太歳頭上動土
「大体の事情は分かったが、具体的にどうすればいい?」
平穏が欲しいと言われても螢の組織と友好を結びたいだけなのか、多数派を打倒したいのか、それとも他に何があるのか。
何にせよ螢としては一度ここを脱出して、組織と合流するのが第一であった。
何なら適当に言いくるめて島を脱出し、後から島ごと全てを沈めても良いとさえ思っている。
「取り急ぎまずは祭りを止めて、いや、潰してしまって欲しい」
螢の眉がピクリと動いた。
意外な答えが返ってきた。
螢としては、祭り自体はこの島に元からあり、多数派がその祭りを不死化の実験にでも利用していると思っていた。
しかし、それを潰せとはどうにも過激な注文であった。
「潰すとは物騒だね。数え切れないほどのゾンビを僕だけで倒せと?」
「もちろん吾共も協力する」
たとえそれであってもあの数は脅威だ。
螢はあからさまに嫌そうに言う。
「よしんば上手くいっても、どれだけ損害が出ると思う」
「たとえ相打ちになろうともあの不信心共に神を委ねる事は出来ん」
狂信的なまでに頑迷な翁に諦観に近い笑みが螢に生まれた。
「不死者、アンタらの言う恩寵を貰った者ですら手を出せない状況に僕がどうこうできると思ってるのかい?」
「貴女方の組織なら可能でしょう?」
「あれだけのゾンビを殲滅するだけの装備と人員なんてどれだけ金がかかると思ってるんだ?」
渋る螢に翁は苛立ちを覚えな溜息を吐いた。
「それが貴女方の仕事でしょう」
もっともな正論に螢は言葉が詰まった。
螢としては協力と引き換えに今後少数派の不死者が組織に人員を提供するという約束を取り付けたかった。
それも可能な限り螢達に都合のいい条件で。
螢の組織の慢性的な人員不足はそれだけ深刻だった。
しかし、事はそう思い通りに動くものではない。
「最悪この星が終わるんですよ」
その言葉に螢は一瞬言葉を失った。
「……はぁ?」
螢は湯飲みと翁を交互に見ると訊ねた。
「どういう事だい?」
「言葉通りの意味です」
翁はそう言うとゆっくりお茶を啜る。
「いくら相手が日本に恨みを持つ不死者の大軍勢とはいえ、多くても数万のゾンビだろ?その程度で世界が終わるなんて事──」
島と本土の間には海があり、船で侵攻しようものならば、海上で移動手段ごと撃沈してしまえば丸ごと海の藻屑、魚の餌になるのがせいぜい。
螢は翁の言葉がブラフだと思った。
いや、思いたかった。
「確かに、出来損ないどころか吾共の力なんて現代兵器の前には無力でしょう。ですが、吾共の神は違います」
予想していた最悪の答えに螢は顔を歪めた。
そして、その不快感は翁も同じだった。
「あの不信心共、この祭りを機に夢と現の狭間に揺蕩う吾共の神を無理やり目覚めさせ、こちらに無理やり連れ出すつもりです」
「太歳が地上に現れると……っ!?」
『太歳頭上動土』
太歳の頭上で土を動かすという、身の程知らずを指す諺である。
伝承では地下より無理やり掘り起こし、一族が滅亡したとされる中国民間信仰で最も恐れられる凶神太歳。
この伝承が本当であれば、最低でもこの島程度どうなってもおかしくはない。
最低でも島の全滅、最悪は翁の言う通りこの星の滅亡。
本当にどうなるか螢には全く予想がつかなかった。
「多数派の連中は太歳をどうするつもり。いや、制御できるとでも思っているのか?」
「神を制御できるわけがない!しかし、あの不信心共は──っ!!」
怒りに震える翁。
螢は下手な駆け引きをしている場合ではないと頭を切り替える。
「本当に太歳を“こちら”に連れ出した場合どうなると思う?」
怒りに囚われていた翁は、我に返ると震える手でお茶を啜り一息おくが、その瞳は未だ興奮冷めやらぬ様子であった。
「運が良ければ何もせず、周囲の子等を喰らい、取り込みながらイカーにお帰りになるだろう」
翁はゆっくりと湯飲みを置いて目を閉じると、偉大なる神にその身が取り込まれる様子を夢想する。
「運が悪ければ?」
夢から引きずり出す螢の問いに翁は瞳を開けて答えた。
「あらゆる生命をその尊体に取り戻さんとこの島はおろか本土、いやこの星全てを覆いつくす事もありえる」
「チッ……」
考えうる最悪の事態に螢は舌打ちをした。
そんな彼女に今度は翁が先ほどの怒りとは別の興奮の混じった声で問うた。
「もう十分に生きた吾共としては、父にして母なる神の元へ戻る事自体は悪い話ではない。多少早いか遅いかの話。しかし、神を道具としか見ていない不信心共は許しがたく、また年若い子等にはもう少し現世を楽しませてやりたい」
悟りとは違う、翁は満足からくる諦観。先にある神秘と驚愕への恐怖。原初への信仰心。
そして、己が子等への愛からそう語った。
「螢殿としても世界が終わるのは不都合じゃろ?」
その余裕に螢はわずかにイラついた。
「しかし妙だね。その祭りは毎年行われているんだろう?なぜ今年だけ世界が終わるんだい?」
そんな螢の問いに翁は溜息を吐き、気の毒そうに彼女を見た。
「貴女がいらしたからですよ」
螢は少し考え何かに気づいた。
「僕が来たから企みがバレたと思って暴走したと言うのかい?」
翁は何も言わず手ずから湯飲みに茶を注ぐ。
螢はボリボリと頭を掻いて天を仰いで降参の声を上げる。
「わかった。やるよ。やればいいんだろう?」
螢は大きくため息をつき、後ろ手で体を支えるようにしながら少し考え訊ねた。
「たしか損害は気にしなくていいって言ったよね?」
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