悲痛の声を上げた。


「そもそも何であんたらは僕たちを捕まえようとするんだよ……守護者アイギスって救世主じゃないのかよ!?」

「救世主かもしれないけどよ」立って見ていたラインが答える。「お前らが頑張ったところで俺らの生活は変わらないんだ。目の前の生活のが大事なんだよ」


 不満を顔に露にする榊も布で口を塞がれ、言い返す術を失った。


「大体、こんなガキをわざわざ異世界から連れてこなくたって世界は滅びないだろうに」


 完全に拘束されてしまった小日向達を見下ろして、吐き捨てるように言う。小日向はその言葉に引っ掛かりを覚えた。


 ……九年前に世界を救ったのはハルアキ達守護者アイギスだよな?意外と民衆はそのことまで知らないのか?インターネットがある世界ではない。辺境の国の辺境の街まで、その話は届かないものなのだろうか。それとも……。


 何かの音を聞き、思考が中断される。

 それは決して大きな音ではなかった。だが確かに小日向の耳に届いた。パキパキ、とガラスが割れるような音。窓ではない。音は窓の外だ。アルフレッド達が気にしている様子はない。床に倒れた状態から、顔を上げ窓を覗いた。角度が悪く、暗くなり始めた空ばかりが見える。昼間は澄んでいた空もいつの間にか分厚い雲に覆われている。その視界の端に、何かが映った。


 空間の亀裂。ひび。


 次の瞬間、再度ガラス音が鳴り亀裂が広がる。そして――――黒い何かが這い出てきた。

 床に伏した状態ではよく見えなかった。それでも……理解してしまう。全身から血の気が引く。地面が僅かに揺れた。相変わらず、窓からは亀裂の端しか見えない。


「おいッ!なんだアレは……!?」


 ラインが気付いた。窓の外にいる存在に。突然叫びだした彼を不審がりながら、アルフレッドが窓の方を見ようとする。


 その時にはもう、ラインの体を何かが貫いていた。

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